電線の上を走るハクビシン。
幼少期の頃の記憶を思い出そうとすると何故か雨の日を多く思い出す。
白い空を背負った巨大な団地地帯を傘をさして、長靴を履いて自分の住んでいる棟へと黙々と歩く。
ブロックで出来たマス目模様の歩道はすっかり濡れていて、いつもよりも色が濃い。
アスファルトが雨粒を吸った、鼻腔を撫でる様なあの匂い。
濡れた桜の樹木が発する生命の根源の如き芳香。
傘の中に響く不規則な音。
長靴の履き口がこすれてかゆくなったふくらはぎ。
巨大な水溜まりの中をしぶきを上げて突き進む時の躍動感。
雨音が絶えない反面、何故かいつもより静かな団地群。
土曜日だったと思う。午前中だけの授業を終えて家へ帰ると母親がお昼を作ってくれた。インスタントラーメンが多かった気がする。
それが好きだった。外は雨模様なのに、母親が作ったそれは暖かそうな湯気を立てていた。それが好きだった。大好きだった。
冷えた体にはとてもうまかったし、家族で囲むその食卓はいつもよりも温かく感じた。
きっと、その安心感だけであの頃は生きてゆけた。きっと、幸せだった。
その数年後に団地の取り壊しが決まり、そこから程無い売り地に両親が建てた家に一家は引っ越した。そして現在に至る。
(ちなみに上の写真がその取り壊し予定の団地。あれから十年以上経っているけれど未だに取り壊されない。)
今では家族とは反りが合わず、大嫌いだ。
それでも、家族が大好きで彼等の中で幸福な時間を過ごした。幸せだったのだ。
家族と一緒にいて、間違いなく幸せだった時期が自分にもあった。
決して戻れない、過去は、黄金の色。
世の中の『家族』という単位に属する人には残らず幸せになって欲しい。難しいかもしれないけれど、そう思う。
子も親も保護者も互いに歩み寄ればそう難しい事でないと思う。
誰も彼も自分の様にはなって欲しくはない。
だから将来、家族は作らない。結婚もしないつもり。
家族を大切に出来ない自分の様な血筋は絶やさなければならないと思う。
そうすることで、『家族』という単位を汚さずにいたい。
それが自分の、血統の証明。
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