「散り椿も残る椿があって散ることができる」

      (「散り椿」から瓜生新兵衛の言葉 )

 

感想など

伊達騒動をモデルにした山本周五郎の「樅木は残った」は、過って極悪人とされた家老原田甲斐を大忠臣に仕立てて面白かった。この映画も大名家のお家騒動を題材にしている。権力を利用して商人と癒着して己の財を不当に増やす城代家老一派の悪事を描くのだが、悪事側と不正を暴く一派もお互いが疑心暗鬼の状態なのだ。過っての恋敵だった親友との人間関係が謎解きのよう展開する点が面白く興味深い。

 

「散り椿」を辞書で見ると「花の散った椿」「散り落ちた椿の花」など意味らしい。主人公は一直な正義を貫いたため弱い立場にあった上司や同僚をを死に至らしめ本当の不正を暴けなかった無念さがある。妻と共に逃避の道を選んだが妻の死で再び火中の栗を拾おうとするもの。そこには「徒労に耐え無駄と思えることに懸命になる人間(散り落ちた椿の花)」の姿がある。悪の根源を退治しても彼の、心の傷は癒されぬまま立ち去るのだ。

 

組織と言うものは建前と本音があって、本音をみんなが分かっていながら建前を守らざるを得ないことが往々にしてある。家老が商人と癒着して私腹を肥やしていることは周りの人間は薄々知っている。しかし、みんな表立って家老を非難したり、排斥しようとせず御身大事と見て見ぬふりをしている。

 

そんな中、どうしても不正は見逃せない正義漢が出るものだ。勘定方頭取の不正を告発して訴える。勘定方頭取は黒幕の指示で不正をやむなくしていたから辛い立場でもある。そんな勘定方頭取が刺殺される。犯人はなんとなく分かるのだが、誰もつまびらかにしない。犯人不明のまま部下の勘定方が全ての責任を取らされ切腹して、事件は決着となる。

 

黒幕の家老は傷つかず、勘定方頭取の養子は家督を継ぎ、若殿の側用人に就任する出世だ。訴えた正義漢は藩にいたたまれず、妻を連れて京都での寺暮らしとなる。そんな理不尽な経過から妻の遺志を尊重した正義漢が藩に戻ったところからさまざまな人間関係のつながりをほどきながら物語が展開してゆく。

 

正義漢の新兵衛と勘定方頭取の養子の采女、勘定方で切腹した坂下源之進、馬廻役篠原三右エ門は、同じ道場仲間で四天王といわれた達人たちで、お互い信頼できる間柄だったが、事件後はそれぞれが疑心暗鬼になっている。特に新兵衛の妻篠は、昔采女の想い人だったが、養父母は家柄を理由に一緒になることを許さなかった。新兵衛は自分の妻を愛していながら愛している妻が自分と一緒にいながら苦労していることに悩み苦しんだ。

 

悩みぬいた新兵衛が妻の遺志で藩に戻ったのは、妻を不幸にした采女に対しての恨みつらみと自分も早く妻の元に行きたいという矛盾した心境からの逃避願望だった。散り椿の咲く榊原邸で、二人は対峙して刀を交えるが、死ぬつもりの新兵衛を采女は切らなかった。そして篠の本心を表した手紙を見せられた新兵衛は生き抜くことに目覚めるというもの。

 

榊原采女という男は、よほどの人望があったのだろう。切腹した勘定方でさえ藩の将来を采女に託した。殿さまも采女の新田開発政策を支持して側用人に抜擢している。城代家老石田玄蕃は、権力にものを言わせ刺客や上意討ちとさまざまな手を尽くして保身に務めたが、結局起請文という徹底的な機密文書によって破滅する。

 

組織の中の権力闘争と一部権力者による不正利得。有力商人と一部権力者の癒着による収賄汚職。多くの中産階級の武家社会の日和見主義。滅私奉公による自己犠牲の容認。封建的な身分制度による非自由な恋愛友情と不信。田舎の藩の自然風景の美しさ。西部劇さながらの騎馬シーン。ゆったりとしたテンポによる進行。工夫した立ち合いシーン。娯楽作品として見ごたえがあった作品だった。

 

画像

 

タイトル                   新兵衛は篠から散り椿を見てほしいと頼まれる

 

篠の妹の嫁ぎ先坂下家を訪れる    御用商人田中屋の用心棒になる

 

采女に会う新兵衛             田中屋と家老の起請文を預かる

 

家老は起請文を出せと迫る       起請文は采女の手に渡す

 

起請文の内容               坂下家には篠原家から嫁が來る予定

 

江戸詰めの若殿が帰省した      狩りに出る若殿

 

殿への銃撃をかばい篠原が撃たれる  篠原は事件の顛末を坂下に話す

 

家老は証文を出せと采女を脅す    新兵衛は篠を捨てたと采女を責める

 

篠の手紙を見せる采女          上意討ちで采女は撃たれる

 

殿は家老の悪事を知った        坂下家の婚礼

藩を出てゆく新兵衛

 

 速水御舟の「散椿図屏風」山種美術館

 

あらすじ

瓜生新兵衛(岡田准一)は、 妻篠(麻生久美子)と京都地蔵院で暮らしていた。以前は扇野藩士だったが、勘定方の不正を追及し訴えたところ勘定組頭が何者かに殺害され、勘定役坂下源之進(駿河太郎)も責任を疑われ切腹した。殺害犯人は分からないまま騒動の種をまいた瓜生新兵衛は藩を出奔せざるを得なかった。

 

出奔後、8年も経過したがいまだに新兵衛に対して刺客が差し向けられ襲われることがある。妻の篠は病を患っており、地蔵院の庭にある椿の花を見て「もう一度、ふるさとの散り椿を見たい。もし私が死んだら是非藩に戻ってほしい。そして榊原采女様を助けてほしい」と新兵衛に語った。そして亡くなった。

 

新兵衛は篠の遺志を尊重して、扇野藩に戻ることにした。新兵衛が剣術の修業をした一刀流平山道場は代替わりしたが、そこに立ち寄った。かって道場では「四天王」と呼ばれる剣豪が育った。新兵衛はその一人で、他に現側用人榊原采女(西島秀俊)、現馬廻役篠原三右衛門(緒方直人)、切腹した坂下源之進の4人である。

 

立より先の道場主は、側用人榊原采女の新田開発政策案と家老石田玄蕃(奥田英二)の和紙販売振興策で新田開発反対の主張が対立していることを知らせた。その後新兵衛は、坂下家を継いだ藤吾(池松壮亮)の家を訪問した。藤吾の母里美(黒木華)は、篠の妹であった。藤吾は、父が切腹したのは新兵衛のせいもあるとそっけないが里美は丁重に逗留するよう言った。

 

家老石田玄蕃は新兵衛が戻ってきたことを不快に感じている。そんな玄蕃は、榊原采女に「おぬしが父親を切ったことがバレると若殿は処断するぞ」と脅す。采女は動じなかった。そして采女は城内で藤吾に逢うと「うちに一緒に訪ねるよう」と申し渡した。一方新兵衛は、田中屋惣兵衛(石橋蓮司)から家老は油断できない人だから用心棒になってほしいと頼まれる。惣兵衛は玄蕃と密約の起請文を取り交わしていたようだった。

 

新兵衛は藤吾を共に采女宅を訪ねる。采女は「なぜ戻った。なぜ篠を離縁せず連れて行った」と問う。また、采女の母は「夫源之進の仇だ」と罵られる。新兵衛は「源之進を切ったのは、平山道場四天王しか知らなかったカゲロウ切りの剣法だった」と暗に采女ではなかったのかと遠回しに言う。

 

その後、新兵衛は田中屋に逗留した折り、惣兵衛に刺客が数人襲った。駆け付け刺客を追い払ったが惣兵衛は負傷した。惣兵衛の持っていた「起請文」は無事だった。新兵衛はその起請文を預かり持ち帰った。惣兵衛の負傷はたちまち城内も街中にも広まった。さっそく城内では、重臣たちが集まりその話が出る。犯人は強盗かもの盗りか分からないが采女は、父が田中屋と癒着した証文かもしれないと発言。石田家老は、「もし、そうならおぬしも咎を受けることになる」とけん制した。

 

そんな中、坂下藤吾は家老の家来に連れて行かれた。そして家来は坂下の家に手紙を持って行き、新兵衛に寺まで来るように伝えた。新兵衛が寺に行くと家老の一党が集まっていた。家老は新兵衛に「田中屋の起請文を渡せ。渡せば藤吾を帰す」と脅した。新兵衛は「証文は采女に渡した」と答える。家来たちは新兵衛と藤吾を切ろうとしたが、家老は「お前たちは太刀打ちできない」と止め新兵衛達を解放した。

 

里美は榊原家を訪ね、采女に田中屋の証文を渡した。そして姉の篠が、采女の恋文をずっと保管していたことを知って、篠もまた采女のことを想い続けていたことを采女に告げた。采女は榊原家の養子であり、養母が篠を迎えることを反対したため諦めざるを得なかったことが解る。

 

藩内を一年の江戸詰めを終えて藩主千賀谷政家が帰ってきた。出迎えは側用人榊原采女など数人だった。采女は急ぎの詮議があると伝えたが、政家は狩りがしたいと我儘ぶりを示す。翌日、政家は采女をはじめ馬廻役篠原三右衛門、坂下藤吾などを共に狩りに出かけた。狩りのさなか突然、銃声が鳴り政家の背後にいた三右衛門が撃たれた。駆け寄った藤吾に三右衛門は「榊原平蔵を切ったのはわしだ」告げて亡くなる。

 

銃撃事件後、家老玄蕃は采女に対し「殿の警備の落ち度は側用人だ。切腹を命じる。もし、田中屋の起請文を渡せば、脱藩することを黙認する」と言い蟄居を命じた。蟄居を知って新兵衛は榊原家へ訪ねる。庭にある満開の散り椿の花を二人は眺めた。新兵衛は「篠はおぬしを助けろと言ったが、篠を苦しめたおぬしは許せん」と刀を抜く。采女も抜き立ち会ったが二人は止める。そして采女と篠の破談の際、篠から来た手紙を見せる。篠は新兵衛の気持ちに寄り添っていたのだ。

 

そこへ「上意討ちがやってきます」と藤吾が知らせに来た。采女は「これを殿に渡せ」と田中屋の起請文を藤吾に渡した。藤吾はそれを受け取ると一目散に殿の居る城内へ向かった。采女と新兵衛は、上意討ち連中が来る前にこちらから出向いて行く。そこには家老石田玄蕃が腹心の部下たちと待ち構えていた。二人が玄蕃一味と切り合っていた時、飛んできた弓矢に采女が打たれ亡くなる。

 

田中屋の起請文によって家老石田玄蕃が藩の財政を不正に横取りしていたこととその隠ぺいのため勘定役頭取榊原平蔵や勘定方坂下源之進を死に至らしめたことが明るみに出て証明された。坂下藤吾は篠原三右衛門の娘美鈴を娶り、榊原家を継承するよう藩主から命じられた。しかし、瓜生新兵衛は藩に留まることを断った。盟友「四天王」の内、三人も今回の不祥事で失ったことに対する自戒の気持でもある。