グーテンベルクの印刷術から、最初のベストセラーとなった本は「魔女の鉄槌」だと一般的には言われます。
気持ち好いのでしょうね。誰かを罵倒するのって。
私もたまにやりたくなりますから、あまり他人事のように言うのはやめておきましょう。
革命的群衆 (岩波文庫)/G. ルフェーヴル

¥483
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“敵対者についてのイメージがひどく暗いものであるのと対照的に、苦しむ階級についてのイメージは、まことに楽天的である。
革命期を通じ、貧しき者はこうしてすべての徳を付与されたのであった。”
陰謀論の基本は、いじめられているかわいそうな私、ということになるのでしょう。
その上で、“私”だと私的に過ぎると考えるのか、“かわいそうな私たち”となって群衆に紛れようとします。これも基本ですよね。
「私たちは、○○にいじめられているんだ!」
典型的な大衆の台詞です。奪う者と奪われる者という単純な構造で全てを分かったような気になるのは特徴的です。
“そのようなわけで、社会的善を実現し人類の幸福を保証するためには、敵対階級を根絶しさえすればよい、ということになる。そして虐げられた者ひとりひとりの幸福は敵対階級の根絶にかかっているというわけだから、虐げられている階級のメンバーは皆たいへんな熱意に燃えるのだが、支配階級の方とはいえば、こうした熱意をしばしば全く欠いているのだ。
ところが、この点こそ、革命派の者たちが、知らぬところ、というか信じようとしないところなのである。彼らは、敵の側にも、彼らが鼓舞されているのと同じ情熱があるものときめてかかり、
~(中略)~
相手の力を過大評価し、大いに懼れたのである。
今日となっては、われわれは、1789年、フランスのアリストクラート層が己に迫る危険を察知したのはずいぶんあとのことであり、彼らは、第三身分を粉砕すべく謀議をこらしていると弾劾されたのだが、実際にはそうした行動の準備は何もしていなかったし、宮廷は武力に訴えようと試みた時哀れむべき無能さを露呈した、ということを知っている。”

ナチスによるユダヤ人の虐殺が代表的ですが、多くのジェノサイド(人種・民族・国家・宗教などの構成員を消滅させようとする行為)が行われてきました。しかし、こうした時に危険を感じて逃げ出した人は思ったよりも少ないのですよね。
というのも、虐殺者の熱意を甘くみてしまうのです。自分たちはただ生活しているだけなのに、突然に「○○人を皆殺しにしろ!」という狂気に直面するものですから。
襲うほうも襲われるほうも普通の人びとです。私が立ち去った直後に日本人が虐殺される事件が起こることになる街を歩いていた時も、不穏な空気はまったく感じませんでした。
その時は、悪魔が子どもの心臓を奪いにやってくる、という噂が流れていたらしいのですが気付かなかったのです。
ロベスピエール/毛沢東―革命とテロル (河出文庫)/スラヴォイ ジジェク

¥1,260
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1792年から94年にかけての革命的な恐怖政治(テロル)は、ベンヤミンなどが「国家制定暴力〔法措定的な暴力〕」と呼ぶような事例ではなく、「神的暴力」のそれである。
~(中略)~
固定(ストラクチャー)された社会的領域から逐われた者たちが、直接的な正義/報復を要求するだけでなく、その要求を実行に移しながら「遮二無二に」攻撃する、これが「神的暴力」である。
~(中略)~
聖書に出てくる破壊者(ロウカスト)たちのように、人間たちの罪深い所業に神が下す打擲、それが目的なき手段である。何処でもない場〔無〕からの襲撃である。あるいはルイ16世の処刑を要求するその演説でロベスピエールが述べたように・・・
人民は法廷と同じやり方で裁きを下さない。
人民は判決文を言い渡さない。
人民は雷撃を放つのだ。
人民は国王に有罪判決を申し渡さない。
人民は国王を空無へ蹴落とすのだ。
そしてこの正義が、まさしく法廷のそれに等しいのである。”

大衆の意向を汲んだロベスピエールの言葉の意味は分かりにくいですか?
でも次の標語の部分で理解してもらえると思いますが・・・。
“神的暴力の標語は〈fiat iustitia , pereat mundus 正義ハナサレヨ、ヨシヤ世界ガ滅ブトモ〉なのだ。”
簡単に言うと、大衆が求めるのは“断罪”です。
それがたとえ、世界を滅ぼす結果となろうとも、“神”の正義の雷撃によって断罪できれば満足するのです。
現在、どっかのポピュリスト(大衆主義者)の市長が、何故か生徒や受験生も含む高校全体に処罰を下そうとしている事例を見ても分かるとおり、生贄を断罪し火刑台にあげ、その周囲で踊ることができれば大喜びです。顔ばかりは深刻な表情を作りながら。
その結果として、より大きな害悪があったとしても、大衆は溜飲を下げられれば満足します。まったく問題は解決されずとも。
もちろん、その責任を問われるようなことになれば、「そんなことになるとは思わなかった」「そんなこと知らなかった」と蜘蛛の子を散らすように逃げ出すものですけどね。
Antennas to Hell/Slipknot

¥1,756
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リンクしてあるのは、Slipknotの「Psychosocial」。
「てめえ、知識とか教養とか、スノッブでムカつくんだよ」なんて言われるのでしょうね。
まあ、おっしゃるとおり、私もそんな高尚な人間ではありません。
だからこそ、仮面をかぶった魔女狩りの篝火を振り回しながら踊る行列には、加わりたくはないと思うのです。
気持ち好いのでしょうね。誰かを罵倒するのって。
私もたまにやりたくなりますから、あまり他人事のように言うのはやめておきましょう。
革命的群衆 (岩波文庫)/G. ルフェーヴル

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“敵対者についてのイメージがひどく暗いものであるのと対照的に、苦しむ階級についてのイメージは、まことに楽天的である。
革命期を通じ、貧しき者はこうしてすべての徳を付与されたのであった。”
陰謀論の基本は、いじめられているかわいそうな私、ということになるのでしょう。
その上で、“私”だと私的に過ぎると考えるのか、“かわいそうな私たち”となって群衆に紛れようとします。これも基本ですよね。
「私たちは、○○にいじめられているんだ!」
典型的な大衆の台詞です。奪う者と奪われる者という単純な構造で全てを分かったような気になるのは特徴的です。
“そのようなわけで、社会的善を実現し人類の幸福を保証するためには、敵対階級を根絶しさえすればよい、ということになる。そして虐げられた者ひとりひとりの幸福は敵対階級の根絶にかかっているというわけだから、虐げられている階級のメンバーは皆たいへんな熱意に燃えるのだが、支配階級の方とはいえば、こうした熱意をしばしば全く欠いているのだ。
ところが、この点こそ、革命派の者たちが、知らぬところ、というか信じようとしないところなのである。彼らは、敵の側にも、彼らが鼓舞されているのと同じ情熱があるものときめてかかり、
~(中略)~
相手の力を過大評価し、大いに懼れたのである。
今日となっては、われわれは、1789年、フランスのアリストクラート層が己に迫る危険を察知したのはずいぶんあとのことであり、彼らは、第三身分を粉砕すべく謀議をこらしていると弾劾されたのだが、実際にはそうした行動の準備は何もしていなかったし、宮廷は武力に訴えようと試みた時哀れむべき無能さを露呈した、ということを知っている。”

ナチスによるユダヤ人の虐殺が代表的ですが、多くのジェノサイド(人種・民族・国家・宗教などの構成員を消滅させようとする行為)が行われてきました。しかし、こうした時に危険を感じて逃げ出した人は思ったよりも少ないのですよね。
というのも、虐殺者の熱意を甘くみてしまうのです。自分たちはただ生活しているだけなのに、突然に「○○人を皆殺しにしろ!」という狂気に直面するものですから。
襲うほうも襲われるほうも普通の人びとです。私が立ち去った直後に日本人が虐殺される事件が起こることになる街を歩いていた時も、不穏な空気はまったく感じませんでした。
その時は、悪魔が子どもの心臓を奪いにやってくる、という噂が流れていたらしいのですが気付かなかったのです。
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~(中略)~
固定(ストラクチャー)された社会的領域から逐われた者たちが、直接的な正義/報復を要求するだけでなく、その要求を実行に移しながら「遮二無二に」攻撃する、これが「神的暴力」である。
~(中略)~
聖書に出てくる破壊者(ロウカスト)たちのように、人間たちの罪深い所業に神が下す打擲、それが目的なき手段である。何処でもない場〔無〕からの襲撃である。あるいはルイ16世の処刑を要求するその演説でロベスピエールが述べたように・・・
人民は法廷と同じやり方で裁きを下さない。
人民は判決文を言い渡さない。
人民は雷撃を放つのだ。
人民は国王に有罪判決を申し渡さない。
人民は国王を空無へ蹴落とすのだ。
そしてこの正義が、まさしく法廷のそれに等しいのである。”

大衆の意向を汲んだロベスピエールの言葉の意味は分かりにくいですか?
でも次の標語の部分で理解してもらえると思いますが・・・。
“神的暴力の標語は〈fiat iustitia , pereat mundus 正義ハナサレヨ、ヨシヤ世界ガ滅ブトモ〉なのだ。”
簡単に言うと、大衆が求めるのは“断罪”です。
それがたとえ、世界を滅ぼす結果となろうとも、“神”の正義の雷撃によって断罪できれば満足するのです。
現在、どっかのポピュリスト(大衆主義者)の市長が、何故か生徒や受験生も含む高校全体に処罰を下そうとしている事例を見ても分かるとおり、生贄を断罪し火刑台にあげ、その周囲で踊ることができれば大喜びです。顔ばかりは深刻な表情を作りながら。
その結果として、より大きな害悪があったとしても、大衆は溜飲を下げられれば満足します。まったく問題は解決されずとも。
もちろん、その責任を問われるようなことになれば、「そんなことになるとは思わなかった」「そんなこと知らなかった」と蜘蛛の子を散らすように逃げ出すものですけどね。
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「てめえ、知識とか教養とか、スノッブでムカつくんだよ」なんて言われるのでしょうね。
まあ、おっしゃるとおり、私もそんな高尚な人間ではありません。
だからこそ、仮面をかぶった魔女狩りの篝火を振り回しながら踊る行列には、加わりたくはないと思うのです。