朝一は書画の勉強会です。

難解な講義も、この頃は半分ほど、頭を掠めるようになりました。

今日で言うと、狩野探幽とか土佐光起とか、名前の出た昔人のお軸を持っているのです。

そんな実利以上に、皆さんの真摯な姿勢で心洗われるのが嬉しい。


店に帰り、必死で配置換えをしてると、後輩がやってきます。
「あんまり暇やし、遊びにきました」
「あら、私は忙しいけど」と笑いながら言えたら、どんなに良いだろう。😅


もっとも、ご来店の誰かとゆっくり話すのは嫌ではありません。

でも彼と話すと、必ず後で地団駄を踏む。


大抵が自慢話なのです。

それも陳腐で独りよがりな。😰😭😡

さっき迄の仲間とは真逆な世界。

時間を奪った上に、私の精神に泥を塗るなー!


愚痴る相手は夫しかいません。

「あんな自慢話、場末のスナックで、散々ボラれて、やっと聞いて貰える話よ。

祇園だったら、ボラれるにとどまらない。ピシャリと嫌味を言われて恥をかくだけ」

夫は苦笑い。

 

以前はこうでは無かったのに、どうしたのだろう?

最近特に酷い。

若く見られて困ると力説する彼に、たまたま居合わせただけで、

「ちっとも! 年そのものじゃない」

言い放った方も。😅


 老人力というか、認知症の始まりかも?と危惧するほどです。


腐っていたら、凄腕の先輩業者さんが、前を通ったからと、立ち寄って下さいました。


 目ざとく、奥に飾ったばかりの、とっておきを見つけます。



「ええお雛さん持ってはるなあ。
さっき○○さん(←李朝や古伊万里に強い大物業者)とこ行ったら、あそこもええの飾っとったよ」
「○○さんもお雛様を飾るのですか?
専門は焼き物ですよねえ?」
「骨董屋は皆、古いお雛さんが好きなんや。
非売品やいうとったなあ」


褒めて頂いたのは、以前もご紹介した、江戸中期のお雛様。
特に次郎左衛門の芥子雛、雅楽の五人囃子は自慢です。






実は、何時もの大きなケースに入れたままだったのを、後ひと頑張りと自分に鞭打ち、ここに出したところ。

単独で飾ると、流石の存在感です。
頑張って良かった!
我ながらうっとり見ています。

あ、私も自慢してますか?
後輩に苛立つ権利はない?
これも老人力で、「人のふり見て我がふり直せ」ですかね。😅😆

書画の会の仲間も、誘ってしまった。
「古いお雛様を色々出してるから、見に来て」

近くの会館である、来週のお稽古帰りに、立ち寄るそうです。