今回の一連の出来事を通して、毎日をただ何となく生きている人達が死といふものを身近なものとして認識してくれたならより良いと思います。

死を生の対極のものとして位置付けするのでなく、あくまで生の延長線にあるものであるといふことを知る機会だと思います。

何より自分がそう思い始めていた矢先の出来事であったためその考えはより深く脳裏に刻まれました。

被災者の方々の安全を切に願うばかりで、実際にじいちゃんとばあちゃんとの連絡が未だつかずに不安。

祈ることも大切だけれど、覚悟することの方にも重点は必要だと自分は思ふ。

東京は死傷者も出て首都機能も停止したけれど不謹慎ながら一週間もすれば元の通りに事が進んでゆくと思います。

そうやって震源地よりも被害が少なかった領域の人間の間でいつかこの地震がただの笑い話になり、死への認識が無くなる事が自分は何よりも悲しいです。


地震直後の報道映像内のニュースキャスターの周囲でピースサインやふざけたポーズでおどけていた人達はもしかしたら自分の無事を伝えたかっただけかもしれない。

それでもその内の何人かの身元はネット上で特定されてしまって激しいバッシングに合っている。

この事から、現在は人の意志が良い方へ向かうか悪い方へ転ぶか計り知れない状況なので安易な先入観や固定概念は捨て去るのが良いかと思われます。

皆様の御無事を、覚悟を持って祈っています。