「そして夜が来る
              あたしは、階段を上がる時が一番イヤだ。
           上がってしまえば、その日の風が吹く」
           (「女が階段を上がる時」から圭子の呟き)
 
あらすじ
矢代圭子(高峰秀子)30歳。5年前に夫に死なれて、マネージャー小松(仲代達矢)の紹介でバー「ライラック」のマダムとなった。経営者(山茶花究)ぱ外国籍の人で、所謂、雇われマダムである。このところ売上げが減っていると経営者から苦情を言われる。原因は常連客で利権屋の美濃部(小沢栄太郎)が、以前「ライラック」で働いていたユリ(淡路恵子)を引き抜き、新しいバーのマダムにさせたからだと言う。経営者は「ユリのように体を張れ」と圭子をけしかけた。
 
結婚で店を辞める女性を駅まで送り、戻る圭子はビルの二階の店への階段を登りながら呟く。「夜が来る。あたしは、階段を上がる時が一番イヤだ。上がってしまえば、その日の風が吹く」と。店に入るといきなり、美濃部が「ようっ」と手を上げ待っていた。小松がそれとなく美濃部に電話を入れたと言う。「下り坂の時は、会社もバーも活気がないよ。ユリの店は活気がある」と言う美濃部に圭子は見に行くことにした。
 
美濃部と圭子はユリの店を訪ねる。ユリは「よろめき経営よ」と言いつつも自動車を買ったと言う。美濃部はユリに内緒で「明日ゴルフだ。付き合ってくれ」と圭子に囁く。圭子は断り、店を出ると圭子の店の常連だった銀行の支店長藤崎(森雅之)が、ユリの店に入ろうとしていた。藤崎は圭子の店にも後で寄るよと言いつつ別れた。
 
美濃部の誘いを断った圭子は「ライラック」を辞めて女性経営者の別のバー「CARTON」に移った。「ライラック」以来の藤崎支店長や関西の社長郷田(中村鴈二郎)などや中小企業の社長という関根(加東大介)も来店し、圭子を食事に誘った。圭子は直接断らず翌日電話で断わることにした。「ライラック」時代の圭子の未集金は、今度の女性経営者が立替てくれたので小松に藤崎と郷田の集金を頼んだ。
 
集金の小松がアパートに来た。「藤崎さんは拝み倒したけど郷田さんはママが来ないと払わないそうです。勘定で釣って口説く気でしょう」と報告する。圭子は「いつもの手ね、自分さえその気にならなければ大丈夫よ」と言い返したが小松は「そんなこと言いながらボコッと落ちるのが女なんだ」と過去の知識を披露する。
 
郷田の集金のため圭子は、食事に付き合った。圭子が30歳と知ると「店を持つか、結婚だな」と言い郷田は店を持つなら、お金を出すと真顔で言う。圭子は今度来るまでに返事をしますと答えた。別れたあと圭子は小松に相談する。郷田の話は話として、店を持つため奉加帳を回して10人くらいから資金を集め、その人には勘定で返そうというものだった
 
その後、圭子は奉加帳を持って御贔屓を回る。思わぬ人が乗ってくれたり、見掛け倒しの人など様々だった。藤崎は個人として3万位ならとがっかりする答えだった。駅でぱったり出会った町工場経営の関根は、「ママは水商売に向いてない、結婚した方がいいが10万円くらいなら出す」と快諾してくれた。
 
そのうち、景気のいい話をしていたユリが、借金から逃れるため狂言自殺を図り、本当に死んでしまったと情報が入る。圭子はユリの仏前に手を合わせに行ったが、そこへ美濃部の代理人が来て貸し金をユリの母に督促しているのを見て憤慨する。
 
そして突然、バー「CARTON」に美濃部が現れる。美濃部は新しい客を連れて来たが、圭子はユリが可哀相だと毒づく。それを聞いた小松は圭子を諌めるが、圭子は虫唾が走るとウイスキーをがぶ飲みしたため血を吐いて入院してしまう。その後退院したが、月島の実家で療養した。しかし、実家の兄は窮乏しており兄の訴訟費用やこどもの手術で圭子はお金の無心をされる。
 
結局、圭子は店に再び出た。そんな中で町工場の関根と再び出会い関根の誠実そうな人柄に好意を感じる。そして関根が結婚を仄めかすので、その気になってしまう。ところが関根は大嘘つきで妻帯者だった。判った圭子は自棄酒を飲み、藤崎とも付き合ってしまう。しかし、藤崎は妻子を捨てる勇気もなく転勤で大阪へ去る。
 
そんな状態をマネージャーの小松に詰られる。そして小松は愛を告白するが、圭子は小松を拒否したため小松は圭子の下を去ってゆく。その日も圭子はバー「CARTON」への階段を上り店に入って、客達に愛想を振り蒔きその日の風に吹かれる。
 
感想など
l       銀座の高級バーは、あまり縁がなかったので、ドラマや小説、週刊誌などで見た表面的な様子しか知りませんでした。この映画は、銀座の高級バーで働く美しい女性達とお金持ちの男性客とのバーでの様子、うごめく欲望舞台裏醜く悲しく、また逞しく生きてゆく女性達の心意気などを描いているものです。
 
l       マネージャーの小松は「客は金を使って遊ぶ。こっちは我慢して機嫌よく帰せ」と言います。圭子は「客は贅沢な雰囲気を味わいたいの。だから着物だって贅沢で着ている訳ではないの」と実母に言います。また、客から誘われた食事にも「直接断らないの、翌日断る方が感じいいでしょ」と後輩に教えます。高級バーのママさんは客扱いと算盤上手でないと勤まらないようです。
 
l       所謂、水商売の世界は昔から「狐と狸の世界」とか「金の切れ目が縁の切れ目」とか言われるように虚虚実実の世界です。高いお金を払って遊ぶ場所ですから男女間の本能の機微を味わう場所でもあるわけです。お互いが騙し騙されることもあるし、また元気回復の場でもあるし、社交の場でもある訳です。金を払う方も金を頂く方もギリギリの線で駆け引きをして遊び、遊ばせることでお互いが満足するよう振る舞うのです。圭子の言う「簡単に許しちゃダメ。一度崩れると止め処がなくなる」も真実でしょうし、「体を張ってやれ」という経営者の言葉も真実のように思われます。
 
l       水商売の人達も弱い人間ですから、恋愛も嫉妬も欲望も理性も本音も嘘も渦巻いています。マネージャーの小松は、「店の女の子(商品)に手を出したら一流になれない」と言い、建前もあるようです。また、圭子は強欲で卑劣な美濃部という利権屋の男に、毒付きユリという女性から甘い汁を吸ったと損得抜きで憤る理性もあります。
 
l       圭子は個人的に藤崎支店長が好きですが、藤崎には妻子があり、藤崎もそれを捨てるほどの了見はないのです。結婚と言う餌を見せた関根という女垂らしに圭子は騙されます。悔しさから藤崎にも心を許しますが、転勤で去ります。藤崎から貰った奉加金を圭子は返す心意気があります。
 
l       当時、社用族という言葉が流行りました。会社の経費を使って商談や取引を円滑に行う社交の場所として、バーやキャバレーを利用したようです。景気のいい企業は潤沢に経費を使ったはずです。こういう場所は世の中の景気に連動するし、また時代と共に様変わりしてゆきます。一見華やかで楽しそうな水商売の陰鬱な裏面がよく分かります。
 
l       巨匠成瀬巳喜男監督の傑作です。バックの音楽は黛敏郎で、ジャズバンド「MGQ」を思わせるヴァイブラホンの演奏が実にマッチしていました。高峰秀子が衣装を担当し、美しい着物姿がモノクロですが見られました。美しいがチョッと堅い表情で、厳しい水商売の世界を生き抜くママさんを逞しさを好演していました。脇の仲代、中村、小沢、森もさすがの演技でした。

 

GALLERY
 
 タイトル                     売上げが減ったと経営者から活を入れられる 
 圭子とマネージャー小松            ライラックへの階段を上がる圭子 
 ユリを引き抜いた美濃部が久しぶりの来た   ユリの店は活気があった
 
 馴染み客の藤崎も来ていた        圭子はライラックからカートンに移った 
 圭子に付いて来た純子と話す    関西の社長郷田から自分の店を出せと言われる 
奉加帳方式で店を持つことを考えて下見  ブレス工場の社長関根に好意を持つ圭子 
ユリの自殺で美濃部に楯突き血を吐く圭子  実家で療養するがお金を無心される 
関根の結婚詐欺に遭う            藤崎は別れを言う
 
小松は圭子の行動に憤るが愛を告白する  圭子は藤崎夫婦を送る
 
 圭子は再び階段を上がる         バーで客に愛嬌を振りまく圭子