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今朝はせいじがお伝えします。

今年の冬は暖かいなと思っていたら急に寒くなり、私の体調が悪くなってしまいました。本当に寒さには弱いですね。
そして、新型コロナウィルスが拡大してます。早く鎮静化してもらいたいと願いますが、4-5月頃がパンデミックだとの予想もあり、5月のギリシャもこのままでは考えないといけないかもしれません。

今読んでいる直観の経営の中で現象学者の山口 一郎氏の現象学に対する解説を読み返している。面白いのだが、一方で理解が落ちない箇所もありこんな事なんだろうかと思案しながら読んでいる。

以下が私の読んだところまでの要点である。

現象学はフッサールが創設した哲学である。

現象学は自然にしろ、精神にしろ、その豊かさが失われないように、できるだけ「与えられているそのままに」、つまり、「私たちの経験に現れているままに」受け止めることから始めようとする。

これは、現象学は自然科学研究をそれとして受け止めた上で、そのすべてを取り込み、それを現象学に統合していこうとする。

この「経験に現れていること」を出発点にするので、この哲学は現象学と呼ばれる。

現象学は「各自の自分の経験のありのままに向かえ」と言うことで「事象そのものへ」と言う。

具体的には、「各自に与えられているがままの経験」の中で、誰もが納得できる疑いのない「ありのままの経験」として、誰もが心の中で直接、実感している「感覚」と言う経験、つまり「感覚という経験のありのまま」に向かいましょうという。

「感覚の経験のありのまま」とは、五感に代表される各自の「感覚の世界」を意味する。

この感覚の世界の第1の特徴は、誰に何と言われようと、「自分がそう感じている」というのに疑いのないこと。どんな感覚であれ、そう「実感」されていることに間違いはない。

感覚の世界の第2の特徴は、各自別々に与えられていると思われているが、実はそれを他の人も一緒に共感しているということ。

このように現象学は、私たちが疑いなく感じられる「感覚の世界」を出発点にするわけだが、現象学は様々な問いに対して、それらの事柄(事象)について、時代と文化空間を超えて変わらない普遍的な「本質」を見極められるという。

そして、その本質を直感するための方法を持っている。このことを現象学では、「本質直観の方法」と呼ぶ。

現象学においては抽象的な概念でさえ、個々人の感覚と密接に繋がっている。
その時、私たちは「自分の感じをどのように言葉にしているのか」を学ぶ必要がある。

現象学において「感覚と言語の関係」について考える時、異なる時代と文化空間における「感覚と言語」の関係を明らかにすることを通じて初めてその事柄の本質の正当な理解(本質直観)に至る。

自らにとって疑いきれない「感覚の世界」を出発点にしながら、そこで「実感」によって与えられる世界の成り立ちを問い、さらにはそこで使われる言葉の使い方の違いをはっきりさせることで、その違いを超えて、その本質を的確に理解するやり方こそ、現象学における「本質直観」の方法と呼ばれる。

本質とは、「それがそうあるためには、欠かすことのできない性質」を意味する。
直観とは、「それが絶対に間違いなく意識に明白に与えられている」という意味である。

「本質直観という時、それが自分一人で確信できる個人的な直観ではなく、他の人々と共有しうる「普遍的に妥当する直観」ある。フッサールとメルロポンティは「感覚の本質は共感にある」と述べているが、この時「共感」という以上、それは複数の人が感じられていて、しかも同じような感覚であることが保証されていなければならない。

フッサールとメルローポンティによれば、「共感」とは、「自分と他者との区分がつく以前に、したがって、「自分の感覚と他者の感覚の区分がつく以前に、いわば一つの融合した身体の中で生じている感覚であり、その融合した身体において共有され、共に生きられている感覚である」とされる。

生まれたばかりの頃は4ヶ月頃までの赤ちゃんは自他の区別がつかず「融合した身体」である。
そして、私たちは成長するに従い、融合した身体から自我の意識が芽生え、私とあなた、私と物という人称区分がつくようになり、「一人称の自分」は第三者による評価が下される「一人称ー三人称関係」における一人称の自分ということになる。

そうした区分ができるようになってからも自他の区分がなくなる状況を経験することがある。人の目を気にすることなく、我を忘れて集中できることがある。
「我を忘れて、物事になりきる無心や無我」と言われる精神状態に近く、「無我の境地」と呼ばれたりもする。
つまり、「我を忘れる」とは、大人の段階での「自他の区別がつかない」状況である。

第三者による評価がくだされる「一人称ー三人称関係」における一人称の自分が出来上がってからの「共感」とは、まさに「我を忘れる」集中した活動性の最中で生じるものであり、そうした時にこそ、「共感」は個別の身体を超え、二つで一つの身体となり、「一つになった運動感覚の共感」が絶対に疑い得ないものであると私たちは確信することができる。

そして、本質直観との方法と並んで現象学の方法として重要となるのが「現象学的還元」の方法である。
簡単に言えば、「ありのままの経験に立ち戻る」という方法である。
「ありのまま(もともと)の領域」に「立ち戻る(
立ち還る)」という意味で「現象学的還元」という。

現象学は自然にしろ、精神にしろ、その自然や精神の経験の豊かさが失われないように、できるだけ「その経験に与えらているそのままに」受け止めることから始めようとすると述べた。
とはいえ、この「ありのままの経験」とはそもそもどんな経験のことなのか?
「ありのままの経験」に戻るという「現象学的還元の方法」は、本質直観の方法を使うための前段階、ないし、準備段階の方法である。
どうして「本質直観の方法」がその前段階として、現象学的還元の方法を必要とするのか。
それは、私たち日常生活での経験は、様々な先入観や思い込み(憶測)によって覆われており、それらの先入観や思い込みを取り除き、それによって露呈する「ありのままの経験」の領域を獲得した上で、初めて本質直観の方法を活用できるのだ。

そして、現象学的還元とは、いったん知的判断を停止し、知的能力をカッコに入れて使用しないでみる、ということである。この判断停止とカッコ入れによって、先入観や思い込みなどから自由になるという指針を意味している。

例えば、「物理的に計測される空間」のどこを探しても空間の経験の意味は見つからない。なぜなら、2人の人が対面している時、一方の人にとっての右は、他方の人にとっての左である。一方の人にとっての右の空間に右という意味が貼りついて絶対に間違いないのなら、他方の人にとって左という意味を持つはずがないからだ。

それならば、私たちの「ありのままの時間と空間の経験」にとって決定的に重要なことは何か。それは、時間の意味と価値であり、空間の意味と価値である。

そして、この数量で計測する物理量の世界に見出すことのできない経験の「意味と価値」についてこそ、現象学の考察が開始される。

現象学は、複数の人々の間に共有される言葉の意味と表現された価値がどのようにして言葉として通用するようになり、そこでどう共通の価値観が形成されるようになるのか、その意味と価値の生成する源泉に遡ろうとする。

私の今の理解はこんなところである。

2020年5月29-31日、今年も加計呂麻島での百武さんによるゲシュタルト療法スーパーヴィジョンを開催します。現在7名の申込みです。
興味ある方はFacebookからご確認ください‼️


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気づきのワークショップ

~ゲシュタルト療法体験ワークショップ~


1.日時:2020年2月29日(土) 

13:00~17:00


2.会場:ギャフネットワークスペース

tel.080-3375-6349 鹿児島市中央町12-10 駅前山下ビル202号(パークホテル裏「白坂病院」前)


3.ファシリテーター

中川 清美


私たちは日々何かを抱えて生きています。

私たちはどうすればわたしの人生を活き活きと歩むことができるのでしょうか。


それは、私たちの抱えている悩みや問題に気づき、そのときの気持ちや感覚に気づくことが重要です。


"今のわたしの状況に気づく"、"今のわたしの考えに気づく"、"今のわたしの気持ちや感覚に気づく"...


気づきが増えれば、私たちがこれまで慣れ親しんだパターンからこれまで体験したことのない新しい体験へと変化することができます。


例えば、わたしが怒っていることに気づけば、自分の意志でこれをやめたり、あるいは増幅したりできます。

しかし、気づかなければ怒っていることさえもわからないかもしれません。


気づくことは私たちに選択の自由を与えてくれます...

気づくことは私たちに新しい自分との出会いを与えてくれます...


是非この機会に気づきの素晴らしさを体験してみてください。


4.申込み方法

以下へお申込みください。

gestalt.kagoshima.2014@gmail.com


必ずあなたに気づきが起こることをお約束します! 



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