私は画廊の50周年の区切りを機会に、翌年にはインドの主要都市での巡回展を開催しました。
インドには5000年の文化があり、もともとアートの国です。長い間世界の美術の潮流から距離を置いてきましたが、昨今経済が著しく成長しており、アートの発展も注目を集めています。日本の彼方にアートの夢の国があるというイメージをかぶせ“BEYOND JAPAN”と銘打ち日本の若手アーティストの絵をインド各地で発信するチャレンジを行いました。
最初は、大手の自動車部品会社の新社屋のロビー階でオープニングパーティを行いました。
インド風のオードブルにワインなどが振舞われ幸先の良いスタートが切れました。
展覧会本番はデリーに近い発展都市グルガオンのアートルートギャラリーという現代アートギャラリーで開催されました。
オープニングでは、キャンドルスタンドにめいめいが小さなろうそくを灯すインドスタイルのセレモニーが行われました。
その日には、パートナーが招待したお客様が合計5点ほどを予約され幸先よいとほくそ笑みました。そういう人たちは画家の経歴などには目もくれず、自分が気に入ったものがあれば、値段も気にしないで買ってくれました。これは、ごく一握りの富裕層の知り合いが義理でかってくれた事とあとで分かりました。
その次はデリーのギャラリーでは事前に予約してあったはずなのにオーナーの女性がアメリカから帰国できず、お客の集客の準備がなにもなされておりませんでした。ここで揉めても拉致があかないと判断し、キャンセルし
穴が開いてしまったスケジュールに次の予定地であったチャンディガールというインド北部の都市での日程をやり繰りしました。そこはガバメントミュージアム&アートギャラリーという公営のギャラリーでした。
急な前倒し変更にも関わらず、大きな看板があちこちに表示され、初日から政府高官や美術関係の重要人物来場され、連日500人ぐらいの来客で賑わいました。
これはラッキーとまたほくそ笑んだが、連日見える客さんは日本人画家のの絵をほめちぎって一緒に写真を撮ったりインスタを見せ合ったり大騒ぎでしたが、絵を買うどころか自分の絵を売り込む画学生も多く、期待外れでした。た。富裕層も多くいるはずですが、事前のコネクションつくりができなかったのが反省点でした。
一旦帰国して数か月後に、JAPAN MONTHという日本文化の紹介イベントに我々の作品を展示することになりました。インドの大使館も共催のイベントとなりましたので、来客も多く、出品作品には高い関心が寄せられましたが、前回同様売り上げの成果は限定的なものでした。
その後、知り合いのご厚意で、グルガオンにある超高級レジデンスで、フェアウエルパーティを開いて頂き、知り合いのインド人が富裕層の友人に声をかけてくれて、絵も多少売れました。
その後グルガオンの有名画廊SHAILJAギャラリーに招待される機会があり、日本の画家の絵に高い評価を示してくれ後日このギャラリーはかさぎ画廊と協力関係を結ぶことになり、何名かの日本人画家の作品を買っていただき展示してもらうことになりました。
BEYOND JAPAN 巡回展は、約10か月の間に、北インドの都市で、5か所での展示を行いインドに持ち込んだ80点余りの作品のうち一割程度の絵が売れた成績で終了しました。
インドでは2014年に一度デリー郊外のラドサライで展覧会を開き、日本人の友人が1点だけを買ってくれた時から、約10年後に10点の作品が売れたことは、インドでは確実に経済成長が進み富裕層が形成されたという実感でしたが、絵画のマーケットが本格的に活性化するにはさらに10年ぐらいの時間がかかるのかと実感しました。
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年明けにはチャンディディガールで協力してくれた美術協会の会長が、日本でインドのアーティストの展覧会を開きたいということで、21名のアーティストの絵が送り込まれた。また5名のインド人画家が来日することになりました。
インドでの一年にわたる巡回展のすぐ後で準備期間もタイトで苦労しましたが、鎌倉のパークホテルの特設会場で、日印現代アーティストのコラボ展を何とかやり遂げることができました。
約一年インドにかかわってきましたが、体力と費用を消耗し、多くの反省点を残した一年でした。

















































































































