かさぎ画廊は何故かインドと深い繋がりがあります。
かさぎ画廊が40年以上お世話になった田村能里子先生は、若かりし頃インドに居住し、
インド人女性をひたすらデッサンし、それをバックボーンにして、日本で最も人気と実力を
備えたアーティストになりました。
田村能里子の初期の作品、安井賞応募品?
田村能里子が描くインドの女性
私のおばあちゃんは、夫、笠木治郎吉が他界した後には、インドの神話の絵などを描き、
当時横浜にあったインド商館に売って生計を立てていました。
治郎吉の他界後インドの金持ちに絵を売って生計をあってた私の祖母。
私の母、笠木和子(画廊オーナー)は、ヨガに傾倒し、サイババが住んでいたインドの
リシケシという聖地をしばしば訪れました。
田村能里子の個展には、自分もインド人になりきる笠木和子


サイババの弟子入りを目指した?笠木和子(画廊オーナー) サイババもびっくり?
年に一度のらくだ市、1万頭のラクダが集まる
笠木和子同行のカメラマンが撮影
かくいう私は、仕事でもプライベートでもインドに引き寄せられ、都合160回以上インドに
渡航しました。
現在でも、私は副業でインドの会社のコンサルタントを務めております。
ビジネスでは、デリー、バンガロール、チャンナイ、プーナ、グジャラートなどの工業地帯
に行きますが、プライベートでは、アジャンタ、エローラ、マドライ、カジョラホなど、ヒンズーや仏教の聖地を訪れます。昨年は念願のラダックを訪れました。
西チベット、ラダックのガールフレンド達と
アートの関連では、最近ではインドの友人が、日本人のアーティストの絵に関心をもち、
時々絵を買ってくれるようになりました。
この絵は、入江一子先生が、インド最大の部品メーカーであるマザーサンの会長から依頼を
受けて描いた”マザー&サン(母と子)“というタイトルの絵です。
入江一子さん95歳の作品、現在104歳現役
これは同じく、インドのクライアントから注文を頂いて斎藤吾郎さんが描いた作品で、
ロンドンの別邸のマントルピースの上に飾られています。
斎藤吾郎さんのユーモアあふれる油絵
昨年は、インドの駐日大使夫人が日本画を習いたいというので、かさぎ画廊が世話に
なっている日本画家安住小百合先生にお願いし、絵の家庭教師になっていただきました。
かさぎ画廊 鎌倉ギャラリーにて
主人のインド大使サンジェイ・バルマ氏には、私の長年の日印自動車産業協力促進が
評価され、親しくして頂いています。かさぎ画廊が ”天空の曼荼羅展“ を鎌倉で開催した際に、
鎌倉のギャラリーにお越しいただきました。
話は前後しますが、かさぎ画廊は2014年にインドのニューデリーで本格的なグループ展を
開催し、日本の画家の作品をインドに紹介しました。
インド側でこの企画を支援してくれた国際的に活躍する学芸員のアシュナ・ジェーンさんです。
この人はとても生真面目な人で、『税金の申告などは厳格に法律を守ってください。私の信用が
台無しになりますから。』と釘をさされ、素直に従ったので、インドには多額な税金を払いました。
合法的でもいろいろな節税方法があった様ですが、経験不足でした。
厳しいキュレーターのアシュナさんと
アシュナさんは、企画運営や展示に関しては凄腕であり、ニューヨークやロンドンの一流画廊の
展覧会のようなセンスのよい設営をして、大物の政界人や財界人を招待してくれました。
しかし、販売には淡白で、絵は全然売ってくれませんでした。
世界最大の2輪メーカーHEROの副会長
テレビ局のインタビューに答える私
レセプションには次々とお客様が
手伝ってくれた友人とその奥さんたち。
多くの新聞社やテレビ局が報道し、大勢の方がご来場し、おまけにインド美人にも囲まれ、
ゴージャスで楽しい展覧会でしたが、商業面では散々でした。
おまけに日本に戻ってきた作品にも消費税が掛けられ、二重のショックを受けました。
大いに反省が残った。海外発デビューでした。
しかしその時は、2年後にアートの本場ニューヨークにチャレンジするとは
思いもよりませんでした。
ガンジス川のほとりで
かさぎ画廊
笠木英文
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