先生が自ら亡くなる、ということ | 水面に浮かぶ水銀の月

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下級役人から見た、教育現場の内実や子ども達との日々を、愛を込めて発信しています。

通っていた中学校は、荒れていて


真冬のある朝登校すると、教室の

窓ガラスが全部割られている ⊙⁠.⁠☉ハッ


なんてこともあった。



新聞紙で窓の穴を塞ぎ

ガラスの破片を片付け


ストーブがひとつあるきりの

寒々しい教室で、震えながら


授業を受けたところで、何一つ

頭になんか、入ってきやしない。



尤も、日頃から


酔っぱらいか、体罰で

憂さ晴らしてんのか?


みたいな教師しかいなかったので


まともに授業を聞いた

記憶もないのだけれど。





そのような中学時代、授業中に


教師がした話で、唯一、覚えて

いるのが、社会科の担任がした、



「 将来、鉄道○殺

だけは、るなよ。



ありゃあ、最悪 だ。



体の肉は千切れて粉々だし


遺された遺族は多額の賠償金

払わされることになって、一生、


地獄を見ることになるしで、最悪。」




「 あと、首○り も悲惨。


身体中の、穴という穴から

中身が色々出て来ちゃって


後片付け が大変!だから。 」




「 綺麗に○ヌには雪山かねぇ。」




何故にそんな話になったのか。

そこは覚えていないが、ただ、



 そのやり方やめとくか…


 人に迷惑かけず綺麗にシ○

 ってのも、難しいもんだ。


 雪山じゃあ、季節限定だし…



などと、その時の話がその後も


一種の防波堤的役割りを果たし

続けてくれたことは確かである。





身近で、その最悪なやり方で

亡くなった人が、二人いる。



一人は、同じ現場の代官だった。



受け持った学級が崩壊を起こして、


ある日突然、何もかもを

放置したまま療休に入り


療休が明ける前の日に亡くなった。



下のお子さんはまだ小学生だった。






子どもと言えど、天使ではないので


担任との信頼関係が崩れ、崩壊を

起こしたクラスというのはそれは


悲惨なものです。

ただ残酷ながら


『 人 』が代わると、子ども達も

変わる、というものまた、事実。




担任以外には大人しい、こともよくある




貴女がいなくなっても、先生。


学校の体制は何にも

変わらんかったです。



子ども達も代わりの人間には

楯突かなかったので、結局は


「 学校には落ち度はなかった 」


という結論に落ち着いてしまった。




亡くなり損だよ。先生…




電車に乗るたび今でも

そう考えてしまうのは


私だけではなく、もしかしたら


あの時のクラスの子ども達の

中にも、いるかもしれません。