昨日、青ちゃんとツリーオブライフを観に行くことに。

約束の時間の少し前に着いたのだけれど、どうしても古着屋のおねいさんに会いたくて御店に行って話し込んでいましたとさ。
その御店のmixiのコミュニティに誘って頂いたのに、mixi退会しているという残念さ。だが退会して悔いは無い。

腕時計に目をやると、もうふっつーに大遅刻。
一度劇場も間違えて、腑抜け具合の収集がつかない俺。

にこやか青ちゃんが聖母に見えました。

さて映画はというと、これがライトな抽象劇に家族讃歌を絡めて生命と地球の流動を描くという、スター俳優の名前に惹かれ何らかのカタルシスを求めて観に行くと間違いなく失敗するタイプの映画。

太陽の燃焼、火山噴火、果ては白亜期、そして宇宙の誕生。

絶えず移ろい形を変え続ける地球の上に神が鎮座しているというのなら、家族という形は世界の最小の縮図である。

幼少期、我々の世界は家屋とその周辺、それが全てだった。

父が絶対的権力を持つ神であり、母が優しさで包み込む聖母だった。

やがて、子は親の不完全さを見破り少なからず失望する時がやって来る。
そして親を否定する。

しかし、親を否定するという行為は自分の生命への否定に他ならない。
それを知った時、一体我々はどこへ向かえば良いのか。

自己探求の末に主人公が辿り着いたその答えは、優しく静かに心を染めてゆく。

また、子供達だけの世界観の空気を実に良く表しています。

そんな作品。
開始十分の怒涛の映像世界について来られなかった場合は完全にアウトで、さっさと席を立って劇場を後にした方が良ろしい。

なので隣に居合わせた、流行にまみれた、頭の浅はかそうなカップルが観て良い映画では決してない。
「オモシロカッタ」という間の抜けた感想を提示して良い程、この映画は簡潔ではない。

あくまできちんと何かを考えることができ、たかが映画だと邪険にせずに探求を怠らない人の為の映画作品です。
そして各々が辿り着いた答えを、明確な言葉で表現出来なければ、この手の映画の作り手に失礼であると、そう思う次第です。



その後は地元に戻って、さとちゃんとりょうと落ち合って久し振りの幼馴染みとの御酒!俺の行きつけの御店で!

クソ笑った。

何だか物凄く楽しかった。

御店出る時間にはもう貸切状態で、女将さんと何故か皆抱き合い最後には従業員全員に御見送りされるというVIP待遇を受けて嬉しかった。

女将さんの言う通り、何かを食す度に東北に感謝しようと思い実践します。

夜は更けてゆくのでした。








Android携帯からの投稿