人の腸管は、腸内に常在する細菌によって、免疫的均衡が保たれているという話を、以前(2月12日)にしました。それについて、又、考えてみます。ソースは、Gastroentrology 2011;140の慢性腸炎の特集号です。


セグメント菌と呼ばれる細菌の発見により、腸管免疫の知識が前に進みました。腸内細菌は、腸の免疫活動が行き過ぎないように抑え込む働きがあることは、すでに書きました。


現在、多くの人を悩ませている慢性腸炎(クローン病、潰瘍性大腸炎など)は、免疫的均衡がくずれた時に、発症してきます。これらの病気は、腸管内腔の常在細菌が、病原性を発揮してしまうのではないかと考えられています。健康人の腸管の上皮細胞は、常に腸管内に侵入してくる細菌を見張っていますが、病気が起きてくると、健康時はみのがしていた常在細菌に対しても敏感になり、その細菌を呼び込む受容体を増やしてしまいます。すると、炎症細胞(白血球)などを腸管内に呼び込んでしまい、腸管の発赤、腫脹、などが起こり、腸は炎症状態となります。慢性腸炎が起きると、下痢、発熱、体重減少などが起きてくるようになります。重症な場合では、腸管の穿孔などがおきてしまいます。


それでは、人の腸内に膨大な量で存在し、私たちの腸の健康を左右している腸内細菌は、どのような生活史をもっているのでしょうか?今まで、この知識が深まらなかった原因としては、人類は、腸管にどの種類の菌がどの位にいるのかをしることができなかったからでした。

私たちの腸管には、まだ、名前のつけられていない未知の菌が多数にいるのです。細菌の16SリボゾーマルRNAの解析から、腸内ののぞき見ができるようになりました。

母親の子宮内は無菌と考えられていて、赤ちゃんは生まれてくるときに、母親の産道で最初の菌を得ると考えられています。分娩時には膣の細菌層は、非妊娠時と異なっています。出産時の母親は、赤ちゃんの腸管に役立つような菌の種類を膣内で増加させています。ここにも、人の常在菌の共生関係があります(生物がお互いに助け合うしくみ)。


膣の細菌層は、母親の生活環境を反映しますので、赤ちゃんが母親と同じ菌層を獲得することが大事です。母親からさずかった膣由来の細菌は、赤ちゃんの皮膚、口で増えて、赤ちゃんの初回の便中には、すでにこの菌が検出できます。


ところが、衛生状態が悪い生活環境で母親が妊娠期間を過ごし、出産時は衛生状態の良い社会に移動すると、子どもに免疫異常が生じやすくなります。


帝王切開でうまれてくる赤ちゃんの腸内細菌と、経産道(自然分娩)で生まれてくる赤ちゃんの腸内細菌の種類は異なっています。その後も、赤ちゃんが生下時に母親からもらった細菌が赤ちゃんの腸管内に影響を与え続けます。特に、自然分娩では、母親の産道でもらった菌はその後も赤ちゃんの主要な構成菌となります。


一方、帝王切開では、母親からの菌でなく、赤ちゃんが最初に触れた女性の菌が増えるとデータがあります。帝王切開の赤ちゃんでは、MRSA(メトシリン耐性ブドウ球菌)の感染症が増えやすくなります。


その後、子どもの成長時には、腸内細菌は移り変わって行き、古い菌種は、新しい菌種に入れ替わっています。また、食事の影響も大いに受けます。生活環境からの影響が出てきます。


人種により腸に構造的な違いがあるため、腸管のひだの深みの程度などで、繁殖しやすい菌層は変わって行きます。


一卵生双生児では、二卵性双生児より、腸内細菌の類似性が高い事より、遺伝子も影響をあたえるだろうと考えられています。


成人になっても、菌の入れ替わりは続きますが、その速度は、小児よりゆっくりになります。そして、最後は、加齢につれ、若い成人の腸内細菌から、老人用の腸内細菌に変わって行きます。


しかし、多種類の腸内細菌が変化していく様子の全貌はまだ明らかでありません。腸内細菌が、人の病気とどのようにかかわるかは、研究途上です。