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刃田さん大丈夫かな。
東京事変大丈夫かな。


mixiがどうのとかボイスがこうだやらツイッターがそうだ等といふ言及や話題は自分はあまり好きではなくて。

SNSが現代の人々の生活や自己顕示欲の隙間にフィットしているのは解るしそれは取り立てて悪い事ではないのだけれど、その様な活字の羅列や希薄な繋がりに感情を左右されたり不特定多数の人物への悪心情の吐露がどうしても自分には滑稽に見えてしまいます。

皆寂しいのだと思うし病んだふりをしたがるのは仕方の無い事だと思ふ。
そういった書き込みに対しての同情のコメントや施しのレスポンスを受けて気が紛れるのならばそれはむしろ良い事。

けれど心から寂しい際や本当に病んでいる時は人間ってきっと書き込むことすら出来なひと思ふ。

孤独と憂鬱には常に独りで向き合い続けなければならず、直視出来ずに向き合いきれぬ場合には人は泣くことしか出来なひと思ふ。
むしろ泣くことも出来なひ。

自分に言わせればそこまで至らない心情は気まぐれ以外の何物でもなひし、初めからレスポンスをあてにする感情なんてちゃんちゃら甘い。

そういったひとりよがりの人間を嫌と言う程見て来ました。

だから無条件で微笑む人が自分は好きであるし、自分もそういふ振る舞い方をします。

他人がいくら手を伸ばしても人の心中には届かない場所は必ずあるし、それは無くてはならなひ様に思ひます。

直に触れ合うことでそういった場所の存在を一瞬でも能動的に感じ取り合った上でも共に笑い合えたなら、きっとそれが本来の人と人との有り様だとその様に思ひます。



全裸で雪合戦がしたい!