ティボー&コルトー/フランク:ヴァイオリン・ソナタ(LP) | 弦楽器工房Watanabe・店主のブログ

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秋の日にはティボーのヴァイオリンが身に滲みます。
SP録音の復刻で知られる「世紀の巨匠たち・GRシリーズ」からの一枚(LP・東芝EMI)。
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解説書裏面の商品リストには、往時を代表する巨匠のほとんどが名を連ねています。日本では1957年の発売以来、10年間で約200種類を発表したとの事。かつてのEMIが、いかに名盤の宝庫であったかを再認識させられるシリーズです。
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〇A面 フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
〇B面 フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ長調作品13

*ジャック・ティボー(ヴァイオリン)
*アルフレッド・コルトー(ピアノ)
*録音:1929年(フランク)、1927年(フォーレ)
*東芝EMI・GR-2025 2,000円(当時)
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2曲ともレコード史上で長く権威的地位を占めている演奏です。古典に真実を求め、掴もうとする人々にとって、これからもフランス音楽のよき規範であり続けるでしょう。
復刻音は実にきめ細やかで優しい。特にフランクがよく、しなやかに流れるヴァイオリンは夢物語のよう。上にはまた上の復刻があるのでしょうが、これだけ音が良ければ今の自分にはもう十分。ほぼ「現在の音楽」として聴ける次元にあります。
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当節、ティボーをすぐれた技巧家と呼ぶのは時代錯誤でしょうか。修辞を含めた演奏技巧というものの最も洗練された姿を、私は彼のヴァイオリンに見出してきました。ティボーの上品な語り口は、人間の内面の非常に奥深いところに根差したものであり、洗練が極まるほどに心のひだがはっきりと見えてくる。技巧も、洗練も、今ではもっと機械的な意味合いを帯びる言葉となり、ティボーは情緒的という特殊な括りで語られる。技術的にはむしろ不備の多いヴァイオリニストという評価もあるくらいです。

しかし、この一点隙のない雄弁な音楽をよく聴いてみてほしい。彼の技巧が、確固とした表現欲を制約している所があるでしょうか。ティボーにとってのテクニックはいつも必要十分なもので、心の手足以上の意味は持たなかっただろうと思います。
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この前、当店にいらしたヴァイオリニストの方が、たまたま鳴らしていたティボーのフランクを聴いて、「今、こんなに自由に弾かせてくれるピアニストは居ないね」と羨ましそうに笑っておられた。フランス近代曲を得意としたティボー畢生の名演も、ピアニストの機転、才覚なしには叶わないようです。コルトーは言うまでもなく大独奏家であり、伴奏者としての上手さを越えて、一音ごとに命の息づいたピアノを聴かせます。香気、風格、大ソナタをこうも自分の音楽として円熟させた人は少ないでしょう。

流行がどういう方向を指していようと、決して古びることがないのが古典の魅力。だから、はなから古典だと思ってこのフランクを聴いては本当の生命を見落とすことにもなるでしょう。いつも純粋で、生まれたての瑞々しさを失わないティボーの至芸を、時々の新たな心境で聴いてゆきたい、と思っています。
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