伊豆の浄蓮の滝(石川さゆりの歌で有名)の上にある観光客むけお食事処で昼を食べる。入り口にはこのポスターがある。吉永小百合、高橋英樹の日活版ではないところがまたいい。
 
百恵は野菊の墓の松田聖子とは異なり日本髪が似合う。
 
ミー坊もこの百恵バージョンを劇場で観ている口であるのだが、この作品(同時上映はエスパイ)
はロードショーで観たのではなく後に百恵ちゃん特集というのを3本立て(一周おおよそ4時間半)が1980年頃、横須賀名画座(45席の小さい劇場)で本作、「潮騒」、「絶唱」の3本立てで観に行った。これは百恵の故郷である横須賀独自のプログラムだと思うが東宝系地方劇場でも全く同じ3本でかかっていた可能性はある。前から2列目でずっとみた。6時間以上はいたはずである。
「エスパイ」は大分後になって銀座シネパトスで観た。このころのパンフはまだ2本立て用で1冊になっているタイプであった。エスパイに興味がなくてもついてくる。
 
こんな風である。パンフは200円
 
 
潮騒のショーツ姿(百恵が海女役でややはきが深い)と踊り子のヌードを想像させるシーンが見たかったからいったのだ。ちなみに「潮騒」のショーツのシーンは2回見たので最低4本は観ていたのだろう。ショーツのシーンは後ろからのショットで百恵がシミーズを脱ぎ下ろす(ショーツをおろすシーンはない)後姿の上半身ヌードが映る。こんなシーンが見たいがために1日使っていたのだからなんという少年?(もう16くらいだった)なのだろうか。いまでも本質は変わっていないはずだ。「絶唱」にはエロいシーンはなく、亡くなった百恵と生きている友和が結婚式を挙げる。死んだ人と婚姻はできないだろうなどと思ってみていた。
 
 
 
 
このような銅像もある。
自分は以前本作を見て三浦友和が一高の書生さんという役柄だったのでてっきり高等学校の生徒なのかと思っていたが原作では私は20歳であるのでおかしいなあと思っていた。(原作者の川端康成の経験を基に書いた小説)実際には現在の大学生
しかも東大生のことらしいのだ。
 
 
さらにこういう言葉もある(エリートをたたえるような言葉)こういう内容=「一中 - 一高 - 帝大」=
なので、帝大=東大=一高と帝大は別のもの=一高とは現代の東大教養学部=大学生=とは思っておらず当時(大正14年頃)の高校生はすごいなあと思っていた。さらに吉永版では旅芸人の大坂志郎が書生さんにあこがれているといった描写もおおくでてくるのでそう思っていたのだ。
 
昭和初期の尋常小学校(じんじょうしょうがっこう)も同じで小学校と言っても現在の中2まで?のようである。
さらには尋常中学校もありそれならこれは現在の制度でいうところの高校なのだろうか?
田中角栄が私は小学校しかでていないといっていたが実際には尋常小学校のことかもしれぬ。だとしたら
中学校までいっていたことになる。
 
 
自分はWOWOWで録画したブルーレイディスクを持っているが百恵が素っ裸で露天風呂から上がってくるシーンだが劇場では何も遮るものはないがこの放送用ソフト(売っているものも今はこうかもしれない)は、彼女のまたの部分に枝がかぶさっている。(これは劇場版をもう見られないので記憶で書いているので曖昧である)
 
当時は全身肌色のボディスーツを着ていてヌードにはなっていないと言われていたがこのころのコメントの真相はわからない。そんなもの作るかなあ?でも着ているようにも見える。着ていないのに着ていたと監督が言えばみなそう思っていた時代
の話なので。
 
 
とにかくロードショー時、話題作であった。
 
背中の太鼓がまた悲しい。彼女(かおる)は文字が読めない文盲(もんもう)少女であるという設定だ。
三浦友和に水戸黄門の本をよんでもらったり、かなわずだったが活動(いまの映画のこと)に連れて行ってもらえる事が何日も前から楽しみだったりする。
 
石川さゆりも大島で生まれ育った幼馴染役で出てくるが結核?かスペイン風邪かで死んで棺桶ごと山奥に捨てられてしまう役。
 
子犬のしろを追って石川さゆりを発見してしまう一連のシーンで百恵のはいている赤い足袋がまた、似合う。今でもかっこいい。
 
またナレーションの宇野重吉は日活版では私が後世、大学教授になった時の役で出てくる。
なお日活版で高橋英樹の持つ鞄と東宝版で三浦友和のもつ鞄は同じもの?のように見える。
 
 
 
 
 
これが浄蓮の滝。あんまり人もいないがバスツアーで来ることもあるんだろう。じゃなきゃこの辺りのお店がやっていけない。けっこうなわさび畑がひろがる。