和枝と多賀子、靖子と弘美たちは最近すっかり

分裂しちゃっている。その代わりかどうか、ここ

1週間ばかり和枝がやたらと熱心にあたしを族の

集会に誘う。ずっと断り続けている。集会は時間が

遅いからママたちに嘘をつかないといけないし、

それはそれでなんとなく気が引ける。


和枝と多賀子とその仲間たちは相変わらず

学校では浮いている。しかもバックに族がいると

いうことだけでなく、多賀子がお兄さんのことを

いちいち持ち出すので、結局誰も手が出せないでいる。

先生ももうあきらめているのか何もしないし言わない。



運動会だった。あたしは徒競走3位、障害物は2位。

まあまあでしょ。


パパは念願の徒競走と綱引きに参加。綱引きは

負けたけど、徒競走は6人中2位。本人はけっこう

満足していた。


家に帰ってからも、パパは得意気に若い衆たちを

1人1人捕まえて自慢していたけど、若い衆たちは

半信半疑で笑って聞いていた。確かに普段の

パパの姿からは、中学校の父兄の徒競走で走る

ことすら想像つかないのに、しかも2位になったなんて

信じられないのも無理はない。


パパは“来年はきっと1位になるさかい、みんなで

見に来たらええ”とムキになって言っていた。みんなも

時々子供みたいになるパパに付いて行くのは

大変だろう。


もうすぐ体育祭。パパは絶対に父兄の徒競走に

出るんだ、と言って今から新品のスウェットの

上下を買って楽しみにしている。中学生にもなると

運動会に親が来るってあんまりない気もするけど、

小学校の頃は仕事が忙しくて来れないことが

ほとんどだったし、今回は張り切っているので

まあいいか。


あたしも障害物リレーに出るので楽しみだ。

学校でもみんな練習に余念がない。





パパのところに1通の手紙が来た。それは

斉藤直之さんの襲名披露状だった。あたしは

よく見せてもらえなかったけど、リビングで

川上さんが読んでいるのを、肩ごしに覗き込んだ。


こっそり何気なく見たからよく見えなかったけど、

パパの名前もそれに載っていた。他の知ってる

おじさんたちのも。パパ、けっこう本部で上のほう

なのかなあ。


その挨拶状は、手紙というよりすごく分厚くて

本みたいなの。これを斉藤4代目の関係者全員に

送ったらしい。7月10日にパパが出席した襲名式は、

うーんと身内でやったので、今回はかなりたくさんの人に

書状で挨拶したみたい。どうして書状になってしまった

のかというと、襲名式の会場に警察が全部手を回して

盛大な式ができなくなってしまったかららしい。







学校の帰り道、瑛子ちゃんたちと別れて1人になって

から靖子と弘美に偶然会った。コンビニでアイスを

買って近くの公園で一緒に食べた。和枝と多賀子は

2人でどっかに行ったらしい。


1学期までは4人で一緒という感じだったのに

今学期になってから、和枝と多賀子、靖子と弘美で

分かれていることが多い。夏休みの間に何か

あったのか、集会でも弘美たちは途中からあまり

見かけなくなった。


多賀子は始業式のあとも結局金髪のままで、

2、3年の先輩たちからも呼び出されたりしている

らしいけど、逆に脅しをかけたみたいで怖いもの

ナシでますます目立っている。弘美が言った。

「多賀子には最近ついてけへんねん。いろいろ

ヤバイことやってるみたいやし」

靖子が続けて言った。

「あの子、もともとそんなカンジやったやん。

あの子の兄貴やっぱりヤクザになったんやて。

あの子もそういう血ィ引いてるんとちゃう」

アイスをなめながらなんとなく2人の会話を聞いて

いたあたしは、突然飛び出してきたヤクザという

言葉にビックリして、今までアイスに集中していた

神経を靖子たちに向けた。


靖子が言うのには、例の和枝の先輩たちの

グループ、どうやらこの辺りで最も大きな

暴走族らしいのだが、その族のチームの中でも

多賀子は最近、バックにヤクザであるお兄さんが

いることを持ち出して威張っているらしい。学校の

2、3年の先輩に呼び出された時も、族がバックに

いるというよりもヤクザがバックにいると言って逆に

呼び出した2、3年を脅したそうだ。

「2、3年の先輩もチームの子らもたいてい頭に

きてんのやろけど、やっぱヤクザモンはヤバイから

誰も手出しできへんねん」

靖子が言う。

「兄貴の権力をカサに着て、最近多賀子ってよう

わからんようになって来たわ」

弘美もうなずいた。


あたしは“ホンマの極道はカタギの人、ましてや

中学生や未成年の暴走族の子らなんかには

手出しせえへんよ”と心の中で叫んだが、実際は

黙っていた。


弘美も靖子もあたしのうちのことは知らないようだ。

小学生の頃、うちに遊びに来たこともある和枝は

知ってたと思うけど、今でも覚えているかどうかは

わからない。弘美たちが知らないところをみると、

覚えていないんだと思う。






始業式だった。瑛子ちゃんと待ち合わせて学校に行った。

多賀子が髪を全部金髪に染めていた。みんなびっくり

していて、おそるおそる盗み見てはコソコソしゃべっていた。

式のあと、多賀子は先生に呼ばれていった。




和枝から電話が来て、また先輩たちとの集まりに
誘われた。“集会”と和枝は言っていた。あたしは
返事をにごしていたけど断りきれず、結局ママには
和枝と宿題をやることにして夕方家を出た。

港に行くと、この前溜まり場のアパートで会った
リーダー格の直人さんがすでに来ていた。みんなが
またペコペコする様を見て、ちょっと嫌気がさした。
こういうのはうちだけでたくさん。だからあたしは部活にも
入っていないのだ。本当はバスケ部に入りたかったんだけど、
小6の終わり頃、下見がてら中学への練習を見に行って
あのすごい挨拶攻撃にあっとうされて、すっかり入る気が
なくなった。


でも誰かが直人さんにタバコの火を点ける時に、
うちで若い衆たちがパパにやるのと似たように
やっているのを見た時はちょっとだけ親しみが湧いた。
でも極道でもないのになんでマネみたいなことばっか
するんやろ、とも思った。


集会はまだこれからだったけど、あんまり遅くなると
ママがうるさいので、途中でまたグループの1人に
バイクの後ろにのっけてもらって送ってもらった。
バイクの後ろに乗るのは生まれて初めてだった。
最初はバランスが取れなさそうで怖かったけど、
すぐに慣れておもしろくなった。

でもあっと言う間に家(というより前回車でおろして
もらったよその家の前)に着いちゃった。うるさい音は
苦手だし、ママたちにバレても困るのでなるべく
立てないでもらった。

今日は10時頃家に着いた。でも今回はママに
あらかじめ遅くなると言っておいたし、てっきり
和枝の家で宿題をしていたと思っているから、
別になにも言わなかった。ちょっと気がとがめた。




今日、パパが帰って来た時、新しい部屋住みの
若い衆を2人連れて来た。ひとりは30歳の俊弘さん、
もう1人は21歳の伊藤クン。ママとあたしがリビングで
テレビを観ている時に、川上さんが連れてきた。
あたしたちに挨拶し終わった時、パパが入って来た。

硬派っぽい俊弘さんは、スポーツマンタイプ。色黒で
ガッシリして背も高い。普通のパーマをあてている。
目付きが鋭く貫禄もある。

パンチの伊藤クンは、年齢より若く見えるせいか、
極道というより和枝の先輩のところで会った暴走族の
ツッパリ少年のようだ。でも気の良さそうなカンジ。

ついでだから、ここで家族のほかの人の特徴も
書き留めておこう。まず、パパから。

パパは44歳で、どっちかというとガッチリしている。
パンチパーマの典型的なヤクザのおじさんだ。短気で
誰にでもすぐ怒鳴るけど、すぐに忘れちゃうタイプ。

ママは38歳。料理が得意だ。面倒見がよく、
パパやあたし、若い衆たちの世話を喜んでやっている。
えらいと思う。でも最近、一人っ子のあたしに過干渉ぎみ。
外見はどちらかというと派手好きだけど、いたって
フツーのオバサンだ。

川上さんは部屋住みの中では1番長くうちにいて、
パパの1番のお気に入り。29歳だ。あたしが
物心ついた時からいるから本当の家族みたいな
ものだ。本当は部屋住みではなくて、「若頭補佐」と
いうらしい。他の部屋住みの子たちが当番でやっている
掃除や食事の支度はやっていない代わり、みんなの
まとめ役みたいなカンジ。

外見はあたしが知ってる極道の中ではピカ一
かっこいい。体型は普通なのに印象がすっごい
スマートで白いスーツとトレードマークの黒い
サングラスが良く似合う。髪はオールバックみたいな
カンジで前髪を少したらしたやつあるやん?ああいうの。
性格は一見、無口でクールな印象を与えるようだけど、
実はけっこうおしゃべりだしおっちょこちょいでおもしろい。
そして黙ってても人の気持ちを汲んで動けるタイプ。
パパみたく短気で強引な人にはピッタリだ。他の
若い衆たちからも慕われているし、パパの仲間たち
からも一目置かれているようだ。ほんと、どっかの
映画に出てくるような極道なんだから。

26歳のヒロちゃんは痩せてひょろっとした子で、
角刈りだ。実際も外見も若いのにおじさんっぽい
格好が好きで、人には年齢不詳の印象を与える
らしい。気が短いほうだけど、礼儀正しい。


ケンちゃんは25歳。明るくてよくしゃべる。子供好き
らしく、あたしのこともいろいろからかっては遊んで
くれる。中肉中背、顔もいいとは言えないけど頼れる
お兄ちゃんって感じ。頭もいいらしく、よく宿題が
手に負えない時にお世話になる。


久志くんはまるで遊び人の大学生みたいだ。さっきも
書いたけど、年齢は20歳。悪い人ではないけど軽い
カンジで、よくパパに怒鳴られる。外見もそこら辺の
学生みたい。


タケはごっつくて、人相が超悪い。五分刈りで
じゃがいも頭。まだ20歳だけど、あちこちに傷がある。
すっごくおしゃべりでひょうきんでお調子者。いつも
一言多くてパパや川上さんに怒られている。口が悪くて
喧嘩っぱやいけど、いつも元気づけてくれるなんか
憎めない存在だ。


新しい人も2人来て、またあわただしくなりそう。
いつも慣れるまではお互い何かと大変なのだ。



11時頃から瑛子ちゃんが来て2階で一緒に宿題を
していると、お昼頃パパがうちに来た。瑛子ちゃんと
パパとママと川上さんとヒロちゃん、ケンちゃん、
元部屋住みの新田さんで昼ご飯を食べた。
新田さんはあたしが小学校3年生位までいた
部屋住みだ。パパのお気に入りらしく、たかしくんと
交互に連れ歩いている。

パパはいつでも若い衆を2人連れている。1人は
絶対川上さんで、もう1人はたかしくんだったり
新田さんだったりする。いつも一緒に連れ歩かれていて
年も同じで付き合いも長いせいか、川上さんと新田さんは
超仲が良くて、川上さんの方が立場は上のはずなのに、
うちの中で2人で話しているときはタメ口を利いている。
つまり敬語は使わず、友達同士みたいに話している
ということだ。



食べている最中、パパがやたらと瑛子ちゃんに
話しかけるので、瑛子ちゃんはあまり落ち着いて
食べれなかったに違いない。パパは本当に話し好きだ。
特にあたしの友達が好きみたいで、昔っからあたしが
誰かを家に連れて来ると、時間があるときは喜んで
一緒に遊んでくれた。



食事のあと、また2階で宿題の続きをしていると、
ヒロちゃんがデザートのパイナップルを持ってきた。
ヒロちゃんが出て行くと瑛子ちゃんが訊いた。
「あの、さっきの人たちな、みんなここに住んでるん?」

「うん」

瑛子ちゃんはしばらく黙ったあとで言った。

「なあ、玲菜ちゃんのお父さんって、もしかして
ヤクザさん?」

「うん、まぁね」

「親分さんなん?」

「うん」

あたしは相変わらず短く答え続ける。
次に何を訊かれるかとドキドキしながら。


「じゃ、下の人たちみんなお父さんの子分さん?」

「うん」

と、あたし。“ほかにもいるけどね”と思ったけど、
余計なことは言わない。


「すっごいなあ。あっ、そういえばあたし、
ほんまもんのヤーさんと口きくの初めてやわ。
そやけど普通の人とかわれへんなあ」

瑛子ちゃんはそう言って笑った。あまりにも正直な
感想であたしもつられて笑ってしまった。
「安心してな、誰にも言わへんから」

帰る時に瑛子ちゃんは言った。あたしは笑って
見送ったけど、ちょっと複雑な気持ちになった。

いままでパパの組のことを特に隠してきたことはない。
もちろんパパの仕事を訊かれて“ヤクザです”とは
答えないけれど、“ヤクザか?”と訊かれて否定した
ことはなかった。まあ、こんな狭い街にずっといれば、
元から知ってる人も多いし、否定したところで遅かれ
早かれバレてしまうけれど。


これまでにも幼稚園や小学校時代、パパのことが
わかると避けたり意地悪を言う子はいたけど、最初は
そうでもパパの性格がわかると普通に接して来るように
なる子たちがほとんどだった。子供好きなパパは
あたしの友達にも愛想がいいし、近所のカタギの人たちにも
どんどん話しかける。町内でなにかあれば、若い衆は
モチロン自分でもすぐに駆けつけて手伝ったりする。
だからあたしは今のところパパのことでカタギの人から
厭な思いをさせられたことは、まわりが心配している程
たくさんはない。

でも、近所のあたしたちのことをよく知っている人たちは
ともかく、そうでない人たちからは偏見の目で見られる
ことが多いし、世間一般の人がヤクザと聞いたとき、
あまりいい印象を持たないということもちゃんと
わかっているつもり。


今日でたかしくんたち4人が部屋住みを終わるので、
ママが夜ごちそうを作った。食事当番の子と一緒に
あたしも手伝った。

たかしくんは婚約者の美幸さんを連れてきていた。
桜井くんのヘタな料理がもう食べられないのかと思うと、
よかったと同時になんとなく寂しい。

19歳の桜井くんはひとなつっこいくて明るい、
よく日に焼けて一見普通の子だ。22歳の五郎は
ボウズ頭で無口でごつい感じの子だ。ダスキンは
年の割にはオジンくさいズングリタイプ。同じく22歳。
25歳のたかしくんは、パンチパーマの大柄な人で
貫禄がある。あんまりしゃべらないけどやさしくって
頼り甲斐がある。だからパパがよく連れ歩いて
いるのだろう。美幸さんはラッキーだ。
でも美幸さんだって若いしスタイルもよくてきれいだ。