MIDNIGHTSPECIAL を走らせていた。

1車線の県道。夜。

雨が降ってる。・・・・けっこーな雨だ。

バケツをひっくり返したような雨だ。

 

交通量は少ない・・・・ってか、全くいない。

時間は・・・・今日は牧田の家で麻雀だった・・・出た時には日付が変わっていたか・・・

たまにある信号機も黄色の点滅で勤務終了だ。

 

春先。まだ肌寒い。

夜になればなおさら冷えた。

US・NAVYとロゴの入った冬用ジャンパーを着ていた。・・・・そう、真っ白なダウンじゃなくドカジャン。

やっぱ、ダウンジャケットは安いだけあった。・・・・とにかく生地が薄い。

真冬の雪、ましてや、バイクに乗るにはちょいと辛かった。

今日は1日雨だった・・・・さらに雨が強くなっていた。

春先になったとはいえ、バイクに乗る時はダウンは辛い。最近は、すーーーっかり元のドカジャンで過ごしていた。

 

 

街灯もない。真っ暗だ。

・・・・まぁ、勝手知ったる道だ。

原付時代から慣れ親しんだ県道だ。

ひたすら真直ぐな国道より、適度にワインディングしてる県道の方が好きだった。

 

それでも、下手をすれば濡れた路面で足をすくわれる。

慎重に MIDNIGHTSPECIAL を走らせる。

 

 

 

 

ヘッドライトが闇を切り裂く。真っ白なガードレールが現れて、それで道路のかたちがわかる。

 

 

・・・・突然だった。・・・・突然現れた。

 

 

・・・幽霊が立っていた・・・

 

 

ヘッドライトに照らされたガードレールの外。

女の幽霊が立っていた。

 

 

通り過ぎる・・・・

 

雨は土砂降りだ。

ジーパンは雨を含んで絞れるくらいだ。

革の手袋も雨で滑った。

 

 

どうにも気になってUターンした。

 

 

ガードレールの外に女が立っていた。

もちろん幽霊じゃない。人間だ。

どこか茫然とした感じ。

薄いブルーのワンピースに肩から下げた小さなバッグがひとつ。・・・・上着すら着ていない。

この土砂降りの雨の中、傘すらさしていない。

部屋の中からいきなり外に放り出された。そんな感じだ。

 

長い髪が、頭、肩に張り付いている。

「立ち竦む」・・・・そんな表現そのままだ。

 

雨は止みそうもない。・・・この土砂降りの中・・・さらには深夜だ。放っておくわけにもいかないだろう。

 

 

「乗って」

 

 

後のシートを示す。

 

おずおずと、それでも躊躇もなく彼女は後ろに乗った。

 

走り出す。

 

 

・・・・どうする・・・

 

 

彼女に被せるヘルメットがなかった。

こんなところをパトカーにでも見つかったらマズイ。

 

かといってアパートに連れてくには、まだ、ちょっと距離がある。ノーヘルで走るには距離があり過ぎる。

 

 

雨に煙る、緑、赤、黄色・・・・真っ暗な中、田んぼの中に派手なネオンが見えた。

ラブホテルだ。

 

 

ラブホテルには行ったことがない。

・・・まぁ、なんとかなるだろう。

 

 

県道からそれてネオンを目指す。

 

 

ホテル、入り口脇。MIDNIGHTSPECIAL をとめた。

フロントに入っていく。

部屋の写真のボードがあって、空いてる部屋は電気が点いてるらしい。

ボタンを押せば、隣のフロント・・・・相手の顔が見えないところからキーが差し出された。

・・・・そっか・・・こーゆー仕組みなのか・・・なーるほーどなー。

 

 

部屋に入った時には彼女は落ち着いていた。・・・ように見えた。

ヘルメットを取ったオレが、明らかに年下に見えて余裕を取り戻したのかもしれない。

 

 

「先にシャワー浴びるね」

 

 

彼女がシャワー室に消えた。

ドカジャン、ヘルメットのおかげで上半身は、それほど濡れてない。・・・・・ジーパンは雨が滴るくらいだったが。

 

彼女が出た後で、オレもシャワーを浴びた。

なんせ、ずぶ濡れのジーンズが気持ち悪い。

 

 

オレがシャワーを出た時には、彼女は冷蔵庫から取り出したウィスキーを飲んでいた。

 

 

・・・ヤケ酒か・・・な・・・

 

 

なんとなく、そう思った。

「酔う」それに専念してるように見えたからだ。

 

雅彦の店に出入りしている。

ふつーの高校生より酒を飲む女の人の姿を見慣れている。

 

 

掛けられるところに・・・・ソファーの上や、棚の上・・・衣類を掛けて干した。

彼女のワンピースはハンガーにかけてある。

 

 

備え付けのガウンを着ていた。

 

すでに彼女は上気した顔になっていた。

ほっそりとした、華奢な身体つきだった。

ストレートのロングの髪。顔の印象が薄い。それでも「お嬢様」といった雰囲気だ。

どっか「タカビー」な感じだ。

 

「付き合いなさない」

 

水割りを飲まされた。・・・・薄目にしてもらった。

 

 

・・・・歳はいくつなんだろう・・・・大人だ。

高校生のオレには女の人の年齢は想像がつかない。・・・・まぁ、ウチのオカンよりは間違いなく若い。

学校の若い女教師・・・・そんな感じだ。

 

 

「ピアノを教えてる」

 

彼女が言った。

隣の県だった。

家で教えているのか、はたまた学校か・・・・そこはぼかされた。

 

「隣に来て・・・・」

 

ほの暗い中。アルコールの熱の中で言われた。

彼女がベッド。オレは少し離れたソファーに座っていた。

確かに遠い。会話が遠い。

 

・・・ベッドに・・・隣に座った。

 

・・・そのまま抱かれた。

そして、最後は抱いた。

 

 

 

翌日。

遠いドライヤーの音で目が覚めた。

 

 

・・・・そっか・・・ラブホテルか・・・・

 

 

しばらくして洗面台から彼女が出てきた・・・もちろん、昨日と同じワンピースだ・・・けれど、シャンとした感じ。

昨夜の呆然とした身体がなくなっていた。

 

しっかりした大人の女性になっていた。

 

 

オレもシャワーを浴び、昨日と同じジーンズを履く。・・・・渇いていない。・・・気持ち悪い・・・

チェックアウトは、彼女が全て済ませた。

 

 

ヘルメットを被っていない彼女を乗せて、裏道・・・農道を通って駅まで送り届けた。

 

 

 

山川と別れた駅。

 

そのロータリー入口で別れた。

オレはヘルメットすら脱がなかった。

別に深い意味はない。

彼女がノーヘル。警察なんかに見られたらマズい。ただ、急いだだけだ。

 

 

 

1週間後か・・・

アパートの電話が鳴った。

彼女から連絡があった。

 

 

喫茶店で待ち合わせた。・・・彼女を乗せた場所に近いとこだ。

・・・そのまま、彼女の車でホテルへ向かった。

 

 

彼女は貪欲だった。

 

 

「女の身体は、愛する男のカタチに出来上がっていくのよ・・・愛してなければ、どれだけSEXしてもカタチはつかない・・・」

 

 

彼女が笑う。

 

オレには何を言ってるのかわからなかった・・・

 

もちろん、「つきあっている」・・・・そんな感情じゃない。たぶん発散なんだろう。

日々のストレスか・・・

あるいは誰かの代用品だろう・・・そう感じた。

 

 

・・・・たぶん・・・たぶん・・・

 

 

あの、雨の県道は、別れのシーンだったんじゃないか。

 

何も聞かない。

聞いたところで意味はない。

 

電話を待つ・・・そんな感情もなかった。

 

唐突だった。

脈絡なくアパートの電話が鳴った。

1週間に1度・・・2度の時もある。

 

 

・・・・なんだろう・・・・どこに住んでる・・・何をしている・・・そんな詮索はしなかった。

そういう「心」は動かなかった。

 

 

ただ、オレは、呼び出され、誰かの「代用品」に仕立て上げられていった。

全てを教え込まれていった。

 

・・・奈緒子先輩に教えられたのとは、全く違う世界がそこにあった。

 

 

・・・これが「大人の世界」なのか・・・

 

 

知っているのは、お互いの名前だけだった。

 

オレは彼女の連絡先すら知らなかった。