「これは、これは、陸上部のヒーロー、水上カズアキ君じゃないか」
相変わらずの皮肉な物言いだ。
久しぶりに顔を合わせた・・・・顔を見た。
中学を卒業して以来会っていない。
中学でも3年生の時には喋ってもいない。
あの事件以来口を聞くことがなかった。
・・・だから、3年近く口を聞いてないことになる。
山川だった。
パッキン頭だ。根元は黒い。
天然パーマ。
ヒョロヒョロとした無精髭が顔に張り付いてる。
アロハシャツ。その上に薄いジャンパー。
短いジーンズ・・・そして、この雨の中をサンダル履きだ。
どこのチンピラだという風体だ。
オレの知らない山川がいた。
それでも、いつもの笑顔だ。
この笑顔はオレの知ってる山川だ。
世の中を斜に構えたように見ている笑顔。
オレも同じように、世の中を斜に構えて見ていた。
そして、オレは・・・身体に「ヘドロ」を溜めこみ、世の中に恨んだような視線を向けていた。
山川は、それでも笑顔だった。
・・・・とはいえ、皮肉な、冷笑と言っていい顔だ。
世の中を斜に構えて見る。
この田舎町に、そんなヤツはいなかった。
・・・・なんというのか・・・中学生らしい・・・・いや、「子どもらしい」ということか・・・
朝起きて、なんの疑問も抱かずに学校にやって来る。
世の中の全てに疑問を抱かず生きてる・・・・・そんな子供たちばかりだった。
・・・そりゃ、そーだ。
日々の「メシ」が食えるとか、食えないとか・・・・そんなこと、ふつーは中学生は考えない。子供は考えない。考える必要がない。
オレはメシが食えることを当たり前だと思ってなかった。
日々の生活が当たり前だとも思っていない。
いつ何時・・・・何が起こって自分の生活がひっくり返るかわからない・・・・それが骨身に染みていた。
何も考えず、ただ、ベルトコンベアーに乗せられたように生きてる。
この田舎町には、そんな「純粋培養」の子供たちしかいなかった。
・・・・そんな子供たちに意味もなくイラ立った。
世の中を斜に構えて見てる。
そんな山川は、この田舎町で珍しい存在だった。
中学2年で同じクラスになった。
すぐに仲良くなった。
オレは学校で喋れなかった。
喋れなくなっていた。
関西弁が原因で虐めれたからだ。
それ以来、喋らなくなった。
・・・・そして喋れなくなった。・・・・吃音にすらなった。
・・・が、なぜか・・・なぜだか・・・山川とは話せた。
駅のガラス扉の前。
階段に、寝そべるようにドテっと座ってる山川。
家は近所だ。
ここまで歩いても10分ってとこか・・・・
とはいえ、こんな真夜中・・・ってか、もうすぐ朝か・・・
こんな時間に何をやってる・・・・・・?
新聞配達でもやってるのか・・・・
いや・・・そんなガラじゃない。
「どこ行くんだよ?」
オレも皮肉な顔で言った。
新聞配達じゃない。
そして、通りすがりってわけじゃないだろう。
それが証拠の、大きなバッグだ。
「大阪に行こうと思ってな」
時間が流れていく。
アッという間に時間が経つ。
まだ真っ暗だ。
雨が降ってる。
雨足は強くなってる・・・・天気予報通りだな。
山川と並んで階段に座っていた。
マイルドセブンの煙を吐き出す。
「大阪に行く」
もちろん旅行に行くってわけじゃない。
そして、今は学校が休みって時期じゃない。
夏休みが終わったばっかりだ。
山川は退学になっていた。・・・・彼女もだ。・・・・それは風の噂で聞いていた。
大阪に行くのは山川ひとりだ。・・・・・彼女と、どうなったのかは知らない。聞かない。
聞いたところで意味はない。
興味本位で聞くようなことじゃない。
友達の傷や・・・・言いたくないことに触りたくはない。
言うなら聞く。
意見を求められれば言う。
それだけだ。
自分の興味だけで、聞きたいという欲求だけで、他人の心に入っていくのはアホのやるこった。
友達なら、知らない顔をしといてやる。
言いたくなったら聞いてやる。
何も言わん。
聞いてやる。
それだけ。
山川は、中学の時、オレから大阪のことを聞いていた。・・・・いや、聞いてくれた。
・・・・・山川だけだった。
オレから、大阪の話を聞いてくれたのは山川だけだった。
面白おかしく・・・・目を輝かせて、笑いながら話を聞いてくれたのは山川だけだった。
山川は掴みどころのないヤツだった。
世の中を斜に構えて・・・そう・・・真っ向から向き合わない。
いつもスルリとすり抜ける。
何事にも「本気」の見えないヤツだった。
山川と話していると、たいていのことがどーでもよくなる。
どこか捨て鉢で・・・・投げやりな態度。
それでも、その態度に妙な安心感があった。
・・・そう・・・オタオタするってことがない。
どこか達観したようなとこがある・・・・あるいは諦めなのか・・・
一緒にいれば、
何があっても、
そんなの大した問題じゃねーよ。
そう思えてきた。
・・・・そして、今だって、そう思えてしまう。
「カズから聞いた大阪が楽しそうだったからな・・・・」
まるで観光に行くような口ぶりだ。深刻さは全く感じない。
山川は、一番列車で大阪に行くという。
見送りも誰もナシ。
こそぉーーーーっと・・・・
誰に知られることもなく、この田舎町を出て行くという。・・・・そのための一番列車だ。
カズが話してくれた大阪に行ってみたいと思ってた。
・・・だから、今回、ちょうど良かった。
山川が笑った。声を上げて笑った。
停めてある DT125 が雨に打たれている。
・・・・いつの間に免許とった?
・・・・いや・・・最終的に中型に乗る気なんだ
んとかよ?
乗りたいバイクがあんだよ。・・・・新車で買うつもりだ。
すげーな。・・・・なんでそんなカネがあんだ?
今はソフィー・マルソーかなぁ・・・・
観たよ・・・「ラ・ブーム」・・・あんな人形みたいな女の子が世界にはいるんだな・・・・
でもオレは、永遠にトレーシー・ハイドのファンだから・笑・・・・
そう・・・
お互いに洋画ファンだった。
まだ、周りの中学生たちがアニメ映画に熱狂していた時に、オレたちは洋画ばかりを観ていた。
もともとオレは派手なアクション映画が好きだった。
オレの夜の楽しみは、テレビのロードショーを観ることだった。
ハリウッド映画が大好きだった。
ステーィブ・マックィーン・・・・ロバート・レッドフォード・・・・ライアン・オニール・・・・ジェームス・コバーン・・・
そんなオレに、ヨーロッパ映画の面白さを教えてくれたのが山川だった。
アクションじゃなく・・・・日常を描いた映画。
人生の理不尽を描いた映画を教えてくれたのが山川だった。
・・・そして、それらとは別に、ヨーロッパの・・・・同い年くらいの女優さんに魅了された。
この田舎町と全く違った高校生の青春があった。
自由・・・・憧れ・・・夢の世界だった・・・・
山川とは、映画の話をすれば何時間でも話していられた。
3年間。空白の時間が埋まっていく・・・・
空の色が変わっていく。
漆黒が終わっていく。
黒から灰色へと世界が変わっていく・・・・・
オレたちがもたれていたガラス扉。
駅員がやってきて鍵を開けて行った。
ふたりで中に入る。
壁の時刻表を見る。
まだしばらく時間はある。
ガラス張りの待合室があった。
自動販売機から缶コーヒーを買う。
外を眺められるベンチに並んで座る。
外の階段より快適だ。
風もない。雨にも濡れない。
少し肌寒くなってた。
温かい缶コーヒーにホッと息をつく。
お互いに煙草に火をつけた。
「カズ・・・・」
雨に濡れる DT125 を見ながら山川が言う。
「うん・・・?」
「・・・・あの時な・・・・」
・・・・あの時・・・
ああ・・・・あの時な・・・・
オレは山川の次の言葉を待った。