飛行機蜘蛛-SBSH03241.JPG




《…阿部たち三人はそこにいた。彼らは私を待ちながら、川原の不審な光景を見て首をひねっている。
それは、巨石の陰に累々と打ち伏す死体である。

「仏さんが、どれも異常なんだ。こりゃ病死でも戦死でもない」

「射殺だな。みんな頭部に喰らっとる」

と、岩陰から三人の兵が現れた。
負革で小銃を肩にかけた伍長と素手の上等兵が、ひとりの兵を真ん中に抱え、引きずるようにして、我々の前を通り過ぎ、崖下へと降りていった。》

伍長は歩けぬ兵に冷たく言います。

《「お前が進んで自爆するというなら、今すぐこの安全栓を抜いてやる」

「………」

「仕方がない。部隊長命令なのだ。残念だが、ここでお前に死んでもらい、遺骨を親に届けねばならんのだ」》


「殺さないでください」と歩けぬ兵は伍長に土下座するように哀願します。

もう見ていられなくなった高野上等兵ら四人は他部隊の冷酷な伍長を懸命に説得するのですが…。

結局は部隊の方針ということらしく、上からの命令が絶対であるロボット兵に他部隊の者が何を言っても無駄でした。


これもまたインパール作戦撤退の日本兵の悲しむべき象徴です。



《「俺たち(烈兵団)はコヒマから数百人を担送した。
途中で死ぬヤツも出たが、回復したヤツも大勢いた。
俺たちは、あんた方の撤退の援護に来たんだから、そのあたりのことも考えてもらって、なんとかこの兵隊を助けてやってもらえんだろうか」》

と鬼伍長に向けて説得する模様がありますので、強制自決(ほぼ処刑です)させるのは『烈』とは異なる他の師団部隊でしょうか。

しかしこれまで互いに苦しい戦いを共にしてきた仲間や部下を殺してしまうのだから、むごい仕打ちです。

捕虜になられては困るとか、足手まといというのもありますが、隊から落伍者を出すと隊長のいわゆる「点数」にひびくという事情が大きくあるようです。



高野上等兵が属する『烈』の師団長と言えば、牟田口軍司令官に抗命し狂人扱いされ、更迭される佐藤幸徳中将ですが、兵たちに自ら、
《「とにかく、今は撤退なのだ。命だけは粗末にするなよ…」》
と、まわりの兵らに煙草を分け与えながら、ねぎらいの言葉をかけて回っていたことが書かれてありました。
やはり兵隊思いのあつい親分って感じがします。

それからまもなくして、牟田口司令官からの「直ちにインパールへ引き返せ」との使者に対しては…。

《…司令部幕舎内から響き渡った大声に私たちはびっくりした。

「何を言うか、できんもんはできんのじゃ。副官、乗馬三頭用意せい。
いまからわしは牟田口に会ってくる。事と次第では今夜は帰らんかもしれんぞ」》

《》内『インパールの挽歌』より引用



さて話し戻って、その後、歩行不能者を多数殺害していたにも関わらず、呑気に酒をくらって宴会中の鬼伍長の部隊に、わずか高野上等兵ら四人で殴り込みに行くのだから本当に凄いと言うほかないです。




 
 飛行機蜘蛛-Image2521.jpg




上村喜代治の戦記『インパールの挽歌』

この戦記の後半では、高野上等兵(上村氏)の反骨精神と茶目っ気あふれる大胆不敵な豪傑ぶりが、実話とは思えぬほどの面白さで生き生きと描かれております。

しかしそれとは対照的に前半のコヒマの戦いにおける彼は、まったく逆です。

命令伝達、戦況報告などが主な任務で、非戦闘員である彼が
「突撃とはすなわち死に突っ込むことである」
と語る戦闘員からの
「高野は死ぬ心配がないからいいよな」
という複雑な強迫観念に常にさいなまれます。

そして思い余って命令もないのに単独で、手榴弾のみで敵陣へ夜襲をかけてしまうのですが、それが誤って友軍の掩蓋に手榴弾を投げ入れてしまうのです。

《…私は何分、いや何十分、そこに呆然と尻餅をついていたのだろう。そこになおいるかもしれぬ一、二名の味方の死傷者を思うと、とても壕内をのぞく気になれなかった。》
 《》内抜粋


はやとちって間違えたとは言え、誰も知るよしもない、わざわざ書き残す必要もない、後ろめたい自分の汚点までも、己の異常な心理状態を振り返り、ありのまま記述なされていることに、つよい衝撃を受けました。

生々しい戦いの暗部も真実として語るべきなのだという姿勢が見えます。
「きれい事だけでは戦争は語れない」ということなのかもしれません。


その後の彼は本当の敵に手榴弾を投げ込みます。

実際の敵ともうひとつの敵に…。





 

 飛行機蜘蛛-SBSH00731.JPG


『インパールの挽歌』

著 上村 喜代治
光人社



本来、戦記に面白いという表現は慎むべきなのでしょうが、この戦記は正直、面白いです。

ちょっと違うかもしれませんが、イメージとして、高倉健さん主演の映画「網走番外地」死闘ビルマ篇とでも言うべきでしょうか。

愛すべき「反逆児」高野上等兵(上村さんの旧姓)が烈兵団、重機関銃中隊の指揮班の一員として、無謀かつ悲惨を極めたインパール戦を生き抜き、壊滅した軍隊の撤退路において、エゴをむき出しにした鬼のごとき不良兵の一団などを、「ある手段」と持ち前の才覚と度胸を駆使し、敢然と立ち向かい、懲らしめるなどして、さまざまな痛快劇を巻き起こしてゆくという実体験戦記です。


インパール作戦は英印軍の無尽蔵の物量と機械化近代兵器に対し、日本軍は決死の肉弾攻撃でよく敢闘しますが、補給が受けられずに、食糧、弾薬、兵をなくし、ついに佐藤中将の「抗命」により退却します。

しかしかろうじて死をまぬがれた残兵たちに、食糧などなく、サバイバルの色合いはさらに濃くなり、弱肉強食が激化してゆくことになります。

マラリア、コレラの蔓延、千キロ以上の長い歩行距離、食糧難などで兵たちは次々と野垂れ死にしてゆきます。

それに加え、秩序が乱れ、人の道を外れて己の利欲のみで行動する輩が増えてきます。

追いはぎ、詐欺、窃盗、同胞殺し、人肉売りなど、到底、誇り高き帝国軍人とは思えぬ姿をさらけ出す者が出てきます。

また撤退の足手まといとなる負傷病兵たちを組織ぐるみで自決させたり、毒殺、射殺したりまで起こっています。

そんな暗澹たる屍つづく地獄の道で、幾度も痛快で拍手喝采の活躍を見せてくれたのが「ジャングル狼」とあだ名され、自ら「悪人」と呼んではばからないこの戦記の著者である高野上等兵です。

「悪人」「狼」というのは、尊敬できない上官に対し、決して従順な犬にならず反抗する「ワル」「危険人物」という意味でしょう。

実際、あの牟田口司令官の前で敬礼をボイコットしたりもしています。

また、彼が初年兵のころに、自分の隊長や古兵を罵倒したり、陰湿なイジメをする隊長を殺しかけたりもしています。

《「てめぇ怖いのか!それでも、分隊長か、それでも古兵か!」

「どうした、この野郎、これからでけえ口叩くんじゃないぞ、このくそったれ!」

分隊長でありながら兵一名、重機一銃を放棄して逃げるとは、日本軍人にあるまじき行為である。私の憤怒は頂点に達していた。》

上官に刃向かうなど絶対にありえない時代でしたから、彼は帝国軍人のなかでは、かなりの異端児的存在であったでしょう。

そんな狼の如くふてぶてしいヤクザな彼が、ひとつのアイテムを手にすることをきっかけに変身し、勧善懲悪の大活劇を披露してゆきます。



  《》内本文抜粋



追記~光人社NF文庫から『インパール~「烈兵団」重機関銃中隊の死闘記』で出版されております。