Zimerman plays Chopin Ballade

http://www.youtube.com/watch?v=RR7eUSFsn28&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=MsoUIBcl7iw&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=PCW3631sxkw&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=D_PBTGfhWD8&feature=related

   http://www.youtube.com/watch?v=QLyumz2jMZY&feature=related


Pogorelich Chopin Ballade No.2

http://www.youtube.com/watch?v=wTpeMgEs0CU&feature=related


Rafal Blechacz

Etude op. 10 no. 8

http://www.youtube.com/watch?v=D9Ec3HfZ9mk&feature=related

Polonaise op. 53

http://www.youtube.com/watch?v=sdPvEyrrVos&feature=related

Sonata No.3

http://www.youtube.com/watch?v=_6fZNB62Hg0&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=um9Tyhka3CE


どの演奏が最も優れていると結論付けることは出来ないし,無意味なのではないかと思うのです.ただし,素晴らしいと思われるもの,陳腐なもの,の差は,はっきりとあると思います.

その素晴らしいことを成し遂げる人たちは,ふつう,複数おり,たったひとりの神様が支配しているのではないと私は思います.複数いるからこそ,「互いに尊敬し合う」ということができる.そして,それがさらに素晴らしいものを生み出します.また,複数いるから孤独ではない.ただし,成し遂げるまでの道は,やはりそれぞれ孤独だと思います. そんなことを考えました.



のだめ映画の後編を鑑賞.



まず,やはり,ブラームスのヴァイオリン協奏曲の3楽章はいいなあ!!(きよらが演奏)




千秋真一と,そんるいが,ラヴェルのピアノ協奏曲を演奏.


悔しがるのだめは,演奏終了後,拍手もせず,ぶつっとした顔のまま・・・・


いやあ・・・ 自分に正直でいいなあ・・・・・


悔しいときは,悔しがればよい. このようにありたい




そして,のだめがくさっているので,シュトレーゼマン指揮で,


世界的オケと,ショパンのピアノ協奏曲第1番を弾くことになる.


はぁ~??


なぜこんなにうまく事が進むのか疑問・・・・まあいいでしょう.


しかし,なぜここで,ショパンのピアノ協奏曲なのか? 


なんとなく,この映画の雰囲気とこの曲は合わない・・・




ところで,のだめ23歳は,パリに留学して,オクレール先生に緻密な指導を受けているのですが,


ピアノの場合,このようなことは,15~6歳ぐらいで終えている人もいるのではと思ったり.


23歳でまだこのような手取り足取りのレッスンを受けていられるものなのかな・・・ 


自分の場合,この年齢だと,大学院に籍はあっても,どのように勉強するかは自分で組み立てるしかなかった.




留学中ののだめの部屋はやはり,散らかっていたが,


作曲科のゆうれい女子留学生の部屋も散らかっていたが,この人,かわいい人でした.


彼女の素朴な姿は微笑ましい.




それにしても,千秋真一がのだめをサポートする包容力は素晴らしく,


こんなことって,ありえるのかなあ(笑)




二人の気持ちが通じ合うシーンで,


マーラーのアダージェット・・・ 思わずぐっと来てしまいました.




小・中学生がよく見る「めざましテレビ」でよく宣伝していただけに,


小・中学生が見てもよくわかるような教育的内容でした(笑)


あまりきわどいシーンもなく,さらりとしていましたので,


中1の男の子の隣で見ていましたが,OKでした(笑)




由緒あるホールの映像がとても美しいでした.



音楽はやはり素晴らしく,コンサートに来たみたいで,思わず拍手したくなるのですが,


映画なので,誰も拍手しません(笑)



音楽好きの方がやはり多いようで,


よい音楽が聞こえているときは,ポップコーンのボリボリはピタリと止まりました.




音楽の描き方は,前編のほうが少し上ではないだろうか・・・


音楽を創っていく情熱が,前編のほうが感じられた.(特に,マルレオケのコンマス)



冬休みに観た前編は素晴らしかった(音楽、ストーリー、映像など)ですが、

今度は後編を中学生5人連れて、18日に観に行きます♪

最近知った讃美歌です


「神ともにいまして」

荒れ野を行くときも 嵐吹くときも
行く手を示して 絶えず導きませ

また逢う日まで また逢う日まで
神の守り 汝(な)が身を離れざれ


それで,20年ほど前にトラピスティヌ修道院で買った聖歌集

***のメモ-聖歌集
をずいぶん久しぶりに調べてみたら,

ありました!


この聖歌集で,少しページを遡ると・・・ 

映画「タイタニック」の中でヴァイオリンで演奏された

「主よみもとに」 

もありました!


こちらです😊:

http://www.youtube.com/watch?v=-lwAc5UDdL8&feature=related



実家の庭の花.(3月24日)

ゆきやなぎ

***のメモ-ゆきやなぎ


木瓜の花

***のメモ-ぼけ


1963年8月に亡くなった母方祖父が植えた木です.


今日は、転勤する同僚と、職場近くで昼食。
米茄子の田楽と茶碗蒸しの日替わりランチ。美味しかったです。
その茶碗蒸しは、プリンのように濃厚で、トマトとチーズが入っていました!

職場に戻って、PCのアンチウィルスソフトの更新をしました。

昨日、娘とテレビを見ていたら、アポロ13号 のことをやっていました。


エネルギーの消費を抑えて地球に帰還するため、

月の引力を使って、月の周りをまわって帰ってきたとか。

娘と感心してしまいました。


引力ってやはり本当にあるんですね(笑)


それにしても、月まで行って帰ってくるなんて、改めて本当に凄い。


机上の計算を,「実行」してみせるところが凄い.

その当時の最新のハイテクも凄い.

宇宙飛行士(軍での飛行経験が多い・・・・)の勇気と機転も凄い.



早春は、筍の木の芽和えなど作ってみたいけど、

デパートで売ってる筍の高いこと!

実家の近くには、沢山生えているのに。
菜の花のごま和えとか、みょうがの入ったサラダとか、

春は香りのあるものが食べたくなりますね。


「こごみ」、タラの芽の天ぷらも食べたいな。つくしの卵とじも。
グリーンアスパラも、とても美味しい。


食べ物の話ばかり。お腹が空いているかも。



ところで、今年は、ショパンとシューマンの年だとばかり考えていたけど、
4年に1度の国際数学者会議(ICM)で、フィールズ賞の授与される年でもありましたね!
公式サイトを見ると、招待講演者に、

ニコライ・カプースチンの息子さんであるらしいアントン・カプースチンの名前がありました。


日本アレンスキー協会 第1回例会

「ロシア音楽史におけるアレンスキー」(1) を聴きに行きました.

りんゆうホール,3月7日(日) 14:00~16:00. (JR札幌駅から歩いても近いです)


高橋健一郎先生によるロシア音楽史の講話を中心に,川染先生の追加解説,そして,美しいピアノ演奏,お2人の連弾,高橋先生のロシア語朗読(メロデクラメーション)も織り込んで,とても充実した「第1回例会」でした.このままテレビの教養番組になると思いました.


19世紀以降のロシア音楽史についてのまとまったお話をとてもわかりやすく聴けて面白かったです.

レジュメが配られたので,講話で話されたことを書き込みながら興味深く聴きました.


その内容について,一部ですが,以下のとおりご紹介します:

19世紀前半までのロシアでは,主に,イタリアから音楽家を招いていた.例えば,クレメンティがそうである.クレメンティの弟子に,ジョン・フィールドがいる.(彼は,ノクターンというピアノ曲を始めた人で,ショパンにも影響を与えた.フィールドのピアノの弟子に,グリンカがいる.) そのように,19世紀前半までのロシア音楽界は,ロシアの音楽家が主流ではなかったのである.さらに,ロシアの作曲家の作品が主流でもないし,ロシア的テーマの作品が主流でもなかった.外国人音楽家を招いていた.(タールベルク,クララ・シューマンなど・・・)


さらに,ロシア歌謡も,19世紀前半に生まれている.「赤いサラファン」も1830年代である.「夜鳴きうぐいす」という曲は,ヨーロッパ中に広まり,リスト,ブラームス,ロッシーニも用いている.


グリンカ(1804-1857)はロシア音楽の父と呼ばれている.この頃は,ロシア音楽とイタリア音楽の比は,3:7ぐらいであった.彼は,イタリア遊学で声楽を学び,イタリアオペラに触れた.さらに,ベルリンで学び,帰国後,「ルスランとリュドミーラ」(1842)(プーシキンの詩にもとづく)などを完成させ,「国民音楽」の基礎を作った.その後,パリ,スペインに行き,スペインの民族音楽を用いた管弦楽曲の傑作に触発されて,自国ロシアの民族的素材による交響管弦楽曲の創造を志し,「カマリンスカヤ」を書いた.ロシア民謡が延々と繰り返される曲である.この頃,ロシアではまだ認められず,ロシア貴族たちは,まだ,イタリア・ドイツ音楽を好んだ.


もうひとりのロシア音楽の父は,ダルゴムィシスキー(1813-1869).ロシア語のイントネーションに合わせた歌曲など.後の「五人組」を直接的に指導した.


♪ グリンカ作曲 ノクターン「別れ」   (ピアノ演奏 川染雅嗣さん)


アカデミズムの確立:

アントン・ルビンシテインが,1859年,「ロシア音楽協会」を設立し,音楽教室を開設し,それは,62年にペテルブルグ音楽院に発展.その第1期生がチャイコフスキー.

弟のニコライ・ルビンシテインは,モスクワ支部を創設し,66年にモスクワ音楽院となる.チャイコフスキーは,音楽理論の教師として招かれた.

彼らは,「五人組」に対して,「西欧派」と言われる.


♪ チャイコフスキー「瞑想曲」作品72-5  (ピアノ演奏 川染雅嗣さん)


チャイコフスキーは,毎日の日課として,ピアノ曲を作曲していたそうである.


「五人組」:

ロシアでは,こう呼ばず,「力強い一団」と呼ばれている.素人集団であった.


バラキレフ・・・・リーダー的存在.カザン大学の物理・数学学部に入学するが,1855年にグリンカと知り合い,グリンカはバラキレフにロシアの国民音楽の作曲に身をささげるよう説得した.

バラキレフグループの特徴(音楽評論家スターソフによる): 従来の考え方に捕らわれず,音楽を学校教育に依存せず,国民主義・民族的なものへの志向(反西欧),オリエンタリズム,標題音楽への志向.1872年,バラキレフの心身不調により,バラキレフグループの事実上解体.


ボロディン・・・・化学者.「日曜日の作曲家」と自称し,作品の数も少ないが,多くが傑作.イーゴリ公,交響曲2番など.


ムソルグスキー・・・6歳からピアノを母に習う前にすでに即興演奏をしていた.役人と作曲家の二足のわらじ.ナロードニキ思想にひかれていく.65年,母の死.アルコール中毒から生涯抜けられなくなるが,創作意欲は旺盛となり,「展覧会の絵」など,数々の名曲を残す.


キュイ (注意: 「イ」にアクセント)・・・・辛辣で攻撃的な批評家だった.ラフマニノフの交響曲1番(1897)を酷評した張本人.グラズノフの指揮だった.リトアニア人の母,フランス人の父を持つ.1878年,ペテルブルグ工科大学教授に任命される.築城学の権威.交響曲や交響詩は残さなかったが,多数の歌曲をはじめ,ピアノ曲や室内楽も数多く手掛け,また,合唱曲や管弦楽曲,10曲のオペラなども残している.作風は,他の「五人組」と比べるとあまり民族主義的ではなく,シューマンや同時代のフランス音楽に比すべきものと言われる.


リムスキー=コルサコフ・・・もともと素人(海軍軍人).1861年にバラキレフに出会い,真剣に作曲に打ち込むようになる.海軍に在籍しつつ,「交響曲第1番」,「サトコ」,「プスコフの娘」などを完成させる.1871年に,ペテルブルグ音楽院から作曲と管弦楽法の教授に任命され,73年に海軍職を退く.この頃には,「西欧派(ルビンシテインたち)」と五人組は対立しなくなっていた.リムスキー=コルサコフは,あわてて(?),和声学や対位法を勉強した(笑).


リムスキー=コルサコフを中心とする民族主義的な「革新的」ペテルブルグ楽派と,

チャイコフスキーを中心とする「保守的」モスクワ楽派


メック夫人あてのチャイコフスキーの手紙(1877)に,チャイコフスキーの「五人組評」が書かれている.

「・・・・彼らは皆非常に才能があるが,・・・恐るべき自惚れと素人的確信・・・・ 最近例外となったのは,リムスキー=コルサコフ・・・・ある夏,彼は,無数の対位法と64のフーガを書き,その中の10曲を私に見てもらうために送ってきました.・・・・・彼は反動から余りにも激しい変換をした・・・・ 彼は偉大な巨匠になるかも知れませんし,結局,対位法の曲芸にはまりこんでしまうかも知れません.・・・・・」 (森田稔「ロシア音楽の魅力---グリンカ・ムソルグスキー,チャイコフスキー」,東洋書店,2008年より)


♪ リムスキー=コルサコフ作曲 3声のフーガ   (ピアノ演奏 川染雅嗣さん)


リムスキー=コルサコフは,和声学や対位法を沢山勉強したのであるが,その「勉強」は,リムスキー=コルサコフの場合,作曲の害にはならなかった.作曲の才能というのは,それとは別のものなのだろう.(→川染先生いわく)



~ ~ ~

アレンスキー(1861-1906)

1879年にペテルブルグ音楽院に入学して,リムスキー=コルサコフに作曲を師事.1882年,ピアノ協奏曲作曲.1883年,モスクワ音楽院講師に迎えられる.交響曲1番を作曲.モスクワでは,チャイコフスキー,タネーエフ(ロシアのブラームスと言われ,対位法の権威)らと知遇を得,また,ラフマニノフ,スクリャービン,グリエールらを教えた.

1892年,スクリャービンと衝突,けんか別れ. ラフマニノフは,音楽院作曲科を卒業する.

1894年,アレンスキーは,チャイコフスキーの死を悼み,ピアノ三重奏曲第1番を作曲.

1901年,年金生活開始.

1904年,グリンカ賞受賞.(1905年も受賞)

1906年没.



アレンスキーの時代には,ペテルブルグ楽派とモスクワ楽派は接近した.

  ペテルブルグ楽派(ベリャーエフ(豪商)・サークル):

    グラズノフ,リャードフ,ブリュメンフェリド,ソコロフ,リャプノフ

  モスクワ楽派:

    タネーエフ,コレシチェンコ,コニュス, (カリンニコフ・・・交響曲が美しい)

  両楽派:

    アレンスキー,イッポリートフ=イヴァノフ


リムスキー=コルサコフの回想・・・・1890年代に弟子たちがチャイコフスキーのほうになびいていくのを寂しく思っている様子が行間から見える.



♪ アレンスキー,グラズノフ,タネーエフ,ラフマニノフ合作 4つの即興曲  (ピアノ演奏 川染雅嗣さん)

    (4人それぞれが,数小節ずつ作曲している, 1896年)


   このような合作の例としては,ショパンらのヘクサメロン変奏曲があるが,

   これは,各変奏曲を各作曲家が作曲している.


アレンスキーの作品:

 ピアノソロ曲

   カンティレーナ的,エチュード的,

   バロック的(バッソ・オスティナート(5拍子)などの古いリズム)

 ピアノ協奏曲,リャビーニンの主題による幻想曲(ブィリーナ(叙事詩)の使用)・・・YouTubeで聴ける.

 2台ピアノ・・・・・5曲とも成功している.(明らかに,ラフマニノフに影響を与えた)

 子どものためのピアノ連弾

 歌曲,室内楽,交響曲,オペラ3曲,合唱曲,聖歌(ロシア正教会),

 メロデクラメーション,バレエ音楽,劇音楽・・・・


♪ アレンスキー ロマンスop.5-3  (ピアノ演奏 川染雅嗣さん)

♪ アレンスキー 子どものための6つの小品(連弾)より,

           「ロシアの主題によるフーガ」op.34-6   (ピアノ演奏 高橋&川染)

           この曲の主題は,ウクライナ民謡「つる」で,

           チャイコフスキー交響曲第2番「小ロシア」第4楽章にも用いられている.


アレンスキーの教育活動:

次の世代を育てた.

 主な弟子: ラフマニノフ,スクリャービン,グリエール,グレチャニーノフ,コニュス兄弟,

         ゴリデンヴェイゼル,イグムノフ,ゲディケ・・・・


♪ ラフマニノフ 前奏曲op.3-2「鐘」・・・・師のアレンスキーに献呈された.

♪ スクリャービン 左手のためのノクターンop.9-2  初期の作品.左手だけで演奏される.

       (以上2曲,川染さんが演奏)



他の芸術ジャンルとの関わり:

「メロデクラメーション」

♪ アレンスキー作曲 「ああ,薔薇は美しかりき,鮮なりき・・・」op.68-1  (詩: ツルゲーネフ)

            (ピアノ:川染さん, ロシア語の詩の朗読:高橋さん)

             詩を朗読に合わせて,ピアノ演奏 ・・・・・楽譜の上に詩が書かれている.


トルストイ(1828-1910・・・没後100年である)とアレンスキー

  トルストイは,タネーエフやゴリデンヴェイゼルと親しかった.

  ゴリデンヴェイゼルは,トルストイが亡くなったとき,そこにいた.

 

  トルストイは多くの音楽を聴き,たくさんの音楽家たちが彼のもとにやってきて,演奏したり,歌ったりした.

  トルストイは,自然な曲が好きで,ショパンを好み,アレンスキーの「シルエット」も気に入っていた.


♪ トルストイ作曲 「ワルツ」    (ピアノ演奏 川染さん)

    1906年に,ゴリデンヴェイゼルがタネーエフと一緒にヤーナヤ・ポリャーナに行ったとき,

    トルストイが弾いたものを書き留めた.

    現在も,モスクワに,ゴリデンヴェイゼルの演奏の録音が残っている.(エジソンの・・・)



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以上は,当日配布されたレジュメと,お話から,印象に残ったことがらをメモさせていただきました.

高橋さんと川染さんに感謝致します.

また,準備,受付,譜めくりなどのお手伝いをされていたスタッフの皆様にも敬意を表したいと思います.


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次回,第2回例会は,

2010年9月19日(日)14時~16時  りんゆうホール


で行われるとのことです.

詳しくは,高橋健一郎さんのブログ をご覧下さい.



日本アレンスキー協会 第1回例会
「ロシア音楽史におけるアレンスキー」


【講話のテーマ】
①グリンカ前後のロシア音楽
 ②「五人組」とチャイコフスキー
 ③アレンスキーの生涯
 ④「80年代組」(ベリャーエフ・サークルなど)
 ⑤アレンスキーの作品
 ⑥アレンスキーの教育活動
 ⑦他の芸術分野とアレンスキーの関わり(舞台芸術、トルストイなど)

など。



【演奏】

 ①グリンカ「ノクターン 別れ」
 ②リムスキー=コルサコフ「フーガ」
 ③チャイコフスキー「瞑想曲」
 ④アレンスキー、グラズノフ、タネーエフ、ラフマニノフ合作「4つの即興曲」
 ⑤アレンスキー「ロマンス」
 ⑥ラフマニノフ「プレリュード op. 3-2 鐘」
 ⑦トルストイ「ワルツ」

 ほかに、スクリャービンの初期のピアノ曲、アレンスキーの連弾曲も予定しています。

 また、今回の目玉の一つとして、アレンスキーが作曲した「メロデクラメーション」
というジャンル(詩の朗読+ピアノ演奏)の曲の中から、ツルゲーネフの
「ああ、薔薇は美しかりき、鮮なりき」の実演も行う予定です。


 日時:2010年3月7日(日)14:00~16:00
 場所:りんゆうホール
    (札幌市東区北9条東2丁目株式会社りんゆう観光3階)
    (地下鉄東豊線「さっぽろ」、「北13条東」駅からそれぞれ徒歩約10分)
 入場料:1500円

 お話:川染雅嗣、高橋健一郎
 ピアノ演奏:川染雅嗣
 ロシア詩朗読:高橋健一郎

 (内容は変更する場合があります。ご了承ください。)


詳しくは 
こちら

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(以上は高橋健一郎さんのHPより複写させていただきました)



ネットで購入した、娘が発表会で着るドレスの丈が25センチほども長すぎるので、
昨晩、


♪母さん(→私)がー 夜なべーをして、
手縫いーーーで上げアップました~♪

初めて、大人用ロングドレスです。

ドレスは布の量が多いので、全部縫うのは根気が要りますね。