音楽をはじめたキッカケは、押し入れへ冒険したのがはじまり | 宝塚市のギター教室|中川雄の日々ギターブログ

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ギターを弾き始めたきっかけ

 

 こんにちはギタリストの中川雄です、今回はちょっとした自分語りをします。

 

ギターをはじめたキッカケって人それぞれですよね。

 

「両親の影響を受けた」とか

「友達に誘われたり」とか

「女の子にモテたい」とか

 

 僕の場合は親がプロのミュージシャン...という訳でもなく、小さい頃から英才教育を受けていた...という訳でもありません。

 

 

 中学生の頃に押し入れを冒険していたら何となくギターを発見してしまったのです。これが音楽街道の入口でした

 

 

そこで『誰でも弾ける!フォークソング』という本を買って独学でやっていたんですが、これが中々ムズカシイ。

 

一番最初に気付いた社会の真実は

 

「誰でも弾ける」

 

というコピーは商売の為のもの

 

 

 さて、どう練習して良いのかも分からず、ペラペラとページをめくっていると、後ろに「禁じられた遊び」が載ってました。

 

 

 ギター一本で曲に聞こえる...と書いてあったのでチャレンジしてみたのですが、アルペジオというヤツが中々のクセモノ。できるようになるまで何度も反復とイメージトレーニングを繰り返しました。

 

 

 「禁じられた遊び」を弾けるようになった後、次は何か?そう「アルハンブラの思い出」です。僕はソルやカルリを練習することもなく、トレモロの練習曲「ラリアーネ祭」の名前すら知る事もなく、アルハンブラに突入してしまったんです。

 

本当に、文字通り「禁じられた遊び」の後に「アルハンブラ」のページをめくったんですよ。

 

 楽譜をしらべてみると、何やら「トレモロ奏法」などという訳の分からない単語が出てきました。よく読んでみると「同一弦を薬中人で連続して弾く..」らしいのですが、中々CDのようにならない。ちなみにCDはシャロン・イスビンの録音。今思えばコワいもの知らず。

 

 

 くっそー!と思い、その日からはロッキーの修業シーンのようにひたすら頭の中はトレモロに

 

 図書館へ自習する為チャリンコに乗ってる時も、ハンドルを弦に見立てて「amiami」と練習してました。そのおかげで指自体はかなり動くようになったと思います。

 

 

 よく僕はクラシック系のギタリストだと言われるのですが、実は一番最初に習ったのはジャズの先生です。

 

「中川くんモー娘では誰が好き?」

「加護亜依です」

「おっ」

 

「中川くんの好きなミュージシャンって誰?」

「Stingです」

「え!君中学生やろ?stingの何の曲が好きなん?」

「Shape of my heartです。ほら、映画『Leon』の最後のシーンで流れてた」

「ああ、マティルダが花を土に埋めるあのシーンか」

「あの演出がグッときて」

「おうおう、カメラが離れて行くやつやな...ってどんな中学生やねん!」

 

 

という雑談でギターの腕もメキメキと上達していきました。

 

 

 

 さて、現在は僕が教える側になり、生徒さんには幼児・小学低学年の方も多いのですが、あの頃の僕より、ずっと上手いと思います。だって僕がギターをはじめたのは中学生だから。

 

 ただ、振り返って感じることですが、ギターをはじめた中学生の頃が一番、情熱をもって情報を調べていたと思います。

 

 もちろん、今も情熱をもってギターという仕事をしてますが、やはり思春期の頃に夢中になれるものを見つけられた、あの感覚はあの時だけのものでしょう。

 

 

ただあのころのギター少年のような気持ちを忘れず、これからも弦を爪弾こうと思います。