かさぎ画廊ぶろぐ Gallery Kasagi Blog

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鎌倉と横須賀にあるかさぎ画廊。歴史と伝統のある小さな画廊ながら世界中で企画展を開催したりとちょっとユニークな画廊の日々を紹介

私は画廊の50周年の区切りを機会に、翌年にはインドの主要都市での巡回展を開催しました。

インドには5000年の文化があり、もともとアートの国です。長い間世界の美術の潮流から距離を置いてきましたが、昨今経済が著しく成長しており、アートの発展も注目を集めています。日本の彼方にアートの夢の国があるというイメージをかぶせ“BEYOND JAPAN”と銘打ち日本の若手アーティストの絵をインド各地で発信するチャレンジを行いました。

 

 

 

 

最初は、大手の自動車部品会社の新社屋のロビー階でオープニングパーティを行いました。

 

インド風のオードブルにワインなどが振舞われ幸先の良いスタートが切れました。

展覧会本番はデリーに近い発展都市グルガオンのアートルートギャラリーという現代アートギャラリーで開催されました。

 

 

オープニングでは、キャンドルスタンドにめいめいが小さなろうそくを灯すインドスタイルのセレモニーが行われました。

その日には、パートナーが招待したお客様が合計5点ほどを予約され幸先よいとほくそ笑みました。そういう人たちは画家の経歴などには目もくれず、自分が気に入ったものがあれば、値段も気にしないで買ってくれました。これは、ごく一握りの富裕層の知り合いが義理でかってくれた事とあとで分かりました。

 

 

 

 

 

その次はデリーのギャラリーでは事前に予約してあったはずなのにオーナーの女性がアメリカから帰国できず、お客の集客の準備がなにもなされておりませんでした。ここで揉めても拉致があかないと判断し、キャンセルし

穴が開いてしまったスケジュールに次の予定地であったチャンディガールというインド北部の都市での日程をやり繰りしました。そこはガバメントミュージアム&アートギャラリーという公営のギャラリーでした。

 

 

 

 

 

急な前倒し変更にも関わらず、大きな看板があちこちに表示され、初日から政府高官や美術関係の重要人物来場され、連日500人ぐらいの来客で賑わいました。

 

 

 

 

これはラッキーとまたほくそ笑んだが、連日見える客さんは日本人画家のの絵をほめちぎって一緒に写真を撮ったりインスタを見せ合ったり大騒ぎでしたが、絵を買うどころか自分の絵を売り込む画学生も多く、期待外れでした。た。富裕層も多くいるはずですが、事前のコネクションつくりができなかったのが反省点でした。

一旦帰国して数か月後に、JAPAN MONTHという日本文化の紹介イベントに我々の作品を展示することになりました。インドの大使館も共催のイベントとなりましたので、来客も多く、出品作品には高い関心が寄せられましたが、前回同様売り上げの成果は限定的なものでした。

その後、知り合いのご厚意で、グルガオンにある超高級レジデンスで、フェアウエルパーティを開いて頂き、知り合いのインド人が富裕層の友人に声をかけてくれて、絵も多少売れました。

 

 

その後グルガオンの有名画廊SHAILJAギャラリーに招待される機会があり、日本の画家の絵に高い評価を示してくれ後日このギャラリーはかさぎ画廊と協力関係を結ぶことになり、何名かの日本人画家の作品を買っていただき展示してもらうことになりました。

BEYOND JAPAN 巡回展は、約10か月の間に、北インドの都市で、5か所での展示を行いインドに持ち込んだ80点余りの作品のうち一割程度の絵が売れた成績で終了しました。

インドでは2014年に一度デリー郊外のラドサライで展覧会を開き、日本人の友人が1点だけを買ってくれた時から、約10年後に10点の作品が売れたことは、インドでは確実に経済成長が進み富裕層が形成されたという実感でしたが、絵画のマーケットが本格的に活性化するにはさらに10年ぐらいの時間がかかるのかと実感しました。

年明けにはチャンディディガールで協力してくれた美術協会の会長が、日本でインドのアーティストの展覧会を開きたいということで、21名のアーティストの絵が送り込まれた。また5名のインド人画家が来日することになりました。

 

 

インドでの一年にわたる巡回展のすぐ後で準備期間もタイトで苦労しましたが、鎌倉のパークホテルの特設会場で、日印現代アーティストのコラボ展を何とかやり遂げることができました。

 

 

約一年インドにかかわってきましたが、体力と費用を消耗し、多くの反省点を残した一年でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


https:www.kasagi-garo.com/

 

 

 

 

2023年の12月にはかさぎ画廊の創立50周年を 鎌倉パークホテルで開き、50年にわたって画廊の発展に

努めてきた笠木和子が退任しました。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

画廊の創立の前は、かさぎ家では横須賀の海軍べースの真ん前に肖像画のスタジオを営んでいました。

USネイビー(海軍)の戦艦が横須賀に寄港し船体をメンテナンスする間に一か月ほど、船員や将校は横須賀に滞在します。この人達を目当ての肖像画の制作販売が横須賀の名物になっておりました。船員たちが大事にしている家族や恋人の写真を預かり絹の生地に油絵で肖像画を描き、船が出向するまでに絵を額に入れて納品するのです。絵のサイズは決まって8X10インチなので“エイトバイテン”と呼ばれ多い時には10軒ほどのお店がありました。

 

 

 

笠木家では祖父の代から絵にかかわる商売をしていたため、地方から出てきた画家を雇い一時は大変潤っていました。父の笠木力蔵には語学が達者なため海軍基地で通訳などもやり、木版画のアメリカへのカタログ販売にも着手しました。

ところが力造は当時流行の結核を患い早世し、祖母の芳も亡くなり、雇っていた画家も他店に引き抜かれてしまいました。

一気に働き手を亡くし、ことも3人だけが残った和子は見様見真似で肖像画を描くしか生活の糧が見つかりませんでした。

絵を描く経験が全くない和子が最初に注文を受けた絵はあまりにひどくお客は怒って、もちろんお金を払ってくれませんでした。

必死で描いた2作目は なんとお客さんも喜んでお金も払ってくれました。

 

次第に腕を上げ、芸術的価値は疑問ですが、お客様が喜んでくれる肖像画を描いて、何とか生計を立てるようになりました。

和子はそれから10数年この仕事をしていましたが、突然お店の大家の事情により立退きを要請され、アメリカ人の船員が通る繁華街から外れた場所への移転を余儀なくされました。

そこで和子は突然肖像画を描くことをやめ、画廊を開く決心をしました。

 

 

 

1973年に作った画廊は、その後のリフォームなどで、それらしい佇まいになってきました。

 

3児の寡婦から突如肖像画の絵描きに、そして全く未知の画廊の店主に、自ら選んだ道とはいえ 容易ではなかったはずです。

 

ちょっと名の売れた画家には馬鹿にされ、

出品しては頂けないし、お客さんが画廊に足を運んでくれない時期が数年続きました。

それにも負けず展覧会の時には和子は手書きのポスターをベニヤ板に貼って辻々の電柱に針金で括り付け、宣伝チラシを道行く人に手渡したり、家々の郵便受けに入れたりしていました。
お客様の家に絵をお見せする時には、重い額入りの絵を風呂敷に包み肩に担いで歩いていきました。お客様は和子のそういう姿を見て気の毒そうな顔を見せますが、だからと言って絵を買ってくれるわけではありません。

和子はどうしても車が必要だと決心して自動車教習所に通い始めました。しかし50歳過ぎてからの運転免許取得は容易ではなく長い月日がかかりました。

そういう姿を画家の先生も、お客様も見くださって、次第に応援してくれる人が増えてきました。

 

 

 

これは横須賀に画廊を開い5年ほど後に住居に設置したギャラリースです。

 

いままでは第二ギャラリーとして補完的役割を演じてきましたが今後はいろいろな面白い使い方を考えいきます。

 

 

 


 

記念パーティーには100人余りのお客様が見え、会食、歓談の後には、ピアニストの

鮫島明子さんのミニコンサートを楽しんで

頂きました。

 

 

 

 

 

 

かさぎ画廊は開設後紆余曲折もありましたが、多くの人々のご協力も得て、50周年を迎えることができ、90歳を超えた和子は引退し、ご出席の皆様にお礼を述べました。

 

最後に孫の笠木円(つぶら)が後継者としてご挨拶しました。

 

 


 

https://www.gallery-kasagi.com/

 

 

https://www.facebook.com/KasagiGallry/

 

 

 

 

 

今年の前半思い出しシリーズの第二陣です。

 

オランダ在住50年の吉屋敬先生が日本への

永住帰国を決心し、その第一声を

栃木県栃木市での絵画展で上げました。

 

なぜ栃木県かというと。栃木は吉屋先生の叔母で昭和時代の

小説家として一世を風靡した吉屋信子の展覧会場に推薦して

いただいた栃木市の蔵の町市民ギャラリーは100年以上前の

古い蔵を3つ連ねたユニークな文化財であって、美術展の会場と

しても一級の設備が整ったギャラリーです。

 

 

この展覧会のために、1年以上描き貯めた作品約50点の

総結集ともいえる記念すべき絵画展が行われました。

 

折しも5月連休には、うずま川に1000匹の鯉のぼりが

飾られるお祭りもあって大勢のお客様が訪れ大盛況の

絵画展となりました。

 

 

 

 

吉屋先生は、叔母吉屋信子の肖像画を栃木市に寄贈し、

大川市長から祝辞を頂きました

 

私たちも栃木市で2週間過ごし、栃木市のチリ一つ

残さない清潔な街に感激しました。

 

吉屋敬先生はも、日本での制作活動の素晴らしい

スタートを切ることができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァーチャルツアー」とは、VR技術を活用し、

ユーザーが自由に視点を変えて見ることが

できる360度映像コンテンツです。

 

 

 

Googleストリートビュー(インドアビュー)の

イメージに近く、進みたい方向へタップをすると

ウォークスルーで画面が移動しまるで自分自身

歩いているかのような体験ができるのが特徴です。

 

 

これは鎌倉パークホテルで開催されたグループ展

特殊3Dカメラで撮影した後編集を行い、全国

どこからでも展覧会を楽しんでもらおうと

(株)カサノバエンタープライズ社とかさぎ画廊が

協力して作成しました。

 

 

下記は『古都鎌倉に集いし絵師の筆比べ展』

ヴァ―チャルツアー(VRギャラリー)です。

https://mp.360v.pw/s/kasagi-garou-20220702/

 

今回の『鳥獣魚画展』は下記を開いてください。

https://my.matterport.com/show/?m=NuGMRgqpneP

ずっと見やすくなったと思います。

 

画像が出てきたら、マウスや指で自在に操作して、

ご自分が好きな作品を探してください。

 

折角アーテストたちが一生懸命に描いた作品を、

少しでも多くの人に、身近な感覚で楽しんで

頂こうと思ってトライしています。

 

 

 

でも、それが面倒くさければかさぎ画廊のホーム

ページで静止画もご覧になれます。

 

 

 


https://www,facebook.com/KasagiGallery

 

 

安住先生とのご縁は、私のインドの友人がMOTHER SONという会社の本社新家屋をつくるので、母と子の絵が欲しいといってきたところから始まりました。

私は、歩き回って最後に日展の展覧会でこの絵を探し出しました・                                                                                                                                                      

友人はとても気に入ってくれましたが、後日気変わりしてしまいました。

 

 

先生もがっかりした様子だったので。私は「この埋め合わせを必ずします。」と見栄を切りました

そこから安住小百合先生とかさぎ画廊のお付き合いが始まりました。

かさぎ画廊では初めての日本画家でしたので、安住先生に教わりながら日本画を扱うことになりました。

それから既に14年も経ちました。

 

 

 

 

 

かさぎ画廊がインドのニューデリーで展覧会を開いた時には、安住先生の作品に人気が集まりました。

私を取材したテレビのキャスターはインタビューの場所を安住先生の絵の前にしてしました。

 

 

 

その数年後、ニューヨークの日本クラブで更に大きなグループ展を開催し、先生ご夫妻もニューヨークに来ていただきました。

ここでも安住先生は人気者でした。

 

 

 

その後何度も先生の個展を行いましたが、

いつも先生の絵を見るのを楽しみにして大勢の方が訪れました。

 

 

2018年には縁があって安住先生は駐日インド大使夫人の日本画の家庭教師を依頼されました。直後にコロナの問題がおこりましたので、残念ながらレッスンは殆ど実施できず今日に至っています。

 

 

コロナは依然多くの発生者がでておりますが、ワクチンの普及もあり、文化活動も少しづつ再開されてきましたので、鎌倉浄智寺の離れ龍淵荘への襖絵寄贈を記念した『花・浄智寺』安住小百合 日本画展を開催することになりました。

 

 

先生は『襖絵のモチーフを何にするか迷いましたが、素直に仏教と縁の深いハスを描くことにいたしました。泥の中に根をはり、そこから芽を出し,盛りには見事な花を咲かせ、最後は朽ちていくハスは、さながら人生のようです。』と云述べられております。

紅葉の浄智寺をご覧になりながら、安住小百合の日本画の数々を頂ければ幸いです。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

出口雄樹(イデグチユウキ)さんの個展が、6月12日から19日まで、横須賀かさぎ画廊で開催されます。

 

 

 

私が出口さんに初めて会ったのは、三菱商事主催の若手アーティストを応援する”アートゲートプログラム”のオークション会場でした。 その時は東京芸術大学大学院の初々しい学生でした・

 

絵は不思議と覚えていませんが、出口さんの雰囲気にただならぬものを感じて声をかけました。

出口さんは現代アートについて、小さなメモを見ながら一生懸命説明してくれました。マルセル・デシャンという人が、『泉』と題して便器を大きな展覧会に出品して美術界に衝撃を与えたことなどを教えてくれたのを今でも覚えています。

そのころは、こんな日本画を描いていました。

 

 

 

グループ展に出品してもらいましたが、下記の様な宇宙的な絵をかさぎ画廊に預け、たちまちのうちにニューヨークに旅立っていきました。

 

 

 

これらの絵は宇宙や輪廻を描いただそうです。青年の青臭ささはありましたが、強いエネルギーに共鳴しました。。

 

 

宇宙を飛び回る龍、スペースドラゴンと命名しました。

 

この絵はニューヨークに飛び立つ前に、私の元部下の女性が買ってくれました。かさぎ画廊で最初に売れた出口さんの作品だったと思います。

赤や黄色の人魂の様なものが宇宙を漂う様子が印象的です。

 

 

渡米してから暫くは音信も途絶えがちでした。

当時は英語も覚束つかず、知人友人もいないニューヨークで

は随分苦労したはずです。

での彼は絶対弱音を吐きませんでした。

 

次第に頭角を現し。欧州や中国などにも出品したり、精力的な活動をしていることを時々報告してくれました。

 

アメリカでの個展では、注目されマスコミからインタビューを受けることも知りました。

 

 

 

再び出口さんにお会いできたのは、2018年に年かさぎ画廊が

ニューヨークで開催したNEXTJAPANというグループ展の時でした。

出口さんは現地から出品してくれました。

 

 

 

 

 

『竜宮の使い』という迫力のある魚の絵であり、出口さんの進化を確認できた力作でした。

ちょっとグロテスクだったので、保守的なかさぎ画廊のお客様には買って頂けなかったのが残念でしたが・・・

 

 

出口さんは波も好きです。

波と惑星と暗黒の宇宙です。

 

 

海外生活にも慣れ、風貌も逞しくなっていきました。

 

 

NYでは日本画材の入手が困難だと聞いて、上野の徳応軒という専門店で画材を買って送ったこともあります。

最初の荷物は途中で盗まれてしまい、出口さんが家賃の安いスラムのようなところに住んでいるのではないかと心配しました。

でも画材を盗んだ泥棒は使い道がないものだったのでがっかりしたと思います。

二度目に送った画材で、掛け軸の絵を描いて送ってきました。

 

 

 

一時帰国の際には、横須賀で懇話会を開き、NYでの武者修行の報告を聞きました。

 

 

この絵は、『邂逅』というタイトルの雄雌ペアの作品です。

NYから香港のアートフェアに出品され、のちに横須賀歯科大に寄贈され、もう一方は私のアメリカ駐在時代の元部下が買ってくれました。いつの日か日米の海を越え、二匹のクジラが再開する日を望んでおります。

 

 

 

当時、私は出口さんに飛魚の絵を描くように提案しました。

飛翔するイメージを出口さんに描いてもらいたいと思いました。

今まで飛魚を題材にした絵描きが少ないのもその理由でした。

これに応え、いくつかの飛魚群翔図が完成しました。

 

 

クジラの魚体(?)を鮮やかなオレンジで描き、海中を

ラプスラズリーでフラットに描いたクジラシリーズには、

日本画の現代アートの一つのスタイルの完成を見ることができました。

 

 

かとすると、この『ガルーダ』のように架空の生き物を描いた作品も多く生まれてきました。

ガルーダはインドネシアの国鳥ともいわれ、インドネシア航空の

マークにも使われています。

ガルーダはヒンズー教の神様の一つでありますが、イスラム教徒が多いインドネシアでもバリー島はヒンズー教の地であり、全国民から宇宙を飛ぶ神様として人気があります。

 

 

 

出口さんはとても親切な人なので、『みんなが幸せになる絵を描いてください』とお願いしたら、”縁起尽くし”と云うこの絵を描いてくれました。

洋の東西を問わず、絵の大家は何でも描けるのです。

 

 

 

この絵は、お茶会などで使われる風呂先屏風に、コテコテの日本画材を用いて描かれた飛魚群飛翔図です。

前述の同じタイトルの絵と比較してください。

 

 

 

 

かさぎ画廊は、インドでグループ展を開催したことがあります。

2020年にはインドのアートフェアに出展する予定があって

描いてもらった、堂々たる”ガネーシャ”です。

私は絵をトランクに積んでインドに持ち込みました。

しかし、コロナのまん延によってアートフェアは中止となり、アートも暗黒の時代に突入してしましました。

この為ガネーシャは日本に里帰りし、今回の個展に展示されます。

 

 

 

今回の横須賀での個展には、珍しい掛け軸作品が3点展示されます。

これは”石橋”と云う作品で、架空の動物獅子(ライオン)の群像が描かれているとても縁起の良い絵です。

よく見ると、背景には絵を描いた当時の新聞記事が見られます。

次代を絵に刻みたいという表現なのでしょう。

 

 

 

次の絵は、横18メートルの壁画的な大作です。

マカオの富豪がコンサルダント会社に世界NO.1の若手アーティストを探させ、出口さんが選ばれて制作した絵です。

折しも出口さんは前トランプ政権のイミグレーション規制の高まりで帰国を迫られておりましたが、この絵が売れたおかげで、渡航費用と日本での居住にかかる費用を賄うことができました。

 

 

同じ頃に、人気ア俳優の星野源さんが、出口さんの絵を気に入り、最新のアルバムに起用した作品です。

出口さんの名前は若年層にも拡がっていきました。

 

 

 

これは、今回の横須賀での個展の目玉作品です。

クジラが潜水する瞬間をとらえた勢いのある美しい絵です。

 

 

燕子花(かきつばた)も今回の個展の目玉です。

”サブリミナルフラワー”、つまり”潜在意識の花”というタイトルですが、見る方向により様残な色合いを発信する技法を用いた

現代の日本画です。

 

 

出口さんは、タウンニュースのインタビューで、皆様に

ご挨拶し、6月12日方始まる個展に是非いらしてくださいと

お願いを申しあげました。

 

同日神奈川歯科大のジャカランダ祭りにて、講演会と、ワークショップを行います。

 

出口さんと同期に神奈川歯科大の特任教授になられた元横綱貴乃花の花田光司さんは、ちゃんこ鍋を振舞います。

 

是非神奈川歯科大のキャンパスにお越しください。

そして、19日までかさぎ画廊(ホテルニューヨコスカ隣り)で

開催する個展をご覧ください。

 

よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

以上です。

 

https://www.kasagi-garo.com

 

この度、かまくら春秋社より、幻の画家といわれた笠木治郎吉とその妻ヨシの生涯を、海外で見つかった遺作と、関係者からの証言などを手掛かりに描いたノンフィクション・ノベルが発刊されることになりました。

 

 

笠木治郎吉(1862~1921)は、明治から大正にかけて横浜で活動し、油彩を思わせるような濃厚な色彩と緻密な表現力で、日本人の風俗を巧みに描く明治美術界の異才な水彩画家として、一部の人たちの間で言い伝えられていました。

 

 

 

長らくその存在が忘れられてきたのは、作品の多くが当時日本を訪れた外国人に買われて海外に散逸したことと、残された作品の殆どが、関東大震災や太平洋戦争で焼失されてしまったからでした。

 

ところが、高野光正氏、星野桂三氏とオランダのニコビーンマン氏らの地道な蒐集努力と、2000年代から普及し始めたインターネットによって発見された遺作が徐々に里帰りしつつあります。

 

 

 

 

 

 

これによって、笠木治郎吉の絵画の評価が急速に高まり、2018年12月には横浜市歴史博物館において、開催された「神奈川の記憶」展には、かさぎ画廊が収集した作品が展示されました。

また、翌年

 

また翌年2019年9月には府中市市政65周年を記念した「おかえり美しかりし明治」展では、京都の星野画廊の協力で未公開作品数点の作品が披露され、NHK日曜美術館アートシーンで取り上げられるなど、大きな話題を呼びました。

 

 

 

更に、没後100年に当たる2021年の9月からは、京都近代美術館にて、名コレクター高野光正氏の大規模コレクション展ともいえる『発見された日本の風景 美しかりし明治への旅』展が開催され、笠木治郎吉の代表作品11点の作品が公開され、大きな注目を集めました。

 


 

 

笠木治郎吉の絵は、狩人や漁師などの尊厳に満ちた姿や、つつましく暮らす家族たちの微笑ましい様子が、温かい眼差しと、卓越した技術で力強く描かれています。

 

明治の横浜で、こうした驚きの水彩画がなぜ生まれたかという謎を、著者細井聖氏が、この本で解き明かします。

 

因みに笠木治郎吉(1921年他界)は、ブログを書いている私、笠木英文(74歳)の祖父です。何故そんなことがあり得るのかも、この小説を読むとお分かりになると思います。

 

 

本をご希望の方は、

かさぎ画廊  FAX 0467-23-3876, 

       eメール yokoso@kasagi-garo.com

またはAmazon で”朝焼けと狩人 幻の画家笠木治郎吉の生涯“ でお求めください。

 

 

追記)

折しも、5月21日より7月10日まで、東京都立府中美術館では、笠木治郎吉の作品はじめ、海外から里帰りした明治期の画家の作品や、来日した外国人画家の作品を含めた、高野光正コレクション約600点から抜粋した作品が多数展示される“ただいまやさしき明治”展が開催されます。



情報が多くてすみません。

かさぎ画廊

笠木英文

 

 

 

 

 

祖父笠木治郎吉の遺作没後100年を経て里帰り

カナダバンクーバーの離れ小島にある祖父の絵を訪ねた笠木英文

 

3年前に発見された笠木治郎吉が横浜界隈の庶民の暮らしを描いた作品をカナダのガリアーノアイランドに住むJON FEIRさんという持ち主のご好意で売っていただく事になりました。

我々にとっては大変な金額なので清水の舞台から飛び降りる覚悟で購入します。

この絵は祖父の治郎吉がアメリカに渡航している時に、カナダのEATONデパートの注文に応じて描かれたそうです。

 

平安神宮前に設置された大看板にhは笠木治郎吉の絵が

 

2021年9月には京都国立近代美術で 
“発見された日本の風景・美しかりし明治への旅” という展覧会が開催され、治郎吉の未発表の遺作が一挙に公開され、大きな話題を呼びました。

 

今年5月には東京都府中市、その後愛媛県や長野県の美術館に巡回展示されるそうです。

 

展覧会で展示された作品 ”提灯やの店先”

 

その一か月後の10月には千葉県の国立歴史民族博物館での ”学びの歴史、わたりあう近代” と称した大展覧会が開かれ,治郎吉が描いた“下校の子供”が、ポスターやチケットにも採用されました。

 

作品 ”下校の子供”

 

2年前の2019年に横浜市歴史博物館で開かれた”神奈川の記憶展“、2020年に府中市美術館での開かれた”お帰り美しき明治展“ 

そして2021年には京都と千葉県で連続して笠木治郎吉の絵が発表されました。
 

※神奈川の記憶展のポスター

 

 

 

また、昨年末は横須賀市佐島に住む方より、曾祖父を描いた肖像画を発見したとのお報せ受けました。
曾祖父は埼玉県深谷で渋沢栄一とともに日本の殖産興業に尽くした本間純忠翁です。この絵は従来の墨絵による肖像画とは思えないリアルさがあり今後の研究が待たれます。

 

 

 

2021年は笠木治郎吉の没後100年に当たります。

100年経って漸く人々に絵を見てもらうことができました。

まだまだ分からないことの多い画家です。

 

おりしも。笠木治郎吉のノンフィクションノベル(事実をベースにした小説)が今年の半ばに かまくら春秋社より出版されることになりました。本のタイトルは”幻の画家笠木治郎吉~朝焼けと狩人”(著者細)です。

 

本の表紙になる作品

 

笠木治郎吉の唯一の写真

 

治郎吉の妻ヨシの65歳の時の写真

抱かれているのは私 。左の女性は母

 

 

小説の発行が待たれます。

 

かさぎ画廊

笠木英文

( 祖父の生誕は江戸時代末期ですが

実孫の私は74歳で生きています。これも
不思議ですね。)

 

 

 

  https://facebook.com//GalleryKasagi.com/

 

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あけましておめでとうございます。

 

 

今年もよろしくお願い致します。

(画像は齋藤将の作品)

 

 

 

これは私が作った今年の年賀状です。

字が小さいので、文章を拡大してみます。

 

皆様

あけましておめでとうございます。

 

昨年秋に京都国立近代美術館で開かれた

『発見された日本の風景』にて、私の祖父笠木治郎吉の遺作11点が100年の時を経て披露されました。

平安神宮の鳥居前に設置された大看板には、治郎吉の家族が描かれています。

私は祖先が残したメッセージを次の世代にどのように引き継いでいくのか

考えていきたいと思います。

 

~てなことを書きました。

 

 

 

元旦を迎えると友人の長谷迅さんより、こんな素敵なポストカードが届きました。

長谷さんは、鎌倉出身のサッカー選手でブラジルのプロで活躍後

JFLなどで活躍し、今は刈谷のフットボールクラブの経営者兼監としてJリーグ入りを目指しています

 

 

すると今度はアーティストの濱中大作さんから、こんな可愛い年賀状が届きびっくりしました。いつもはシュールで不気味な絵ばかり描いていたのにどうしたのでしょうか?

 

 

続けて中国人留学生だった張媛媛さんから、アマビエを

あしらった年賀状が送られてきました。

でも何だかこのアマビエは虎に似ているようです。

 

 

 

年末には、板に絵を彫り版木をそのまま作品として発表する作宮安奈さんから、宇宙的な作品画像がクリスマスカードとして送られてきました。

杏奈さんはしばしばUFOを目撃しますが、この絵は遭遇したUFOを家に帰って調べたら、そっくり同じの情景を、数年前に作品にしていたことが分かりました。

 

 

 

 

大晦日の夜は近くの御霊神社と大仏様にお参りに行った夢を

見ました。

これは夢ではなく以前に撮った御霊神社の写真です。

光に照らされて神々しい大仏様。

 

 

 

数年前に愛知県西尾市の著名画家斎藤吾朗先生に大仏の絵を描いてもらった事を思い出しました。オバマ元大統領が抹茶アイスを食べているところが描写されております。

 

 

ついでですが、齋藤先生はこんな絵も描くのです。

 

 

正月は、一年の無事を祈ってしまいます。私はカトリックの洗礼を受けましたが、こういう世の中なので、どうしても手当たり次第に八百万(やおよろず)の神々に祈ってしまいます

 

(よくわかりませんが、南米の方の女神さまのようです)

(ガネーシャはインドで最も人気があるヒンズー教の神様です、)

 

(チベット密教では男女咬合を究極の境地と捉えています。そう云えばそうかもしれませんが・・・)

 

(慈母観音は日本人に親しまれています。)

 

(ガンジス川の上流の聖地ハリダワールで男女が愛をちかっていました。 ※撮影笠木英文)

 

 

夢と瞑想(妄想?)から覚めて、

屋外に出ると、鎌倉の海ではもうヨットやサーフィンを楽しむ

若者で賑わっていました。

 

 

 

 

 

なんだか今年はいいことがありそうです

 

(絵はふんどし姿のおじさんが得意な服部しほりさんです。)

 

そんな新年の幕開けです。

今年もよろしくお願い致します。

 

                     かさぎ画廊

                      笠木英文

 

 

 

 

 

 

 

 

鎌倉パークホテルと提携して開催した”五媛展”には各地から大勢のお客様が見え、

五人の女性アーティストの100点余りの

最新作を堪能しました。

 

この時期にお忙しくて来れなかった人や、遠方の絵画ファンの皆様に

絵をじっくり見て頂くために

”ヴァーチャルギャラリー”を開催します。

 

 

 

 

 

 

上の画面をクリックしてください。

マウスで移動させたり、◎印のところをクリックしたり、会場を自由に歩いてください。
 
よくよく見たい絵はクリックして拡大したりして鑑てください。
 
このアイデアは、五媛展出品作家の小林真理江さんの友人の宮野慶一郎さん(カサノバエンタープライズ)が開発した手法です。
 
どうぞお楽しみになってください。
 
かさぎ画廊
笠木英文