ダルマチア(クロアチアの海岸部分)のアドリア海でバタフライで泳いだ、またダルマチアの山はいわゆるカルスト地形で、石灰岩の山体に背の低い樹木がまばらに生えているだけと、学者をしている友人に伝えました。
すると彼から、古代ギリシャのホメロスの著作にみられる習俗や生活様式が、ダルマチアの山地民であるmorlaccoの人々の中に生きていると、Bajamontiが18世紀末の雑誌論文に書いていると知らせてきました、さすがに学者です。
調べてみるとBajamontiは、スプリット生まれでイタリアのパドヴァの大学で医学などを修めた、医師にして歴史家、哲学者にして作曲家という万能(18世紀のルネサンス人のよう)の人だそうです。
ダルマチアのスプリットは、ローマ皇帝ディオクレティアヌスが退位後に宮殿を作って余生を過ごした街です。
彼は、スプリットの近くで解放奴隷の息子として生まれ、皇帝にまで成り上がり、皇帝としては珍しく存命中に退位して、故郷に近いスプリットで余生を過ごしたそうです。
その宮殿に行きました。
彼はキリスト教を激しく弾圧したので、後世のキリスト教徒からひどく憎まれたようです。
宮殿から彼の肖像や墓などはすべて破棄され、その彼への当てつけか、宮殿内に立派なキリスト教の大聖堂が作られていました。
なおmorlaccoをネットで検索するとチーズやワインの話しばかりが出てきます。
彼らの末裔がイタリアでチーズやワインを作っているのかもしれません。
ダルマチアで4日過ごして猫は沢山見たが、ダルメシアンを一匹も見なかったのはなぜだろう。
たまたま京都から出てきていた友人にそう話したら、「高知に行ったけど土佐犬を一匹も見なかった」と言っていた。