前に書いたかもしれないが、我慢できずに「ザ・ヤクザ」と007黄金銃を持つ男の新聞

広告を。東宝と松竹が横並び。どちらもすごい大作である。当時自分が高校生だったら両方見たい。007もこの黄金銃はまた劇場映え(私を愛したスパイはもっとすごいが)するんだな。最後のスペクターの秘密基地を破壊するシーンでモードアダムスはビキニなんだよな。

 

ザ・ヤクザはやっぱり好きなんだろうなあおいらこういう和洋折衷(わようせっちゅう)がさ。因みに高倉健の役名は田中健とまー簡単。

 

横浜ピカデリーは京浜地区同時ロードショーとかいてあるからやっぱり東京よりも1つ下の感覚だったのだろう。(松竹直営館だったので松竹セントラルと同じ会社の持ち物である)ミラノとパンテオンは東急レクリエーションである。

 

 


当時のパンフ


 裏にはミー坊が好きなワーナーマーク

 

 

坂本花織の結婚会見で左腕にはオメガのスピードマスター(メンズ=これは構造が複雑なのでレディースサイズがないので大きいが似合うなあ)をしていた。オリンピックの正式記録時計の会社なので選手は1個くらい貰えるのかも。

自分もこれを1個持っているが止まってしまってからはメンテは金3万~5万がかかるので止まったままだ。

自分はオメガシーマスターをいくつか愛用している1人だがやっぱりスピードマスターが最もかっこいいなあ。

 

急に昭和の榊原郁恵の結婚記者会見を思い出したがあの頃はお子さんは何にんくらい?なんて失礼なことを平気で聞いていたものである。子供が欲しくない人や、できない人、産めない人もいるのでなあ。今聞かなくなったなあ。米国じゃジョディフォスターなんか女性と結婚してても子供もいるからなあ。レベルが日本とは違うなあ。

 

 

友人の同僚が54歳で腹が痛いと病院に行くと大腸がんステージ3で大腸の外に浸潤(しんじゅん)していたとのことで(大腸の外に出てしまった大腸がんは体内で何年もかけて再発するからその前に抗がん剤などで100%死滅させない限りがん細胞は1個でも残っていたら「かならず」再発するという怖ろしいものである。)
内視鏡どころか、その前の便潜血検査までも拒否していたというのではもはや仕方のない事だと思う。そういう人もいるという事だ。抗がん剤が効けばよいだろうがそうでない人も多く、大体10年以内に再発して死ぬことになるだろう。
 
ここに何度も書いているが消化器系のがんはすい臓がんなど特殊な例を除きほとんどが事前検査で予防できるものである。予防が難しい悪性リンパ種などは仕方ないが、大腸がんや胃がんなどで死ぬことは本当に人生にとって勿体ない行為であると確信している。(もちろん胃がんで亡くなった人もピロリ菌が1980年代に発見される前は原因不明だったので仕方がないが今は違うのだ)
 
よって1回3割負担で6000円程度で済む大腸内視鏡検査は必須であるのだ。
 
 

これがマグネシウム系の下剤。マグコロールは呑みやすいが患者によって写真のタイプになるがこれは味が濃く嫌い。ここの病院は内視鏡検査が主流で大腸内視鏡の下剤は院内で呑むのだが病院によって家で飲んで出してから来るところもある(家は自由だしこの方が楽)。院内で飲むときは氷を持参しないとね。2時間のうちに下剤があったまってきちゃうんだわ。2時間のうちに学習本なども読んで仕事も少しする。ここは静かでいいわ。
 
 

午後4時半に病院の会計を済ませ、会社には行かないので、帰りに人生初、前々から気になっていた「しゃぶ葉」に1人で入る。一番端の奥の席になった。ひとしれずでよい。こんな場所で誰にも会いたくない。
 
日本人が80年くらい前はイワシとかあじとかがメインディッシュでまだこんな牛肉など食べていなかったのであるが、100年くらいでは大腸の仕様が変わらないので西洋化したものを食べる習慣で大腸がんなどが増えているのだろう。
 
ここでは60歳以上は安い。食べ放題だがもはやそんなには喰えん。別料金の生玉子をつけて税込み¥2584で、出し損ねたがJAF会員割引もあったっぽい。
 
ザ・ヤクザでロバート・ミッチャムが家でしゃぶしゃぶを食べるシーンがあって急に喰いたくなったのだ。家でもっと高い肉でやってもいいがこの日はサイレースという睡眠導入剤が残っているので調理は面倒くさいので金がもったいないなどと思いながらも外食。すしまでも食べ放題のプランにする。こんな物でも食っていれば幸せなのだから、62歳、かわいいものだ。最近検査の後での外食パターンが多いな。
 
ひとりでもこれは楽しい。よって大腸内視鏡日はうれしい日である。これをしないで大腸がんで死んでいく人は悲しい。
 
はしっこの席だったが、そばで女子大生がアルバイトの面接に来ていた。こういう場所で働く分にはガールズバーやキャバクラなどのバイトなどと比べたらずっと良いだろう。
日曜日は大忙しであるのだと説明を受けていた。目白大学の大学生というのが聞こえてしまったが、
目白大学というのはもともと女子短大で今は4年制共学になっているが男子学生はとても少なく、グラウンドもマーせまい。1度行ったことがあり
ここの教授で「英語は早く話しているわけではないのに日本人にはなぜ早く聞こえるか?」という研究をしている先生がいるので1度論文をちらみしたことがある。とても面白い研究である。
 
 
 

先日「ザ・ヤクザ」のロードショー時代の話を73歳のいとこに聞いていたら横浜ピカデリーで観たという話になった。ここはミー坊も随分いったが最後に行ったのはおそらく黒澤明の「夢」だったとおもう。

 

横浜市中区(伊勢佐木町)の中心地にあって最寄り駅は京浜急行日ノ出町駅で、1990年くらいまでは横浜松竹、オデオン座、黄金町寄りに横浜東映系が2館(1つは洋画)などがあって、外観の写真は何枚もあるのだが中はなかった。

ここは横浜で70mm上映が可能だった3館(横浜東宝、相鉄映画→相鉄ムービル3に映写機を移設と思われる)の内の1館だったから松竹洋画系の70mm作品はわざわざ横須賀から観に来ていたんだ。例えば「スーパーマン」(「スーパーマンⅡ」上映のころにはもう横浜ピカデリーでは満足できず渋谷パンテオンまでさらに30分かけて行っていた)ほかにもみたが、初めて行ったのが「遠すぎた橋か」そのへんで、

 

「恐怖の報酬」「死亡の塔」「ジャンク死と惨劇」ほかにも・・・

ラブホテルの宣伝もまた楽しみだった。石庭とか。

どんないやらしい男女がみにきているのだろうとかそんなことばかりを考えて映画を観に来ていたのがミー坊だった。

 

1階席と2階席があって1回と2階の間に球場のような金属製の柵があって下からは乗り越えてはいけないのであったが多分2階席が全て指定席だった気がする(当時でおおよそ¥2500)ロビーにある外階段から上がるのだが柵があって指定席券を持った人のみペンライトを持つ案内嬢に連れられて座席までエスコートされるのが当時の習わしだった。(いまでも新宿ピカデリーだけはそれがある席がある)

 

1Fの床はアスファルトの打ちっぱなしできれいに掃除できないからか、こぼれたジュースやガムでいつもベタついていたんだ。売店もいつも混んでいて、うれりゃあ何でもよかったんだろうが、Pタイルでも貼りつめてくれればね。

 

兎に角このあたり日ノ出町界隈というのは変な人も大勢いたからなあ。

今は大型マンションが建っていて、前のバス停は健在。

もう日ノ出町にはターンと行かなくなっちゃったなあ。用がなくなった。

 

 

映画「ザ・ヤクザ」

本作品のロケはどこで行われたかを調べていたらかなり詳しい

記載のあるページを発見したので貼っておきます。

 

 

『ザ・ヤクザ』 The Yakuza (1974) | 居ながらシネマ

 

アーもう一回くらいスクリーンで観たいがもういけないので

諦める。

 

オープニングタイトルは燃えよドラゴンと全く同じワーナーのマークが出るが

WOWOW放送版もNHKBS版も新しいスタジオが映るマークに変わっていた。

 

このように1本の映画について2~3日考えたり、思い出したりしていた1970年代が懐かしい。

 

本作品ロードショー時に21歳だった横須賀のいとこにどこで観たか聞くと

1975年1/1元旦に横浜ピカデリーに観に行ったと。そのあとで関内にあった横浜東宝で007黄金銃を持つ男を観に行っていたと

映画ノートに書いてあるという返事が来た。

当時はお正月映画という言葉があり、大作をまとめて公開し、正月気分のうちに何本もみさせるという

時代だったから、こういう人もいたんだろう。

 

 

 

 

●イオンシネマ海老名には行ったことがなかったが閉館イベントの一環で

最も大きな500席以上のスクリーン8THXでスターウォーズをやっているとのことで

知り合いが見に行くと言っていた。

自分は1度も行ったことがなかったなあ。

 

海老名は人が多くいるように思うが劇場はダメなんだなあ。

 

 

 

シネマート新宿1でリバイバル公開中
シネマスコープ作品である。
 
こういう作品はやはり劇場スクリーンでなければ本領は発揮できない。
自分は初スクリーン鑑賞であったが1980年代には五反田東映シネマや浅草東京クラブなどの3本立てでかかっていたこともあったなあ。
 
 
やっぱり健さんはかっこいいのう。
ジェームス繁田の息子スパイダー役は宍戸錠の弟のごうえいじがやっている。
本作品はこのように東映映画の俳優がいろいろ出ていて面白い。
ほかには冒頭から出ている待田京介もまたいいんだなあ。
 
 
本作品はワーナーのオープニングマークから、ストーリー展開までもが何となく
「燃えよドラゴン」に似ている。ブルースリーが黒のトレーナー上着を破られるシーンと同じく、
健さんが黒いトレーナーを破かれて脱ぐと全身にいれずみと背中には閻魔大王がなかなかいいね。
 
マー東洋人が武術の達人という点や武術の先生というのも同じである。
本作の健さんは剣道の先生である(しかし剣道で真剣は使わんがな)
 
本作の刀による対決シーンはその全てが屋内である。これがまたいいねえ。
 
 
「ミッドウェイ」にも花子というなまえででていたクリスティナ・コクボ(日系女優でなんと2007年に56歳で乳がんで死去していた。基本この2本の映画にしか出ていない)
非情に不自然ではあるが英語が流ちょうな役で出てくる。=岸恵子の娘役
 
拳銃や武器を多数集めている役のハーブ・エデルマンは松竹の寅さんにも1本出演しているが、米国では渥美清の吹き替え
版の声を担当していた人物である。
 
 
 

 
本作は日本での公開の方が製作国の米国よりも先で
日本は1974年12月28日公開のお正月映画で、
米国では1975年3月19日公開である。
 
 
撮影場所は大阪、京都と東京の歌舞伎町(新宿)が出てくる。
本作がロードショーされた新宿ミラノ座もちらっと映る。
 
 
本作の内容はかなり行っちゃっているのだが、まーハリウッドアクション大作として、ハリウッド製東映ヤクザ路線映画
とでもいうのだろうか。1974年の時代になかなか日本人を高い評価で扱ってくれている良い映画とも言える。
 
 

1974年公開時、地方では1975年に入ってからの公開で同じワーナーの「フリービーとビーン大乱戦」(アランアーキンとジェームスカーンの刑事もの)と2本立てだったっポイ。これがまた面白いからお得な2本立てである。
 

シネマート新宿1のロビー
 

中はこんな。昭和がそのまま残るとまではいえないが躯体はそのままの映画館である。
 

●昨日NHKBSで放送のジョン・ウエインの「ラストシューティスト」を夜中12時過ぎにすこし再生。

本作品のドン・シーゲル監督は好きな監督の一人で特に「突撃隊」と「アルカトラズからの脱出」が好きで何度も見ている。

イーストウッドが師匠としている監督でもある。

今有名監督になったロン・ハワードが俳優としてジョン・ウェインと共演している姿を見て「燃えよドラゴン」のワンシーンだけ

ブルース・リーと共演できたことが最大の誇りであると言っているジャッキー・チェンを思い出した。

 

本作品でウェインは馬にも乗っている。やっぱり最近のスターとは何かが違うなあ。

 

●本日5/10土曜日はBS4Kで「ナバロンの要塞」を放送。4Kデータは持っていないからこれは録画。

続編?の「ナバロンの嵐」も結構面白いが、1980年頃この「ナバロンの嵐」の予告編の最初に「ナバロンの要塞」の

兵隊が耳をふさぐシーンが入っていて、1980年代のスクリーンで1960年代の映像が映し出されるのがたまらなくうれしかった記憶アリ。この映画予告編は数多くかかっていたので横浜東宝ほか様々なスクリーンで観た記憶アリ。

 

●今日5/9土曜日埼玉県さいたま市浦和区

の埼玉会館(砂の器の加藤剛のコンサートシーンを撮影した場所)で「砂の器」の上映があるが、結構早い段階でチケット

は完売してて買えず。理由は上映が小ホールでそのあとで撮影した大ホールに移動という事になったらしい。上映環境の問題があったんだろうかな。古い浦和市民には有名な話という事である。

 

 

 

 

 

1970年代物2本

 

5/8本日NHKBSでジョン・ウェイン最終作「ラストシューティスト」(西部劇)が放送される。

これが日本で公開された後ですぐにウェインは肺がん?だったかで亡くなったような。

ミスターアメリカと呼ばれていた。

出演作の半分が西部劇だったから最後は西部劇でと。ロン・ハワードが俳優だったころの作品。

横須賀では東映パラスで上映だった気がするなあ。

 

 

 

 

5/11はまたマイケルケインの「ドラブル」を放送。これは江東区のストレンジャーという映画館でここ5年の内

1度だけブルーレイ上映があったが行けず未だ見たことがない。

 

 

 

CCS衛星チャンネルの日活ロマンポルノ傑作選でなんとひろみ麻耶主演の「狂乱の喘ぎ」が放送された。
ミー坊は小学生のころからこのひろみ麻耶さんのファンで中学生になっても彼女のグラビアページなど切り取って保管していたのであったが大麻で捕まってから全く新作に出なくなってしまった。
 
自分がロードショーで日活ロマンポルノを見始めたのはおそらく21かそのあとで、それ以前の物は見ていない(20歳未満は見られないのだが今回の放送はR15だった)
この方の主演ロマンポルノは結構あるのだが、なかなか見ることはできないのだ。
 
この方ほど70年代女性を形容できる女性は珍しい。
 
かつてあったジーンズショップ麻耶のCMを見るたびこの方を思い出していたほどである。
 
 
 
 

70年代は戦慄の時代でもあったが(三菱重工爆破事件、ベトナム戦争、などなど)映画やTV番組はいまのそれよりも面白かったように思う。TV番組はアニメは40%が米国製、TVシリーズも40%くらいが米国製を見ていたと思う。

スタートレック、コンバット、チャーリーズエンジェル、特別狙撃隊SWAT、スパイ大作戦、マニックス、刑事コロンボ、ラットパトロール、奥様は魔女などなど。映画館に行けなくともテレビでハリウッドスターを観る機会も今よりずっと多かったのだ。