時計は0時を回った。この病室で日付をまたぐのは何日目だろう。きょう8月22日はかたわらに横たわる母の89回目の誕生日だ。大正11年生まれ。関東大震災経験者だ。これで2度の震災を乗り越えてきたわけだ。

入院当初は経過もよく、医師もその回復ぶりに驚異の目を見張り、家族もあわよくばお盆明け、遅くとも誕生日には家に帰れるだろうと楽観していた。だが事はそううまくは運ばず、一週間前に病状が悪化し、そののちは一進一退、きょうで入院18日目を迎える。


「病床六尺」これが今の母の世界である。ただでさえ小柄な上にこの入院でさらに小さくなってしまった母には広すぎる。

私は6人兄弟の末子、男3人、女3人よく産み分けたものだ。母が40歳の時の子だ。いわゆる「女四十の恥かきっ子」である。今でこそ高齢出産は珍しくもないが、早婚・早産が当たり前だった時代の言葉である。

小学校の頃の同級生はみな若いお母さんたちで、子供ながらにそのことに引け目を感じていた。「お前のかあちゃん、年寄りだな」はっきり言う奴もいた。

運動会の「親子競争」の時だ。同級生の前に母を連れ出すのがいやで、姉だったか、親戚の人だったかに代わりに出てくれるよう頼んだことがある。その時の母の気持ちやいかに、罪深い事をしてしまったと今も悔やまれ、心が痛い。

その罪滅ぼしではないが、時間が許す限り「病床六尺」の傍らに付き添っていようと思う。

今年は自宅と病院、場所は違えども一つ屋根の下で過ごすことができた。

来年はそれがかなうだろうか?

「病床六尺」を引き払い、90歳=「卆寿」の祝いを自宅で家族揃ってことほぐことができることを願ってやまない