日本、中国、ロシアがそれぞれにブロックを形成してオホーツク海を囲んでしまうと、アイヌの交易は大きなダメージを受けます。海禁とか鎖国とか後の時代に呼ばれる政策を日本と中国が行なうのです。
日本の場合は、琉球貿易を薩摩、朝鮮貿易を対馬、蝦夷貿易を松前、オランダ貿易を長崎と、特定の藩や港に絞ることでそれぞれの国は貿易に制限がかかってしまいます。
特に琉球とアイヌにとっては生存権に関わるほどの問題でした。

アイヌ人物誌 (平凡社ライブラリー (423))/松浦 武四郎

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この本は松浦武四郎の日誌を編纂したもの。

メモ垣露文

彼は幕末から明治にかけての人で、“北海道”という名前は彼の北海道人という雅号に因むもの。
現在の三重の松坂出身で、本草学と浮世絵を学び蝦夷地へと渡りました。

“はじめは藩士本人が、直接知行地に出かけて交易にあたっていたのだが、次第に代理人となり
~(中略)~
藩士と商船の取引きでは、企画の大型化につれ、商人に対する藩士の負債が多くなり、その返済に困ったあげく、漁場の交易権を商人の手にまかすようになった。これは藩士だけでなく、藩主の直轄領にまでも及び、それまでの藩主及び藩士と、蝦夷との友好的な交易から、完全に商人対蝦夷の経済的取引きに置換えられてしまった。この知行地の経営を請負う商人を、場所請負人といい、”

という状況がありました。

この請負商人たちが蝦夷地で悪行の限りを尽くしてきたのが北海道の歴史でもあります。
蝦夷地で生産される俵物と呼ばれる海産物のセットは、中国にも輸出される重要な産物ですし、日本列島の南にある沖縄料理も蝦夷地産の昆布を輸入していますね。それから木材の加工や砂金採りといった産業がありました。

ここから先は意図的に現代風に書いてみます。

こうした産業を業者たちが松前藩に代わって請負うと、業者は経済的に困窮したアイヌの集落をまわって労働者を集め、彼らを工場や漁場などへと派遣します。
若者が次々と遠くはなれた工場や漁場に出稼ぎに行ってしまうと、コミュニティーは崩壊してしまいます。
当時の資料を読むと、どこの集落も残っているのは老人ばかり、という記録を目にします。
また、遠い土地で安い賃金で働くアイヌの若者は男女の出会いもないままに晩婚化し、さらには女性たちは和人や現場労働者相手の風俗産業で働かされることとなり、性病が蔓延しているのが、江戸時代後半のアイヌの社会です。

単なる業務の民間委託だったはずが、実際の現場が業者によって運営されると、行政全体が業者の意向に沿う形で動くようになりました。
中でも、請負業者は蝦夷地での農産物などの生産をアイヌばかりか入植した和人たちにまで禁止させています。安い賃金で働かせた労働者が自分たちの店で輸入品を買うことを強制することで、流通を握って、支払ったその賃金を回収し、さらに利益をあげるのです。

アイヌが江戸時代の後期には社会を維持できないほどに困難な状況にあったのは、江戸幕府や松前藩、後には明治政府が、何も政策的に抹殺したというわけではないのです。それどころか、アイヌ人口減少に行政の側は悩んでいます。
最大の問題は、蝦夷地に入り込んだ請負業者が派遣労働で社会を破壊し、低賃金で長時間労働させたことで多くのアイヌが身体を壊したこと、貧困から売春せざるをえない女性が増えて性病が蔓延したこと、そして希望を失った成人男女の自殺率が高かったこと、そんな状況が少子化を進行させていました。

これはアメリカ大陸での黒人奴隷やバナナ・リパブリックなどと呼ばれる大規模農場などでも同じ傾向がありますから、頭の悪い自称保守派の言う、大衆は貧困化すると出生率が上がる、とか、貧しい国を見れば自殺は甘え、なんていうのはなんの根拠も無い全くの間違った認識ですから騙されないでくださいね。
あの連中は資料と記録を見せながら説得しても平気で嘘を垂れ流し続けますし、聞く耳を持ちません。

その状況を阻止するために、アイヌはコミュニティを維持しようと和人の孤児を積極的に養子にしていますから、現代風にいえば移民を導入してもいるわけですが、社会状況が変わらなければ人口減は止まりません。

メモ垣露文

このイラストはアイヌとニヴフを描いたもの。それぞれアイヌの衣装に、ロシア風、清朝風と3人それぞれの服を着ています。
こんな悲惨な状況から逃れるために、アイヌたちは必死の思いで日本語などの言葉を覚え、衣服もそれぞれの国のものを着ようとしました。それに対し請負業者や管理人はアイヌに教育などいらない、不要な知恵をつけるだけだ、と妨害し、特に文字を覚えることを禁止するのは、これもアメリカ大陸の奴隷制度とまったく同じ話。

メモ垣露文

これは萱野茂の書いたものですが、アイヌがアイヌとして生きることを肯定できるようになったのは、本当にこの数十年の話なのです。同化政策というのは、非日本人として人権を認めてもらえないと感じたアイヌが、最後の手段として日本人になれば、マシな状況になるかも、と選んだのです。
それをまるで恩恵を施してやったかのように言う連中は、こうした状況が日本人全体に降りかかれば、平気な顔でぬけぬけと日本を裏切るのは確実でしょうね。



ウポポ サンケ/安東ウメ子

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異なる文化があることは幸せなことだと思うのです。
リンクしたのは安東ウメ子。アイヌ語の歌唱というと彼女の名前が最初に浮かびます。
最近、流行のポップなアイヌ・ミュージックとでも言えそうなものとはちょっと違うので、慣れないかもしれません。でも録音が新しいものだとずいぶん聞きやすくなっているとも思います。興味のある方はどうぞ。