先日子どもの英検を車の中で待っている間にお昼ご飯🍚

職場の受付が終了直前にバタバタして、午前診がのびて間に合わないかと思いました笑い泣き


土曜日あるあるですね笑い泣き

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忙しい土曜日のお昼ご飯の定番ちゅー


私は仕事で家にいないことが多いので、母のとこに届くようにしますニヤニヤ


おばあちゃん、子どもたちのお昼ご飯よろしく〜デレデレ


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継承したクリニックは赤字経営笑い泣き


さあどうしましょうゲロー


前院長がクリニックを開院した30年以上前は、この付近には他に整形外科もなく、元気な団塊世代がたくさん住んでいました。

 

近所に某大手鉄道会社の社宅もあり、クリニックは大繁盛していたそうです。

 

古いスタッフの話しでは患者数は200人/日は余裕で超えていたそうです。

 

ですので、前院長は順調にローンを返し終えて、クリニック経営は安定していました。

 

近隣に競合ができてからも、患者数は多少減ったものの、診察する人数が適正化されただけでまだまだ順調だったそうです。

 

 

コロナ禍となった当初も特に経営に問題はなかったそうです・・・

 

大きな陰りがみえてきたのはコロナ禍○年目・・・

 

近隣のクリニックではコロナの検査やコロナワクチンを接種するなど、補助金をうけながら経営をされていました。

 

が!!

 

うちの義父は年齢のせい(後で考えると、スタッフの反対もネックだったのでしょうが・・・)で、コロナ関連は全く手つかずでした絶望

 

この影響が○年目に現れてきました。

 

そして、この頃義父が夫に「だいぶ身体もしんどくなってきたので手伝ってほしい」と言ってきたのです。

 

年齢的に考えて、もっと早くに言ってもらいたかった・・・チーン

 

それに、そう言ったのなら、その場で全てを開示して夫に現状を教えてもらいたかった・・・

 

 

 

 

実は夫があまり積極的に義父に内情を聞かなかったのには理由があります。

 

もう少し義父や義母が若い時、夫が両親に今後の計画について聞いたことがあるのです。

 

そのときに義父母(私の記憶では義母の方が特に)が激しく反発してきたのです真顔

 

涙ながらに「自分たちをそんなに早く死なせたいのか??」というようなことを夫に抗議してきたのですチーン

 

その時から、夫はこういう話しを両親としなくなりましたあせる

 

夫は繊細な部分があるため、こういう場合は心のシャッターを閉じてしまうのですネガティブ

 

まさにその典型的な出来事でした。

 

 

 

 

 

コロナ禍○年目にはコロナと戦ったクリニックと明暗がわかれました。

 

そしてクリニックは赤字へと転落したのですチーン