飛行機蜘蛛-SBSH00901.JPG



†地獄の戦場描写

敵の進攻を食い止めつつ、最後に撤退する後衛部隊は、さまざまな悲惨な現場を退却するなかで目撃してゆきます。

同胞の屍肉を売りさばく不良兵。
落伍した兵に自決を強要し殺してしまう鬼下士官。
撤退した野戦病院跡のおびただしい数の病兵、負傷兵の腐臭よどめく散乱死体…。


†貴重な戦記

苛酷な第一戦で闘ってきた兵士ほど生還者が少ないわけで、戦闘場面を克明に記された従軍記、戦記は数少なく貴重なものです。

リアルな描写は、経験していない作家には到底書けないもので、これが「本物」の実話であり、極限を生き抜いた「証(あかし)」であり、魂の「叫び」であるからこそ、読み始めると同時に、死と隣り合わせの動乱の時代世界へ引き込まれてしまうのです。


†ビルマの人々

彼ら兵隊が戦いと転進に明け暮れるなかで、読む者をもホッとさせてくれるのが、親切で純朴なビルマ住民たちとの触れ合いでしょうか。

日本軍がやって来るまでは、タイを除いたインド、東南アジア地域は白人諸国の植民地支配下にありましたから、解放独立をかかげる同じ肌色の日本軍に対して、仏教国ビルマの人々はおおむね、おおらかで好意的でありました。

ある日、井坂上等兵が属する中隊16名は敵戦闘機の爆音に追われ、森に囲まれた寺院の庭に逃げ込みます。
すると中から僧侶が現れ、彼ら兵士らの様子を察し、村人たちに指示してビルマ料理を用意させ、そればかりか、菓子やタバコなども分け与え、兵士らを、おおいにもてなしてくれたのでした。

《仏の慈悲に似て…
なんと純真な人たちだろう……
困った者を救いたすけることは、やがて自分たちにその徳が降りてきて、仏の慈しみを得られるのだと、信じて疑わない人々だった。》

《》内本文抜粋


そのほか日本兵に憧れて止まないビルマ人少年、青年との深い交流もあり、泣きそうになるくらい感動させられます。


ぜひ、お読みください。
 
 飛行機蜘蛛-Image4021.jpg







 

 飛行機蜘蛛-SBSH02121.JPG



参加兵の八~九割を死なせたインパール作戦の失敗は、敵と山岳越えを、ナメすぎた牟田口司令官の甘い判断が大きくありました。
それには、以前の英印軍の撤退をまともに捉え、今回も日本軍が進撃すれば、あっけなく遁走するであろうという、はかない夢を見ていたからでした。

すでに制空権を失い、補給が出来ない戦況に追い込まれつつあるなかで、わざわざ質、量優勢な武力を誇る英印軍が待ち構える遥か敵陣インパールへ突撃せねばならないとは…。
「二週間分の食糧」と重い武器弾薬を背負い、険しい山岳地帯を踏破して進軍し、飢餓に苦しみながら白兵突撃を行わねばならない、途方もなく哀れな兵隊泣かせの自滅作戦でした。

それは広域に戦線を拡げ過ぎて破裂玉砕してしまった日本軍を象徴した作戦となってしまったのです。


インパール作戦は四ヶ月ほどで頓挫しましたが、その後も井坂上等兵らの部隊は、師団退却を助けるために、捨て石として後衛に回され、ごくわずかな兵力で、陣を死守する戦いは続けられるのでした。

そんな捨て石にされながらも、意地と誇りをかけ、彼らの死に物狂いで闘う姿に、胸を打たずにはいられません。

ある戦闘で多数の敵に、陣地を攻撃され、井坂上等兵はひとり置き去りにされてしまったのでした。

《…銃を握りしめ、急坂を一気にかけだした。
ガスがきれて発見されたのか、背後から、ピュー、ヒュッ、ヒュッと銃弾が身体の左側をかすめた。一瞬さまざまな思いがひらめく。

「ひとりでは死にたくない。これでは犬死にだっ、死んでたまるかっ、おれはひとりでやってきたんだぞっ!」》

《》内本文抜粋



 
 飛行機蜘蛛-SBSH00191.JPG



†敵空挺部隊降下す

いよいよインパール作戦が開始されようかという頃、1944年3月5日から敵ウィンゲート小将率いる空挺部隊が、日本軍の作戦を見透かしたかの如く、主力部隊の背後側面地域にぞくぞくと空から降りてきます。

そのため急遽、井坂上等兵らの中隊は空挺部隊討伐へと向けられたのでした。

しかし逆に敵から奇襲を受け、ゲリラ戦の恐ろしさを知ることになります。

《「みんなやられた」

「あとはどうした」

「どうなったかわからない。全滅だ」

「不意討ちで、手榴弾を投げ込まれ、自動小銃と機関銃で一斉射撃をくったんだ」

「歩哨が発見できなかったのか」

「歩哨がさきに撃たれて、小隊はぜんぶ低いところに入っていたんだ」》


ほぼ全滅したこの小隊は着任早々の見習い士官が隊長でした。

資質はともかく経験の浅い将校をリーダーにしてしまう軍隊の階級制、加えて士官と兵の開き過ぎる待遇格差などは、いろんな歪みを生んだようです。




†インパールへ

《第十五軍司令官牟田口中将は、各師団長の意見をしりぞけ、三週間の糧秣弾薬で、4月29日の天長節までにインパールを占領すると豪語した。》


しかしその日をとっくに過ぎた頃から、インパール方面に追及する井坂上等兵らの部隊は、入れ違いに前線から後退する傷病兵の口々から、悲惨な戦いの模様を耳にするのでした。

《「牟田口が師団長まで更迭した」

「突撃すると中隊は全滅した」

「敵陣地を占領しても、砲爆撃で壕が掘り返されてしまうんだ」

「食べる物がないんだ。戦うにも兵隊がいない」

後退していく兵はいう。
しかしわれわれは命令であれば火の中へも行くほかはない。
兵の命は鴻毛より軽し。
最後の散る場面を幾度となく想像した。》


《》内は本文抜粋