印象派の画家というとだれもがモネやルノワールの名を思い浮かべると思う。
もし、最初にあげた名が「ピサロ」という人があったら、その人はスルドイ!
もちろん、印象主義という言葉のきっかけを作ったのはモネの「印象・日の出」
だが印象派展を裏方として駆けずり回り八回もの印象派展を成功させたのは
ピサロの人柄と努力なしにはあり得なかったといえる。
当時のサロン(官展)の伝統主義に不満を持っていた画家たちに自立した
「グループ展」を開催すべきだと声をかけて回り、人付き合いの悪いセザンヌや
自己中心的なドガ、日曜画家のゴーギャン、スーラなどを説得し「印象派展」を
開催した中心人物はピサロである。
そして、八回すべての印象派展に出品したのはピサロただ一人である。
ピサロの温厚で謙虚な性格が仲間を引き付け、印象派の作品を世界に知らしめた。
印象派にとってピサロこそが最大の功労者であり、フランス絵画の全盛期を築き上げた
人物と言ったら言い過ぎだろうか。
誰に聞いてもモネ、ルノワール、印象派という言葉を知らない人はいないだろう
そして、イコール芸術そして芸術の都パリ、そして文化国家フランスという具合に
万人にイメージされるのである。
結果的にフランス絵画文化に多大な貢献をしたピサロがフランス人でなかった
という事実はなんとも皮肉である。(スペイン系ユダヤ人)
ピサロ万歳!
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