
二つの滝を巡ったのち米子硫黄鉱山跡へ(9時過ぎ)

火薬に用いられる硫黄。
徳川時代からすでに開鉱されており、昭和の戦時中には需要がもっとも増大し、1500人もの人々が、眼前に二並びの滝がかかる美しき深山で暮らしていた。
学校、映画館などの施設もあったようだが、昭和35に閉山し、建造物などは完全に消失して、高原の牧場のような開けた緑の空き地があるだけだ。
ただかつての井戸水だったのだろうか、それともどこからか引っ張ってきたのか、水道の蛇口が数箇所、不自然に生えてる。
蛇口を捻ってみるときれいな水が出てきた。

ここで右か左か道が二つに別れている。それで浦倉山はどっちかなと案内板を見る。
しかもご丁寧に二枚ある。

そのどちらもぱっと見て、めざす浦倉山が左方面になっていた。
そして左の林道へと進んでしまう。
跡地を抜けてしばらくしたあたりで、やや離れた左手後方の木々の茂みから突然、尋常じゃないガサガサという音が聞こえた。
もしやと振り返り見れば、黒いあいつだ。
山の暴れん坊が木の上から落っこちるような勢いで慌て急いで降りるところだった。
そしてあっというまに薮の中に姿を消した。
意外と俊敏な動きだ。
僕が身につけていた鈴の音に気づき、慌てて逃げたのだ。
鈴は山に入るときの必需品だ。
いきなり出会うのは人間も怖いし熊も怖い。
気が動揺したおかげで道を誤ったことにも、この道が落石で通行止めになってたことにも気づかず歩いてしまう。
その後、二回ほどそのあたりを通るも、奴を見ることはなかった。
途中、変な名前の「奇妙滝」や「奇妙山」の石仏に道草くって、さらに遅れてしまう。

登山口が見つからず、ようやくおかしいと気づき跡地分岐まで戻る。
案内板の地図をよくよく見直すと…反対の右の道だった。
まあいいかと再スタート。11時前。

橋の渡った向こう側、そのあたりから登山道が薮と霧で消えかかってる。
しかも足跡なし。
ずいぶん人気がない。
雨露をたっぷり溜めた薮の葉群のなかを歩く。
腰から下、靴の中までも、ずぶ濡れになる。

途中、魔よけ熊よけの鈴をどこかで落として、なくなってるこに気づく。
薮の茂みのなかじゃ、到底見つからないと思いつつ、引き返し探してみる。
しばらく歩くと偶然、足に当たって鈴がチリンと鳴く。
もう苦もなく見つかったことの感謝を、山の神に捧げるほかない。

登山道を奥に進むほど道がはっきり明瞭になって来てた。
しだいに薮草の難から解放されてゆく。

山頂付近に近づくと、はやく流れる雲の合間から青空が見えて来る。

午後1時に山頂に到着。
木々が邪魔してやや展望がよくないようだ。
濡れた靴下を搾り、標識にぶら下げて干す。
裸足のまま日光浴。
今日は、静寂が怖い。
蝶々が舞ってるのをぼんやり眺めてると、淋しい気持ちになってきた。
誰も登ってこない。
下山し、喉が渇いたので、跡地付近の渓流の水を少し飲んでみた。
酸っぱい変な味がして、吐き出した。
これは草むらから生えてる水道が必要だ。
