
《…阿部たち三人はそこにいた。彼らは私を待ちながら、川原の不審な光景を見て首をひねっている。
それは、巨石の陰に累々と打ち伏す死体である。
「仏さんが、どれも異常なんだ。こりゃ病死でも戦死でもない」
「射殺だな。みんな頭部に喰らっとる」
と、岩陰から三人の兵が現れた。
負革で小銃を肩にかけた伍長と素手の上等兵が、ひとりの兵を真ん中に抱え、引きずるようにして、我々の前を通り過ぎ、崖下へと降りていった。》
伍長は歩けぬ兵に冷たく言います。
《「お前が進んで自爆するというなら、今すぐこの安全栓を抜いてやる」
「………」
「仕方がない。部隊長命令なのだ。残念だが、ここでお前に死んでもらい、遺骨を親に届けねばならんのだ」》
「殺さないでください」と歩けぬ兵は伍長に土下座するように哀願します。
もう見ていられなくなった高野上等兵ら四人は他部隊の冷酷な伍長を懸命に説得するのですが…。
結局は部隊の方針ということらしく、上からの命令が絶対であるロボット兵に他部隊の者が何を言っても無駄でした。
これもまたインパール作戦撤退の日本兵の悲しむべき象徴です。
《「俺たち(烈兵団)はコヒマから数百人を担送した。
途中で死ぬヤツも出たが、回復したヤツも大勢いた。
俺たちは、あんた方の撤退の援護に来たんだから、そのあたりのことも考えてもらって、なんとかこの兵隊を助けてやってもらえんだろうか」》
と鬼伍長に向けて説得する模様がありますので、強制自決(ほぼ処刑です)させるのは『烈』とは異なる他の師団部隊でしょうか。
しかしこれまで互いに苦しい戦いを共にしてきた仲間や部下を殺してしまうのだから、むごい仕打ちです。
捕虜になられては困るとか、足手まといというのもありますが、隊から落伍者を出すと隊長のいわゆる「点数」にひびくという事情が大きくあるようです。
高野上等兵が属する『烈』の師団長と言えば、牟田口軍司令官に抗命し狂人扱いされ、更迭される佐藤幸徳中将ですが、兵たちに自ら、
《「とにかく、今は撤退なのだ。命だけは粗末にするなよ…」》
と、まわりの兵らに煙草を分け与えながら、ねぎらいの言葉をかけて回っていたことが書かれてありました。
やはり兵隊思いのあつい親分って感じがします。
それからまもなくして、牟田口司令官からの「直ちにインパールへ引き返せ」との使者に対しては…。
《…司令部幕舎内から響き渡った大声に私たちはびっくりした。
「何を言うか、できんもんはできんのじゃ。副官、乗馬三頭用意せい。
いまからわしは牟田口に会ってくる。事と次第では今夜は帰らんかもしれんぞ」》
《》内『インパールの挽歌』より引用
さて話し戻って、その後、歩行不能者を多数殺害していたにも関わらず、呑気に酒をくらって宴会中の鬼伍長の部隊に、わずか高野上等兵ら四人で殴り込みに行くのだから本当に凄いと言うほかないです。

