このところ、腸内細菌の話をしてきました。抗生剤を長期間使っている人の中に、腸内細菌層が乱れてくる方がいます。こうした人では、抗生剤を使わなければならない状態の腸の病気があるので、腸の回復力が弱いという背景があります。特に問題になっているのが、クロストリジウムデフィシャル菌Clostridium defficileの感染症です。

クロストリジウム菌は、病原性を発揮し、かつ、抗生剤に耐性なので、治療には難渋します。下痢、腹痛、血便、潰瘍、穿孔などに悩まされ、時には命取りになる病気です。その治療として、ユニークな治療法が、今年のネーチャーに載っていましたので、紹介します。ネーチャーネディシン2011年2月号150頁

びっくりするかもしれませんが、治療方法は、他人の腸内細菌、つまり便ですが・・を移植するという方法です。
もっと、平たく言うと、他人の便を、患者さんの腸内に置いていくという処置をします。他人の便中の腸内細菌を移植することにより、悪玉菌を減らし、患者さんの腸内細菌を、元のバランスの良い状態にもどそうとするものです。

ネーチャー誌のレポーターPalmer氏の記事は、ニューヨークにあるアルバートアインシュタイン病院の胃腸器科長のBrandts先生の紹介から始まります。Brandts先生の診療を受けた、60歳の女性患者さんは、長年、クロストリジウム菌の起こす慢性腸炎に悩まされていました。

2000年から、Brandts先生は、腸内細菌をリカバーさせる治療経験がありました。そして、この治療を、彼女に勧めます。他人の便抽出物を彼女の腸にいれるという提案です。そして、便のドーナーとして、常に一緒にいる彼女の夫が、感染症などの点からは、感染症が持ちこまれるリスクが低いと判断されました。夫は、妻への便の提供に同意しました。

Brandts先生は、この検体を生理食塩水でうすめて、それを乳液状としました。予め彼女の腸の洗浄を行い、次に夫の便由来物質200ccの量を、10cmごとに彼女の大腸においていきました。処置は、10分位で、完了しました。
その6時間後、
彼女は、「今まで数年間で、こんな快適な状態になったことはなかった!」とBrandts先生に告げたそうです。その後は、彼女の腸内細菌は元にもどり、慢性腸炎から開放されたというのがメインストリーです。

この治療について、米国では賛否両論がおきました。ワシントン大学の医師は、他人の体液を他の人に移すと同じことで、感染症などのリスクがあり、治療法として問題があると言いました。他にも、反対する人は多くいました。

しかし、この治療法は、その後も200名を超える症例が報告され、成功したとの報告が多いそうです。41名の成功例の報告などがパブメド(米国図書館医学論文検索ファイル)にあります。2009年には、オランダでプラセボ(偽物質)との比較試験も行われたそうです。

あまりきれいな話題ではないのですが、人の健康がどのように保たれているのかを、考えさせられる事例ではないかと思います。おいおい、このブログでも、症例報告、総論などを紹介していきます。

実は、こうした腸内細菌回復法は、以前から試みられていたそうです。1958年、コロラド大学で、4人に便浣腸療法が行われ、1981年には、ジョージア大学でも、同様の処置が行われました。200例のクロストリジウム腸炎患者に行われ、治療成績は、良かったそうです。

確かに、昔から命を救うために、感染症の危険を覚悟で輸血などがされていました。輸血よりは、他人の物質を腸内に入れる方がリスクは少ないような気がします。昔は、抗生剤の種類が少なかったので、抗生剤関連の腸炎は少なかったと思いますが、死亡率の高い腸炎が蔓延していましたし、結核などの不治の腸炎などがありました。こうした病気の進展を、腸内細菌は抑えていたのでしょう。

その後、この便移植療法は、治療の対象が拡大されました。学会発表では、健康な痩身者から、糖尿病やメタボ肥満の人に便の移植がされ、良い成績をあげたと、ネーチャー記事に書かれています。