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5日にNHKで放映された広島原爆の「黒い雨」について




黒い雨の降ったとされてきた地域、その近隣区からの被爆者の声を今までシカトしてきた行政。

黒い雨を浴びて病気になったと訴えても、「その地域は降ってませんよ」と、被曝認定が受けられない。

家族や親戚が原爆症である白血病やガンに冒され死んでゆく。



しかし最近、研究者らによってキノコ雲が、これまでの推定より約二倍の高さ、上昇限界の16000㍍まで達していたことが解明されたのでした。

今まで過小にキノコ雲の大きさを見積もって降雨の範囲を狭めていたのです。

案の定、認定地域外の家屋床下からセシウムが検出された。


狭い了見で被爆者を冷たくあしらってきた行政は恥ずかしくないのだろうか。



貴重な体験者、生き証人の方々をもっと手厚く保護すべきです。






本当ならアメリカも一緒に負担するのが筋ですがね。


原爆を投下し、進駐軍としてやってきたアメリカは、広島の焼け野原を見下ろせる高台に研究施設を造りました。

そして被曝者らを治療するまたは食料を与えると騙して呼び寄せ、放射能が人体にもたらす影響を調査研究してきたのです。

血液検査などしながら直接治療はしませんでしたから…やることが「えげつない」です。


日本には人身御供に、アメリカには実験材料にされた広島、長崎の市民たち…。





 


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進駐軍が去る1952年に制作された乙羽信子主演の反戦映画

『原爆の子』


↓ストーリー

瀬戸内海の小島で児童たちを教える孝子は七年ぶりに夏休みを利用して連絡船に乗り復興する広島に帰郷する。

まだ瓦礫の残る実家跡に立ち、原爆が落ちた8月6日の朝を回想する。

空襲警報が解除され、慌ただしく家を出る妹と父、座って裁縫をする綺麗な母の姿。

時計の針が刻々と8時15分に迫ってくる。
川遊びをする小さな子供たち、母親の乳を飲む赤子、赤子の満面の笑顔…(秒刻みの映像)

原爆キノコ雲

呆然と老人が空を仰ぎ、被曝した若い女性たちが半裸でもがき苦しむ姿が映し出される。

恐怖の頂点へ導く、切り裂くような女姓の悲鳴が響き、現実に戻される。


孝子の家族は皆死んでしまったようだが、彼女自身がどこにいて、どのように運よく助かるに至ったかなどは一切描かれてはいない。

友人や、生き残りの三人の教え子らを訪れたのちに、顔半分ケロイドで被われ、視力を失って物乞いをする老人に出会うが、彼はかつて彼女の家で働き、彼女を「お嬢さん」と呼ぶ爺やだった。

しかし「お嬢さん」ゆえに、良かれと思ってしたことが、さらなる不幸を招くことに…。



主人公の孝子は美しく控えめな昔の典型的日本女性といった感じ、他の女優さんたちもそうですが、みな言葉使いや姿勢が綺麗で上品です。


上に載せたような絵画的な情景描写がいくつもあって、その映像表現がとても印象に残りました。


かなり古い映画で、これまで見る機会もなく、初めて見ましたが、ドキュメンタリーとしての被曝都市風景、人間模様、壊滅後七年という映像的価値も含め、とても素晴らしい作品です。






渡部 昇一氏の歴史書を読んだら、松井石根という人物が気になって、図書館で探して読んでまいりました。



「将軍の真実・松井石根の生涯」
早瀬利之著(光人社)

(後に光人社NF文庫より「南京戦の真実 松井石根将軍の無念」)


何ら実証のない20万人の南京市民と蒋介石軍の捕虜を虐殺した責任者として、かの東京裁判で検察側の不確かな伝聞証言によってのみ裁かれ、絞首刑に処せられた松井石根。

しかし彼ほど中国について考え、愛した大将はいないのではないでしょうか?



もともと彼は漢詩を詠み、自ら創作するほど親中派だし、アジア主義の先鋒として、言論活動や中国の要人との交流を行っていました。

のちに敵対する蒋介石にも援助をしたり、中国の平和的統一を説いていたようです。

そして司令官として南京攻略の際も、高潔な皇軍の名を汚さぬように軍紀を守るべく厳命しています。

また彼が本国に更迭されてしまった原因が、占領後の南京をどうするかで、軍政を望む大本営と、民主的な中国人主権の政治をさせるべきとの彼の意見が対立したからでした。


そんな彼を人種差別偏重のアドルフヒトラーと同列に並べ、戦犯として死刑に処すとは…。



下記Wikipediaより

松井 石根(まつい いわね、明治11年(1878年)7月27日 - 昭和23年(1948年)12月23日)、中支那方面軍司令官兼上海派遣軍司令官、ハルピン特務機関長、陸軍大将。正三位勲一等功一級。ポツダム宣言受諾後、「南京大虐殺」の責任を問われて極東国際軍事裁判(東京裁判)にて死刑判決(BC級戦犯[1])を受け、処刑された。現在は靖国神社に合祀されている