林さんの密葬の日だった。


パパたちはみんな出払って、うちにはママと

ヒロちゃんと久志くんだけだ。今日パパたちは

着替えを取りに帰って来たらしいけど、またすぐ

出て行っちゃったんだって。


いつもあんなに人の出入りが激しかったのに

急に4人になって、うちの中がシーンとしている。

みんないつ帰って来るんだろう。

学校ではパパの職業を知っている人はいても、

組名までは知ってる人は少ないと思うので、

特にどうってことはなかった。


ただ瑛子ちゃんとおととい事情を知ったちーちゃんと

美貴が心配してくれた。瑛子ちゃんはパパの職業を

初めて知った時、自分から「誰にも言わへん」と

言ったのにお母さんやちーちゃんや美貴に話して

しまったことをあやまってきた。あの状況では

仕方なかったし、あたしは全然気にしていなかった。

でも、気遣いが嬉しかった。いい友達だと思う。






とうとう3人とも亡くなってしまった。斉藤のおじさんと

江口さんには何度も会っているから、まだ信じられない

気持ち。みな、まだまだいろいろやりたいことが

あっただろう。


斉藤のおじさんはまだ4代目になって1年も経って

いないし、江口さんだって孫が産まれて1年も

経っていない。もう1人の犠牲者、林さんという人は

会ったことはないけれど、なんだかとても悲しくなった。


とうとうこれで西岡組のトップ2人が殺られてしまった。

パパは大丈夫かなあ。昨日出て行ったきり、パパも

若い衆たちも帰ってこない。



土曜日だったのでお昼には家に帰って来た。


前野さんの家の隣に西岡組新本家を作るので、

今日はその上棟式があった。斉藤のおじさんや

江口さんが出席するみたい。パパは出席しないけど、

朝から機嫌が良かった。


学校から帰ってお昼を食べて、泊まる用意をして

瑛子ちゃんのうちに行った。ちーちゃんや美貴も来た。

今日と明日で地理の時間に使う共同制作の模型を

仕上げるためだ。このメンバーで泊まるのは初めて

なので、あたしはワクワクしていた。


夜になっておばさんがうどんを取ってくれた。みんなで

ドラマを観ながら食べた。しばらくそのままテレビを

観ているとニュース速報が入って、斉藤のおじさんと

江口さんともう1人が撃たれたと言っていた。あたしは

一瞬放心状態だった。茫然自失で幽霊みたいに立ち

上がりながら、やっと口を開いた。
「あたし、帰るわ」
みんなは突然のあたしの行動にポカンとして

見上げているだけだったけど、瑛子ちゃんから

うちの事を聞いていたらしいおばさんは、全てを

察してくれたらしく、
「玲菜ちゃん、大丈夫?送って行こうか?」
と声を掛けてくれた。その声で我に返ったあたしは

急に怖くなり、思わず好意に甘えてうなずきそうに

なった。


でもその時まだ半分呆然としながらも、パパが

いつも若い衆たちに言っている言葉を思い出した。

「出入りの時はたとえ自分らの命を落とすことに

なっても、絶対にカタギさんを巻き込んだらあかんで」

あたしが極道というわけでもないのに、あたしは

あわてて首を振って、おばさんの申し出を断った。


おばさんはなおも、
「それやったら誰か家の人に迎えに来て

もらいなさい」
と言ってくれたけど、うちではきっと大変なことに

なっているだろうから、あたしの迎えなんて頼めない。

家の電話も、おそらくずっと話し中で繋がらないだろう。

それでもおばさんはあたしを無理矢理座らせると

家に電話してくれた。


「やっぱりあかんわ」
おばさんはそう言って受話器を置いた。おばさんの

心遣いは嬉しかったけど、こうなることがわかっていた

あたしはもうこれ以上じっと待っていられなくなり、

立ち上がると食事のお礼を言って泊まり用具の入った

バッグを掴んで1人で瑛子ちゃんの家を出た。美貴と

ちーちゃんは事態がよく飲み込めずに、
「玲菜ちゃん、どうしたん?」
と言い合ってるのが聴こえた。


家に帰るとパパが仕事で使う黒のベンツが外に

止まっていた。他の車も何台か止まっていた。

見たことのない車もある。家の中もあわただしそう

なのが、外からでもわかった。


小走りで玄関を入ったところで、出て来る川上さんと

ぶつかりそうになった。
「おっとぉ」
と川上さんは言ってから、
「おかえりなさい」
って言った。落ち着いていつもと変わらない川上さんの

様子に、さっきテレビで観たニュースは何かの間違い

だったのかもと一瞬思った。でもふと振り返ると、パパの

車のほうに歩いて行く川上さんの背中からだたならぬ

雰囲気を感じた。


急いでリビングに入って行ったらママとヒロちゃんと

久志くんがテレビのニュースを観ていた。電話は

もちろん鳴りっぱなしだった。伊藤クンが必死で

受け答えをしていた。あとの人たちはみんなうちの

事務所かどっかにいるようだ。家の中の異様な空気に

怖くなったあたしは、すぐ自分の部屋に向かった。


途中の廊下から下を覗いてみると、パパたちの車は

もうなかった。いったいどうなっちゃうんだろう、これから。




始業式。久しぶりにみんなと再会。みんなどこか

旅行に行った話などをしていた。挨拶に追われ

まくったのなんて、あたしだけかな。


5日の集会はどでかいもので、あたしは初めての

経験でびっくりした。寒かったけど、だんだん

顔見知りもできて、夜の街を走る時の光が綺麗で

感動した。


その日は和枝のうちに泊まることにしておいた。

実際、泊まる用意を持って和枝の家で夕飯を

ごちそうになってから出掛けたし、集会のあとも

明け方ではあったが和枝の家に帰って寝たので

まるっきり嘘というわけでもないだろう。




大晦日はみんなで近くの神社にお参りに行った。


1日から3日はいつものようにパパがいろんな

ところに挨拶に行ったり、いろんな人が来たりした。


部屋住みの子たちも、当番の子を抜かしてみんな

実家に帰ったり、女のひとのところへ行ったりして

しまうのでママもあたしもすごく忙しかった。


絵理子ちゃんの家族は1日にうちに来た。

絵理子ちゃんちも忙しいらしい。おじさんと

おばさんはすぐに帰って、絵理子ちゃんだけは

うちに1泊していった。


そんなこんなで、年末年始は結局和枝の

言ってた集会には行けなかったけど、今日

電話が来て明日の集会には絶対来てと言われた。













タケが帰って来た。その時うちにいた若い衆たちは

誰も何も訊かなかった。もちろんあたしも。タケより

立場の下の子たちが、目で挨拶だけした。


タケはあちこちに怪我していた。あたしと目が合うと

照れて頭を掻きながら言った。
「この前はイヤな思いさせちゃってごめんね」
「ええよ」
あたしは言って、目の前に置いてあったかごから

ミカンを1個放ってやった。
「あ、どーも」
タケはそう言ってテレビの前に座り込んだ。


リビングにパパが入って来てソファに座ると、タケは

立ってソファのところに行った。パパがタバコを

くわえたんで、タケはあわててライターを取り出して

いつものように火を点けてペコッとじゃがいも頭を

下げると、
「失礼しました」
と言って少し後ろに下がった。


あたしは2人の様子をじっと見ていた。ママは

食事当番のヒロちゃんと夕飯の買い物に行って

いない。他の若い衆たちも知らん顔だ。


パパが煙を吐き出すとタケが言った。
「こなだいは迷惑おかけしてどーもすんません

でした」
タケは深々と頭を下げた。こんなマジメなタケの

顔を見たのは初めてだった。
「もう2度とカタギの人とマチガイおこしたら

あかんで」
「はい」
パパがもう行ってもいいという合図をしたので、

タケはリビングから出て行った。


まあ、とにかく一応はゴタゴタが終わってよかった。







家族で忘年会をやった。近くのスナックで

やったんだけど、そこで大変なことがおこった。


タケがお客さんの1人と喧嘩しちゃったんだ。

その人は酔ってはいたけど、カタギの人みたい

だった。


タケは怒ると怖いんだ。口も人相も悪いから特にね。


パパが川上さんとケンちゃんにタケを外に

連れ出すように言った。それからしばらく

3人は帰って来なかった。


30分くらいして川上さんとケンちゃんだけが

戻ってきた。2人とも厳しい顔をしていた。

川上さんがパパに何か耳打ちしたら、パパは

怖い顔のままうなずいた。


いったいタケに何があったのかな。気に

なったけど、さすがに訊けなかった。


とうとう帰る時になってもタケは戻って

来なかった。帰りもさりげなくまわりを

見回したけど、やっぱりどこにもいなかった。


いったいどこに行ったのかなあ。






瑛子ちゃんたちとあと同じクラスの何人かと、

美貴の家でクリスマスパーティをした。

美貴の家はお金持ちらしく、すごーく大きくて

きれいなうちだ。うちではパパが嫌がってあまり

たいしたことはしないので、今年はパーティに行けて

楽しかった。美貴のお母さんが家へのおみやげ用に

ケーキを持たせてくれた。大きいケーキだったので、

若い衆たちの分もちゃんとあった。


家に帰ってケーキを人数分に切り分けた。パパの分は

あたしが隠しておいたので、パパはおもしろく

なさそうだった。パパはいつもクリスマスの

パーティっぽいことはやりたがらないくせに、

ママがあたしの為に用意しておいてくれるケーキは

しっかり食べる。


あたしがパーティに行って家にいなかったので、

今年はママはケーキは用意していない。

パパの分がないと若い衆たちが遠慮して

食べないので、仕方なくあたしはパパの分を

出してやった。






期末も終わってあとは終業式だけ。

瑛子ちゃんたちとは、冬休みに買い物に行く

約束をした。和枝が久しぶりに話しかけて来て、

お正月にあるでかい集会に来ないかと誘われた。

いつも断ってばかりなのも悪いし、あんまり熱心なので

たまにならいいかと思ってOKの返事をしておいた。






今日はあたしの誕生日。今日で13歳。


学校から帰るとすぐに着替えて、パパとママの

待つ車に乗った。川上さんの運転で、ここから

1時間近くかかる大阪市内まで行って洋服を

買ってもらってから3人で食事をした。帰りにまた

川上さんが迎えに来てくれた。


家に帰ったら玄関先で迎えてくれた伊藤クンが、
「ちょっと来てください」
って言うんで付いて行ったら、ダイニングキッチンに

ケーキが用意してあってみんなでお祝いしてくれた。


久しぶりにみんなで騒いでいるところへ、俊弘さんが

大っきい包みを持ってきた。みんなからのプレゼントだ。

開けてみたら、手袋だのマフラーだの学用品だの

いろいろ入っていた。さっそく使おう。


パパからは洋服を買ってもらったし、ママには

あたしの欲しかった新しい型の赤と黒の自転車を

買ってもらった。


昼間学校では、瑛子ちゃんたちがアドレス帳とか

レターセットとかシャーペンとかをくれた。