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Gallery Aoki

ギャラリーアオキのSTAFFが綴るハッピーな日常


Gallery Aoki-ピサロ

印象派の画家というとだれもがモネやルノワールの名を思い浮かべると思う。

もし、最初にあげた名が「ピサロ」という人があったら、その人はスルドイ!


もちろん、印象主義という言葉のきっかけを作ったのはモネの「印象・日の出」

だが印象派展を裏方として駆けずり回り八回もの印象派展を成功させたのは

ピサロの人柄と努力なしにはあり得なかったといえる。


当時のサロン(官展)の伝統主義に不満を持っていた画家たちに自立した

「グループ展」を開催すべきだと声をかけて回り、人付き合いの悪いセザンヌや

自己中心的なドガ、日曜画家のゴーギャン、スーラなどを説得し「印象派展」を

開催した中心人物はピサロである。

そして、八回すべての印象派展に出品したのはピサロただ一人である。


ピサロの温厚で謙虚な性格が仲間を引き付け、印象派の作品を世界に知らしめた。

印象派にとってピサロこそが最大の功労者であり、フランス絵画の全盛期を築き上げた

人物と言ったら言い過ぎだろうか。


誰に聞いてもモネ、ルノワール、印象派という言葉を知らない人はいないだろう

そして、イコール芸術そして芸術の都パリ、そして文化国家フランスという具合に

万人にイメージされるのである。


結果的にフランス絵画文化に多大な貢献をしたピサロがフランス人でなかった

という事実はなんとも皮肉である。(スペイン系ユダヤ人)


ピサロ万歳!



http://www.gallery-aoki.com/pissarrotop.html











「今年から貝が胃に住み始めました」
------?????
なんだこりゃ?


ある年の「パソコン変換ミス」一等賞と聞けばうなづける人も多いはず
当人は「今年から海外に住み始めました」と書きたかったそうです。
何しろ相手はパソコン、人間の思惑などよそにとんでもない文章を作り出します。


実は最近買った本「声に出して笑える日本語」という本の中に書かれていた話なのですが
結構うけそうな話がたくさん載ってましたのでいくつかを紹介しましょう。


パソコン変換ミス
  地区陸上大会------チクリ苦情大会
  だいたいコツがつかめると思います-----大腿骨がつかめるとおもいます。
  誰かビデオとってるやついないか------誰か美で劣ってるやついないか。
  正しいようです-----但し異様です。
  五百円でおやつ買わないと------五百円で親使わないと。


勘違い
  ある飲み屋で中年の客が「あいつは凄えよ、体からオーロラが出てるんだ」
  たぶん「オーラ」のことだと思います。


  「このトンネルではラジオが聞けます」
  高速道路のそんな看板を見て、車の窓から身を乗り出した人がいるという。
  同乗者が「どうだった?」と問うと「何も聞こえねえ」と吐き捨てたとか。
  
  入院中の先輩を見舞いにいって「ゆっくり往生してください」と言った人。
  「ゆっくり養生してください」と言おうとしたらしいが間違えたことに最後まで気づかなかった。


立川談四楼著 「もっと声に出して笑える日本語」とにかく面白い本でした。

芸術家イコール「変人」という発想が定着し始めたきっかけはゴッホあたりではないだろうか。

もちろんゴッホに会ったわけでもなく書物でしかその人となりは知らないのだが、どうして「変人」というイメージを持つのか考えてみた。

それは何と言っても、あの燃えるような大胆な筆遣いと色彩に激しい情念のようなものを感じるからではないだろか。

もしゴッホが穏やかで思慮深く、愛想のいい好人物であったなら今頃は「ゴッホってだれ?」ということになっていただろう。


伝記などを読むと少年時代から感受性が強く、何事にも一途な性格が災いして失恋や失業を何度も繰り返しているのだが、こうした人生での挫折がゴッホを「ゴッホ」たらしめたのではないだろうか。


実は、私の知り合いにも「ゴッホ」のようなタイプの人がいるのだが「芸術」には縁がなさそうである。

それでも将来どのような大人物になるかも知れないので仲よくしておいた方が良いか今思案中である…(?!)


まあ、いずれにしても揉み手をしながら「へい、毎度ありがとうございます」とニコニコと頭を下げる芸術家はあまり見たことがないので少々偏屈な方が将来性があるのかもしれない。


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それにしてもゴッホの作品は観れば観るほど引き込まれそうな味わいがある。
ゴッホは並みの人物でないという意味では明らかに「変人」だ。