人間に一番必要な薬は理性だよ。
                  (「酔いどれ天使」より真田医師の言葉)
 
映画の背景
終戦直後の東京下町の盛り場で闇市がある街中が舞台。真田医師(志村喬)の診療所の間近に、メタンガスが噴出すゴミだらけのどぶ沼がある。
このどぶ沼は、何回も何回も映し出されており、それが当時の社会や人間の汚濁と混乱の象徴のようになっている。
闇市の商店は、ヤクザの縄張りに支配されていて、松永(三船敏郎)は、そのあたりの顔役である。結核を患っている松永に、真田医師が卵を買って行くシーンがあるが、「できたての卵1ヶ18円」となっていた。当時の盛りそば1杯は、15円くらいだから卵1個の値段が400-500円とは驚く。
 
真田医師
無免許医師ではないが、大酒飲みで消毒用のアルコールにお茶を混ぜて飲むというほどのアル中である。
出世からは外れ、偏屈で反骨精神にあふれており、貧しい人たちには尽くしている。
ヤクザの松永が、手に銃弾を受けて治療に訪れた時、「治療代は、高いぞ。お前らのようなムダ飯を食っている奴等からは、たくさんとることにしている」と言い渡している。
 
松永(ヤクザ)
ヤクザの親分から闇市を任されている顔役。闇市の商店からは一目置かれている。抗争で手に銃弾を受けたため、真田の診療所に治療に行き手当てをうける。
その際、結核と診断され、大きな病院でレントゲンを撮るよう指導を受ける。レントゲン写真を見た真田医師から「お前の肺はどぶ沼みたいだ。お前の周囲は黴菌みたいな奴ばかりだ。そいつと手を切らないとだめだ」と言われる。
 
岡田(松永の兄貴分)
三年前に抗争で、傷害事件を起こし3年間刑務所に服役して、最近出所してきた。岡田(山本礼三郎)の妻は、真田の診療所で看護師として働き保護されていた。
出所後は、松永の支配する闇市で顔役として復活する。そのため松永は地位を追われ、松永の情婦までも岡田は取り上げる。
 
岡田と松永の抗争
松永はヤクザが義理堅いと信じていたが、親分や岡田が、結核の松永を抗争の犠牲に使おうとしていることを聞きつけて、自暴自棄となる。
また岡田が元妻を真田が保護していることに気付いたことをきっかけに岡田と対決することを決意する。
松永は、ナイフを忍ばせて岡田の部屋へ入る。そしてナイフで岡田を刺そうとするが、結核のため吐血する。その瞬間にナイフは岡田が取り上げ、廊下で格闘となり、松永はナイフで刺され、物干し場でこと尽きる。
 
感想など
1 この映画は、結核を患った落ち目の若いヤクザを治療し、立ち直らせようとするアル中医師の奮戦を描き。
反社会的人物への憎しみと立場の弱い人たちへの同情をヒューマンタッチで描いている。
 
2 松永と岡田の格闘シーンに見せ場を作っている。
ナイフを持つ松永は、吐血でナイフを岡田に取られる。
部屋にある三面鏡に二人の対決が三重に映る。岡田が靴を投げたとき窓ガラスが割れる場面を外から映す。
廊下に出た松永がペンキの缶を投げつけて、廊下に流れたペンキの上でペンキまみれになって格闘する。最後は扉を開けて洗濯干し場に出た松永が欄干を壊して倒れ、事切れる。などなど・・・
 
3  歌や音楽に工夫が凝られている。
・真田医師は、「港の見える丘」の歌を口ずさむ。
・キャバレーで、笠置シズ子が「「ジャングルブギ」を歌う。黒澤監督の作詞。
・闇市の雑踏を落ち目の松永が歩くシーンで、「カッコウワルツ」が流れる。
 (これは、「映像+音楽」という従来の手法から「映像×音楽」という手法で、このよ うな哀しい場面で楽しい音楽を使うやりかたを、「対位法」と呼ぶらしい。)
 
4 結核は過去の病気ではなく、現在もある恐ろしい感染症である。
真田医師は「理性がしっかりしていれば、結核なんてちっとも怖くない。結核だけじゃないよ。人間に一番必要な薬は理性だよ」と社会病理にまで言及している。
 
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      松永は真田の診療所で治療する                松永と岡田の博打勝負イメージ 3 イメージ 4
 元妻を真田が保護していることを岡田は知る    松永の彷徨(カッコーワルツが流れる)イメージ 5   イメージ 6
       闇市での卵が1個18円を買う               松永と岡田の格闘シーン(ペンキまみれ)