asamoya


4年というあきれるほどの時間をかけて計画した「ニルバーナ展」にギャラリーGALATEAの選抜作家のひとりとして参加してくださった浅野氏御夫妻は、はるばるノースカロライナまで足を運んでくださった。

初めてお目にかかったのは去年の春。


「ニルバーナ展」前前夜からの準備を含めて、ほんの短い時間でしたが、映像の世界に生きる人とも、アーティストとも、その作品をかかれた人とも印象を別にした方だったのが、特別不思議な方でした。

カメラを担いでいるのに登山家のように飄々としていて、その視線の暖かさに映像を生業とするプロの持つ洗練された秩序を感じたのは、観光でも、携帯電話でのカメラでも、その視線の不躾さにあんぐりきていたせいでしょうか。

終始笑顔で、好奇心いっぱいで、少年のような印象。


浅野氏がBから8Bまでの鉛筆を使って表現した世界が、彼と同じよりももっと不思議な印象を残したことはその人を知りたくなる・・・私の好きの始まり。


鉛筆の芯は最もやわらかい炭素で出来ていて。

ダイアモンドは最も硬い炭素できてる。

炭素の化合物は地球の生命活動に深くかかわりがあるらしい。


濃く深くぬばたまのように発光したメロディー

ずんとつやを消したように深く沈むリズム

その鉛筆という素材が語らせる・・・

浅野氏がまるでチャネラーのように感じてしまったのは私だけだろうか・・・


浅野氏は24歳のときに、それまでの美術活動を中断してテレビ番組、記録映画の企画、演出家として今日に至っていますが、10年ほど前からそれと併行して絵画制作を再開し2年前からギャラリーガラティアで作品発表をスタートさせた。


人間、自然、宇宙、好奇心全開で見つめ続けてきた浅野氏だけが描ける世界。

その世界に触れて、私自身に深くかかわりあうドアを開いたような気がした。

ふかく

ふかく

しずんでみた。



作品のUP、少々お待ちください。

写真は今朝の風景・あさもやの中、カナディアンギースが草をついばんでいました。


1、「ニルバーナ展」翠風祭

2、「ニルバーナ展」翠風祭

3、「ニルバーナ展」翠風祭

Mitsuhiko Asano


鉛筆だけ使用しモノトーン作品にこだわる取手市在住の浅野光彦さん(五九)の個展「文脈を消し去って」が1日、守谷市立沢のギャラリーガラティアファーイーストで始まった。浅野さんは記録映画の製作に携わる傍ら画家としても活動。「色はイメージが限定されて不自由。鉛筆1本で表現は無限に広がる」と、その作品はドイツ製のフェイバーキャステル社の鉛筆Hから8Bまでを使い黒の濃度差の変化による‘ある種無限の表現の深度’を追求したものです。

文章で、作品のイメージを伝えるのは困難ですが、最初の個展の印象を忘れることは出来ません。

これまで目にしたことのない30点あまりの無彩色の作品郡にであった来場者の静かな驚きが私の驚きと同じ質のものであるとすぐに解ったからです。

小品から縦45センチ、横53センチの画用紙20枚を組み合わせた大作まで13点を展示。鉛筆で描き込んだ画用紙は金属膜のような不思議な光沢を放ち、コンクリート打ちっ放しの室内の雰囲気と相まって、強烈な印象を静かに与えています。

浅野光彦氏によるアナザーワールドへようこそ・・・

ぎゃらりーガラティア オーナー T' (tadashi)

kabocya

ハロウィーン

サンクスギヴィング

クリスマス

この時期のせつなさは神さまは誰にも平等でないことを思い知らされるから。


サンフランシスコに住む友人は言う。

私たちはあえてその世界と交わらないようにしてるから・・・


その世界、

いったい何処からがその世界なのか?

随分長いこと疑問に持ちながら、そうじゃないと思い続けてる。

何を否定したいのかもわからないまま・・・


もし、私たちのレストランが着席のフルサービスのレストランだけだったらこれほどまでに深く触れることもなかっただろうと思う。

アメリカのファーストフードレストランのほとんどは労働基準法(州によって違う)で定められた最低賃金の5ドル15セントからスタートする。

世界のマクドナルドが作り上げたセントラルキッチンからほぼ出来た状態で配送されるプロの要らない調理のシステムと、それ以上でもなく以下でもないサービスを担うのはティーンエイジャー。

彼らは16歳から(許可があれば15歳から)仕事を始める。

中学を卒業して弟子入りする、徒弟制度の残る実家の暮らしをみていたわたしには驚くべきことでもないのだけれど、世が世なら・・・

ファーストフードレストランの中にマネージャー以外の大人らしき人は不在だ。

(マネージャーが大人かどうかも疑問だけれど)

子供たちは学校に通うたののガソリン代のために働き、その車の保険代を自らの稼ぎの中から捻出する。

その車にしても、両親の援助を受けることが出来ない場合は選択の余地はなく、自力で調達も珍しくはない。21歳にならないとアルコールを売るレストランで働けないことから(これも州によって異なる)自然に選択肢は少なく、「安く速く」のサービスをモットーとするファーストフードのレストランで使える人材のディールと、自然と一致することになる。

そして巷では、まず学校をドロップ(落第)してしまうと、ファーストフードで働くか、ドラッグのディーラーになって警察のお世話を一生受けて暮らすか・・・と、まず始めに脅される。

そこから這い上がるために

人生の再浮上を目指して軍隊に志願できたものはまだ幸せだけど、執行猶予月の犯罪にかかわっているとそうすることすら出来ない。


世の中は不公平だ


手も足も付けられなくなった子供を軍隊に送り込み、交通事故でも死じゃうんだから、神さまの御心のままにと友人のママは言う。

なんとなく腑に落ちないけど、私の息子ではないのだから口出しすることは出来ない。

この戦争のような不気味な争いの中でアメリカ兵だけでも2000人以上の死者がいるのに。


明日、友人のご主人がイラクに向かう。

あさって、私のスタッフがルイジアナの救援に向かう。寝袋の用意をしているという彼に蚊に刺されに効果のあるスプレーをもたせた。

昨日、うちを追い出されて、行くところのなくなったスタッフが、泣きながらユニホームを返しにきた。友人を頼りにフロリダに向かうという。

今日、喧嘩してふたりの責任者が仕事を放棄してやめた。

半年の予定でイラクに派遣されたスタッフはいまだ帰ってこない。


日本の料理番組の「料理の鉄人」から影響を受けたといってシェフになりたいというのは確かに増えたけど

ここで私たちが迎えるスタッフの中にレストランビジネスに興味があって将来はこの道で食べてゆきたいという人材は稀。

それぞれの、目的を達成するためのステップに過ぎない。


シェフ、(コルドンブルーを奨学金で卒業して一人前ののシェフの仲間入り)

看護婦さん、(看護婦のユニホームが誇らしげ♪)

お医者さん、(いまだウチを卒業できず・・・)

歯科衛生士、(時給$29ドル!がんばりました。)

アクター、(ブロードウェイ目指してニューヨークへ)

ミュージシャン、(先月CDデヴュー!Answersよろしく!)

シンガー、(アメリカンアイドル予選通過)

保育士、(やっと専門のクラスを取り始め・・)

ビューティシャン

何をしたいのかわからない珍しく甘えたのあなたを含め、

みんなそれぞれ夢の途中。

そんな子供たちの寄り合い所・・・


明日イラクに発つあなたの無事と

昨日泣いたあなたと

今日腹が立って仕方のなかったあなたたち

あさっての出発に備えるあなたと

待ちわびているあなたに


平安がありますように・・・


美とは程遠い毎日の暮らしだけれどなかなかどうして止められない・・・

pom

ザクロ100%のジュース「POM」


ザクロは英語でPOMEGRANATE

石榴と漢字では書けない

英語で綴ることもできない

発音することすら、ちと怪しい・・・


たったひとつ出来ることといえば

飲んだり食べたるすることぐらい


今日はちょっと寒いから

POMジュースは温めて・・・♪


丁度良いタイミングで石榴についての薬効や由来などを記事にしていてくれた私の信頼する食養指南役のツエと始めたブログ『蘇生.net』にリンク!

頼りにしています♪

いつもありがとう、ツエ♪


bag


玄米ご飯の差し入れのお礼に石榴を戴いた。

とっても大きくて4つに割ったら絞りの鹿の子のようにぷちぷち。

着物の帯揚げのように見えて

残りふたつを分け合うために古い着物柄の器に入れた


すでに半分はおなかの中(笑)

半分、食べてしまったことはないしょ・・・

fuyubi


そらがつめたい

きっときょうが

ふゆのさかいめ


さぶ


kimi


あったかいおふろは


kimi


はちみつをいれた

ほっとみるく

みたいに

ねむい・・・ねむい・・・めむい・・・?

谷川 徹三, 谷川 俊太郎
愛ある眼―父・谷川徹三が遺した美のかたち

父、徹三は哲学の勉強をした人間だが、息子の目から見るとどうも「真・善」よりも「美」のほうが好きだったように思える。・・・・・(谷川俊太郎『あとがき』より)

表紙カバーの裏側には


眼のうしろには心がある・・・・・

有島武朗、和辻哲郎、志賀直哉、柳宗悦、岸田劉生らとの出会い。

美しいものへの探究心。

現代に蘇る、哲学の巨人のもうひとつの顔。


そして帯の裏には父の著書を編集した谷川俊太郎の詩。


アンパン

ぼくの父はアンパンを軽蔑していたが

フォアグラは尊敬していた

そして生涯ニンニクを愛した

母のことも愛していたと思うが

母は父を意地汚いといっていた

戦争中息子の僕にも内緒で

ひとりで乾燥イモを食べたという理由で

離婚を決意したこともあったそうだ

父は「雨ニモマケズ」に感動していた

一日玄米四合ト/味噌ト少シノ野菜ヲタベ

という食生活は自分には出来ないと

知っていたからではあるまいか

九十一歳のときバルセロナへ行った

ガウディを口をきわめて罵った

イベリア航空のことは褒めた

昼食にキャビアが出たからだ

死んでから勲章をもらった

法をおかしてサンショウウオを食ったことを

誰も密告しなかったらしい

ちなみに父は哲学者だった

ぼくは今アンパン片手にこれを書いている


240ページの

いつもなら一日のうちのどこかで

読み終えてしまうはずのこの本は

いつまでも私の枕元を占領して

片時も離れないでいる


美を求めるものが美を実現し得ず、美を求めないものが帰って美を実現しうるという、美の秘儀の解明を。柳さんは古くから他力浄土門の教えと結びつけて説いていた。立派な芸術品をつくってやろうというような意識は微塵もなく、ただ与えられた材料を素直に受けとり、昔ながらのしきたりや手法にしたがって、何の迷いも疑いもなく、轆轤をひき、薬かけをし、釜に入れて焼く。そこには煩悩もあろうが、自然に無心の境も生まれる。そこに一文不知のともがらがただ一向に念仏することによって救われるのと同じ秘蹟が現れる。

(『無有好醜の願』柳宗悦追悼・・・P97本文より)


無実の美、無我の美、単純の美、健康の美、親しさの美、柳宗悦は民芸の美をそんな風に呼び庶民の日常生活の中に自然に生きていた日を懐かしんだという。

民芸という訳ではないけれど人の暮らしの中に宿る神さま・・・そんなふうに設置した私の心の待合室にある出来事を思い出した。


何時間もかけて丁寧にすり鉢で胡麻をする尼僧さまへのインタビューで‘どんなお気持ちで’の問いに‘念仏でも唱えてると思うでしょ(笑)何にもないの無・・・’その答えは私の中でずっと眠っていてどこかで繋がるのを待っていた。


鰹節を作る工場で40年も働くおばちゃんが語る‘一日として同じ日はないの。一年に何本か、満足の出来るものに出会えたときのうれしさったらね~’すばらしく晴れ晴れした笑顔で語る間もその手は休まない。

ビデオを見ながら、なんだか泣けてきた。もちろんそこは泣く場面でもなんでもない。

さまざまな気持ちが多重に交差していったいそれが何なのか消化不良のままこれも、満杯になりつつある待合室行き・・・


そろそろ整理しなさい・・・

okayupann


レシピによれば10時間発酵させて150度で10分、180度で40分とあったのだけれど、いっこうに発酵しないドウに痺れをきらせ、時間厳守とばかりにに焼いてしまった・・・


見た目はデコレーションで差し込んだクコの実が黒こげだったことは別としてゴマもアワも丁度良く出来上がり♪


お味はパンだと思うとちょっと・・・?

固い蒸パン?

もち?

あとから加えたレーズンで何も付けなくても結構いける・・・

発酵してなかったのに?


なんとなく不思議な味わいで失敗作だと思ったわりには全部食べてた(笑)


ん~っ!おかゆパン、次は必ず・・・

sora


青い空

パン日和


okayupan


あまった玄米ごはんをお粥にしておいて

全粉粉の小麦粉と混ぜて

まとめたら10時間?

長すぎる・・・・

それに酵母も入っていないのに発酵するのかな?


始めて挑戦

おかゆパン?


ひとつだけ残っていたオレンジをマーマレードに

早くしないと先になくなっちゃうんだから・・・


jam




happy


  たんじょうびおめでと♪

おとうさん!

 10月17日・・・忘れていたのは元気な証拠

            どうぞゆるしてくれたまえ