知り合いが買ってしまったが後悔していると。横須賀に住んでいる人がいい場所だと勧めたんだそう。

ここは40年以上前に新興住宅が建ってそのころは良かったのだ。目の前が海岸。ベース(米軍基地)の従業員も随分住んでいた

(基地まで車だと近いから)しかし今から25年くらい前から台風が来ると海水が舞い上がり道路にまでかかるように岸壁の形が変わったのか?そうなるように。台風の日は道路全部が海水で、車生活の人は車の屋根から海水がもろ掛かってしまうくらいの大波が来るようになって、2回ほど住宅に海水が来たことがあったと思う。家もガレージも海水で水びたしになるという事だ。車や鉄類でできたものは家のパーツも含めさびてくると馬堀海岸に住んでいる知り合いが言っていた。

さすがに家を売却して引っ越す人も増えて、安く売りに出ている家がいっぱいあって、それを買ってしまったらしい。

馬堀海岸は店も少なく車がないとなかなか。本当に横須賀が良いと思う人はここは勧めない方がいいと思うし、不親切で最後は恨まれてしまうだろう。

 

よそから来たらここに店はあんまりなくしかも高いと感じるはずである。

台風が来たらほんとにもっと後悔するのだろう。

 

 

温泉施設もできたが自分が思うにお湯もいまいちで狭い。

海を見ながら露天と言っても狭いのだ。

 

こんな場所を買うなら田浦とかのほうがもっとずっと安いし、横浜にも近い。店もある。

 

こっちを勧めればやや親切かなと思うがなあ。

 

残念な話を聞いたなあ。

 

 

●映画「顔を捨てた男」をWOWOWでやっていたがあれはメーキャップではなくあーいう顔の人が実際に演じていたと知る。
A24なかなかすごいなあ。すごく米国的である。
 
●徹子の部屋 中村玉緒 追悼を見る。 ガッツ石松と言いこの方もまた亡くなってしまうと寂しいなあ。
 
 
 
 

平日の夕方7時の渋谷駅前。毎日こんな感じだろうか。美容院の日だけ、渋谷に来る。
空がやけにきれいに見えたので写真を撮ってみた。
 
自分はそもそもが横須賀の田舎人なので人混みは基本ダメなんだ。
人の少ない殺伐とした港とか海岸を見てそれが普通で育ってきているからねえ。
 
ここでは、こりゃ、はしかだってかかる人いるだろな。
全世界から人がこの交差点を見に集まって、さらには日本人も通るわけで。
新宿は渋谷よりもずっと広くて人は分散しているから歌舞伎町にだってこんなには人はいない。
 
 
しかしいま渋谷のシティホテルに泊まったらいくらぐらいするんだろうかなあ。
1泊3万以上するのだろうか?もっとか?
 
 

まだまだ駅前はこんな。「ブレードランナー」的だと米国人は思うだろうか?
もう若い人はそんな映画知らないかもなあ。自分はいまだにブレードランナーがいい作品だとは思わない。
 
目黒シネマで「宇宙からのメッセージ」を上映するらしいと日刊スポーツにかいてあった。
劇場で観たのが去年の7月に丸の内東映1でブルーレイ上映だったからもう1年たつのか。
ビック・モローの出てる映画などスクリーンで観れることはめったにないので行くつもりだが
東映がDCPデータを持っていないとしたらまたブルーレイ上映か35mmフィルム(だったらうれしいが)
になるだろうなあ。
 
 
目黒シネマは100席の小型地下劇場で年に1~2回ほどしか行かない。スクリーンがやや小さいがこの小型画面でSF作品を観るのもまたよいだろう。ただ小型スクリーンでの鑑賞は銀座シネパトスで体験済である。
生きているビックモローを「体験」できるのは映画館だけである。
 
スターリーング ビック・モロー 
ってもうわかる人少なくなっちゃってるだろうなあ・・・。

 

 

 
 
 

でも志穂美悦子と言ったら「13階段のマキ」とか「女必殺拳」やってほしいなあ。
こういうのは大阪 新世界東映ではかかっていたが、これを観に行くために大阪まで出かけてる東京人もいそうだが、自分はそんな身分じゃないしなあ。(62歳でそこまでなれてないんだからもう無理だろう)ただ60歳過ぎたら好きにやるというのがモットーだからね。それをきっかけに行ってもいいよなあ。
アーまた行きたい 新世界東映
 
●マイケルジャクソンがなくなった日に同じくファラフォーセットもなくなったのだが日本の新聞ではファラは同じ面に小さく出ていただけであった。映画を観てから思ったことだが黒人歌手の死亡記事が白人女優よりずっと大きかったということは過去にないことだったのではないだろうか?映画ではMTVは黒人歌手のミュージックビデオを流したのはマイケルが最初ぽかったが、ダイアナロスとライオネルリッチーのエンドレスラブは1981年だがそれもMTVでは流されなかったのだろうか?
調べたらマイケルのビリー・ジーンが最初だった。
 
 
 
 
 

 

龍ヶ崎市にある天然温泉施設(といっても温泉は露天の2つのみで内湯は地下水と思われる)に再訪。

来たのは2回目で数年ぶりである。

 

ここはけっこう混んでいた。

龍ヶ崎というと、ニップンの工場だとか、他には何があるんだろう。きっと面白いところがあるんだろうなあ。

 

 
 

 
 

 
映画以前にこのシネスイッチ銀座(旗興行という会社がやっている独立系映画館=ハタシネマ系といわれており、昔は大宮ハタシネマなど他にも経営)2で久々にみたい映画がかかると思い
チケットを取ると何と今年の10月で2館とも閉館するとある。ほんとかよ。
 
地下の1はちょくちょく来ていたが3F
の2だが銀座文化2という名前だった40年以上前に来たのが最後かと思う。「プライベートベンジャミン」かなにかを¥400でみれたのだ。それ以前はよく来ていた。大脱走も荒野の七人も最初に劇場で観たのは1980年代にここでいわゆる名作みたいのを1週間替わりで1本立て¥400でやっていた。
ジェームス・ディーン特集と言えば「エデンの東」「理由なき反抗」「ジャイアンツ」の順番でやっていて毎週来る客がいたはずである。またアクション映画や大パニック映画、SF作品のような上映はほぼなかったと思う。それらはここか歩いて5分の銀座松竹地下にあった銀座ロキシーで¥400で2本立てでよくかかっていたのでそっちで見ていた。
 
あとは「愛情物語」とかそういう名作ばかりだった。
 
 
 
 
 
 

本作品でちょっと自分(日本人)にはわかりにくい部分が
●エレノアはユダヤ人であるがホロコーストとは関係なくニューヨークに住んでいたユダヤ系米国人である(自分の解釈)
亡くなった友人女性はポーランド出身者で英語のアクセントもおかしい。(自分がホロコーストにいたという友人の話をエレノアが自分の話として話してしまうのが物語の始まり)
 
 
●ラストでエレノアがいた場所は老人ホームのようだったが、自分の事は買い物も含め自分でできるのになぜ介護施設にいたのか?
 
ただ話自体はとても興味深く面白い(コメディだから)。
 
沖縄戦(集団自決)で小学生の自分の弟を両親に言われて頭をクワでたたいて殺したという女性の話のドキュメンタリーを思い出しながら見た)
 

2は夜8時で終了である。
 
 

昔はこのシネスコ看板の左1/3が銀座文化2の看板絵があって右というか右の2/3が松竹邦画封切だった。寅さんとかそういうものであるが、ここから歩いて5分の松竹セントラルよこにあった銀座松竹は巨大な松竹邦画封切の旗館だったのでスクリーンも大きく銀座文化1で観る人は少なかったのではないだろうか?
 
 

ビルの名前が銀座、旗ビル
 

1Fはイッセイミヤケの会社が入っている。
 

お店は隣。ここの女性店員さんは実にかっこいい人ばかりである。こういう仕事は良いと思う。
もちろんミー坊は中にすら入ったことはない。
 

94歳で93歳の役をやる。イーストウッドもビックリ。
知らなかったこの人。
 
本作は配給が東映ビデオで新宿バルト9でもやっているのだがここで観る意味が大きい。
 
 

2は劇場に上がる階段が左右にある。これは構造上なのかいまも同じだった。17歳ごろよく上った。
 
 

映写窓のメインはデジタルプロジェクターに変わっている。当たり前だ。
 
 

 
 

今の椅子を見ても(1もおなじ)銀座文化2の時の姿は思い出せないがこの場所で間違いない。
 

もう2回くらい来たいのでこのマットディロンのドラッグストアカーボーイはが②でかかればよいが。
 

 
 

ユニバーサル映画だが、中堅のキノシネマの配給だったというのは異例で色々マイケル自身の幼児スキャンダルと関係があったらしいがキノシネマはここまでのヒット作の配給はそうそうないのでは。(米国、カナダではライオンズゲート作品は基本ユニバーサルが配給)キノシネマは他の上映してくれている劇場に配慮して自社の劇場では1日1回だけの上映にしているというので観るとキノシネマ新宿では朝8時代の1回だけの上映であった。
 
本作は珍しく吹き替え版はないようだ。これでよい。
 
 
 

スリラーの撮影シーンで監督のジョンランディス役の人は横顔のシルエットしか映らぬがそっくりだった。
でも最後に名前も出ていた。
 
あとCBSの重役役のマイクマイヤーズ、言われないと解からないくらいのメイク。久々にみた。オースティンパワーズ並み。
 
「肉の蝋人形」「蝿男の恐怖」のシーンが出た。
 
マイケルの父親が悪く描かれているが実際にはもっと何だろうが、彼なくしてジャクソン5、いやマイケルジャクソンはなかっただろうから複雑である。
 
あとジャネットジャクソンは一切出てこない。(本人が丁重に断ったということらしい)ラトーヤまでである。
 
 

ユナイテッド豊洲の10番スクリーンでの上映。TOHO海老名が閉館したのでいま通常スクリーンでは関東最大だと思われる。
シネスコ時横22mあるがマイケルはビスタサイズなので16m程度の大きさだったと思われる。
 
IMAXでなくともここでも大きな画像で観られる。
 

パンフは1210円。買わず。
 

何度かこの映画館の事は書いているが、内容はやや違う。

 

 

今年の3月に横須賀中央に行って驚いたことはこの横須賀東映パラス(東映ビル6F)劇場の閉館あとは居ぬきで米国人向け(横須賀には米国人以外の外国人が米国人に比べやや少ない)の青鬼というバイキング形式の和食レストランになっていて1回行きたいと思っていたが結局中には入ったことがないが、そこが閉店していた。

 

 

今は駅前を大規模改革中であるが、兎に角、この街には人がいないので、改革も何も・・・。

 

ここは1977年のオープンで最初の映画は憶えていないがおそらく「マンハッタン」と「ミスターグッドバーを探せ」とかそのあたりだったと思われる。240席(中型劇場)で1フロアのみを使用した緩いスロープがあるだけの劇場でライバル洋画はすぐそばの「横須賀劇場」(インペリアル(株)という地場の会社が経営で現在は映画館事業はやっていない)が上映していたが、例えばわりと東宝東和配給でもジャッキーものは全部横須賀劇場が上映し、日本ヘラルド配給もの例えば「地獄の黙示録」などは東映パラスでの上映だった。(もちろんこんな小さいスクリーンで当時の自分が満足するはずもなく有楽町の有楽座まで見に行った。横須賀中央~東銀座までは乗り換えなしでおおよそ1時間10分)また感覚的に松竹洋画系列は東映パラスの上映が多かった。「アルカトラズからの脱出」「ノースダラス40」「十戒 リバイバル」「スラップショット」「トランザム7000」「タワーリングインフェルノ リバイバル」「ブレードランナー」「ハンター」「フライングハイ」「リトルダーリング」「世界崩壊の序曲」「トムホーン」

「アパッチ砦ブロンクス」「ドクターモローの島」「黄金のランデブー」「メテオ」「ブリンクス」「スタークレイジー」

「ポセイドンアドベンチャー2」「砂漠のライオン」などなど(松竹洋画系)

 

東宝洋画系だとヘラルドの「殺しのドレス」「ジャズシンガー」「ミッドナイトクロス」「ランニング」「アメリカンジゴロ」「がんばれベアーズ特訓中」「ミートボール」「アーバンカーボーイ」「チャンプ」「宇宙の七人」などを見た。

 

 

 

はたまた角川系邦画は東映洋画の配給になって「野生の証明」「スローなブギにしてくれ」薬師丸、原田の2本ものは全部ここ東映パラスでの上映だった。この2本立ては、ほぼほぼここで観たと思う。

兎に角、客が絶対に入るスターウォーズ、007もの、黒澤の影武者、スーパーマンもの、ルパン三世アニメ、がんばれタブチ君、シュワちゃんもの、スタローンもの、ブッシュマンなどは全てライバルの横須賀劇場側に持っていかれていた(マー横須賀劇場は400席近くあったので)のでマー双方で話し合いが行われていたのだろう。

 

 

 

 

高校生ぐらいから22歳ぐらいまでは松竹の邦画(寅さんシリーズ+併映)は寅さん以外の物は良く行っていたものの(寅さんの良さがまだ若すぎてわからなかったのだろう)いわゆる正月と夏休みもの(つまり寅さん)には行っておらず逆に東映作品はそのほとんどを観に行っていた(横須賀東映で)。例えばトラック野郎シリーズ+併映はおそらく寅さんよりもやや下品であり(鈴木則文作品が多分好きだっただけ)裸も出る上、ジャッキーチェンものをはじめとする香港カンフー物がまだ東宝東和配給に移る前の段階で、酔拳、蛇拳などはまだ東映の邦画系で上映されていた。さらには真田広之のJACものがまた大好きだったミー坊は写真が変わるたび

毎週のように横須賀東映で鑑賞し同じ東映ビル1Fにあったデニーズのカウンター席でハンバーガーコンボを食すことが習慣となっていた。東映の作品はまたその安っぽさがよく、はたまた小難しい「青春の門」シリーズやらまで見に行ったものである。

夏目雅子の出る映画は随分と行ったものだ。

いまでは横須賀ジョイシネマに寺尾アキラがきたり、舞台挨拶などもあることもあるが、1980年当時は横須賀で舞台挨拶など絶対になかった。

 

この横須賀東映というのは東映直営館のなかでもまーマイナーなほうかとも思うが、312席ほどの中型劇場で本当に良く行ったというか東映封切邦画はこのころはほぼここで見ていたとおもう。(平日夕方はすいていた)6Fの横須賀東映パラス(洋画系専門2本立てロードショー館)のほうは座席数は240と少なく、ロビーの面積が広かった可能性はある。(ソファーがいくつかあったなあ)

 

 

特に感動した作品は何かというと「トラック野郎 桃次郎北へ帰る」の同時上映だった「劇場版 水戸黄門」でこれは劇場用に35mmシネスコサイズで撮影されたものでいつもはTVサイズのオープニングシーン(黄門マークをバックに主題歌が流れるシーン)を前から3列目の席でシネスコで観たときの感動は45年以上たった今でも忘れられぬものである。

 

また20を過ぎるころにはもう東宝邦画作品2本立て上映を観なくなっていた。例えば松田聖子(1作目だけ東映作品)ものやたのきんものなどは嫌いで好きだった百恵友和シリーズも最後の「古都」だけは大型の横須賀劇場での上映だったが行かなかった。通常、東宝をやっていたのは横須賀有楽座で席数130でスクリーンも大分小さかったのでなにか損をしたきにもなって嫌だったのだ。最後に横須賀で行ったのは多分「クララ白書」で東宝物が見たいときはもっと大型の横浜東宝会館の横浜東宝シネマで見ていた。アニメ「まことちゃん」と「翔んだカップル」あたりから小さいスクリーンでは満足できず横浜へ行ってみるようになった。

 

 

 

 

 

 

緒形直人が賢治役。大森一樹監督作品。

ロードショーは行かなかった。

 

 

冒頭で質屋に来る客で「山本龍二」さんという人が出ているがこの人はだめな人

(アル中とか)をやらせたらぴか一である。

 

 

 

 

本作は「メリーポピンズ」のようなアニメと実写が一体になるシーンが時々あって

すごくいいなと思った。

賢治の「セロ弾きのゴーシュ」もある種、動物+人間の話だったなあ。

 

 

 

猪野学(冬ソナでパクヨンハの声やっていた人。トビーマグワイヤもそう)や福本清三、峰蘭太郎(侍タイムスリッパーの人)
なども出ている。

 

 

 

 

●中村玉緒さんが86歳で死去と。・・・。
1997年に勝新太郎が肺がんで65で柏の国立がんセンター東で亡くなってからもう30年近いのか。
息子の鴈龍も心筋梗塞で先に亡くなってしまった。この方は「座頭市」(松竹版)を見る限りまじめにやれば
自分はいい俳優になれた気がするのだが…。親が大物すぎたかな。この映画では真剣を使った事故で切られ役も死んでしまい
大変な映画だったが自分は結構好きで何度も見る程であった。
まだ鴈龍のお姉さんがいると思うが、寝たきりとかいううわさも読んだことがある。
 
勝新太郎の天才的芝居を支えてきたのが玉緒だったんだろうなあ。
 
 

5500円もするが。新宿の紀伊国屋に原画展示があるらしい。うーむ。見に行きたいなあ。
 
自分は心霊現象(現象自体がとても非科学的であり霊魂などというものは存在できないと証明できるから)は全く信じていないが、
つのだじろう先生の「うしろの百太郎」とこれだけは真剣に何度も小学生の頃から読み返したものである。とにかく恐怖新聞は怖すぎるし最終回は小学生にはかなりショッキングな最後である。(いまならR15)最後は恐怖新聞をずっと読んでいたため顔が半分以上白骨化した腐乱死体で発見されて終わる。(中学生なのにかわいそうだと思ったものだ)
 
先生は読者が何に恐怖を感じるのかよくわかっていらっしゃる。主人公の中学生鬼形礼(きがた れい)はいまも霊界から恐怖新聞を配達している身になったに違いない。
 
超能力、心霊現象(と行くに心霊写真や守護霊について)UFO、と言えばやはりつのだじろう先生であろう。
 
空手バカ一代も読んでいたが恐怖新聞があってそのあとである。
つのだ先生は空手、心霊現象などに詳しくいつも着物をきているが、いまこういう人
減ったよなあ。着物と言えば元 法政大学学長の田中優子先生くらいなものかなあ。