おはようございます❗️
ギャフネットブログへようこそ。
火曜日は せいじ がお伝えします‼️
今個人ブログで鹿児島のゲシュタルト療法の変遷について書いてます。是非それも読んでみてください❗️
今日とあさってのこのブログで、ゲシュタルト療法とともに私たちの大切にしているフォーカシングとの出会いについて書きたいと思います。
フォーカシングと言う言葉を知ったのは産業カウンセラーの講座へ通っていた時、実技試験を受けるのに何かいい本はないかと本屋で探していた時。
アンワイザーコーネル女史の"やさしいフォーカシング~自分でできるこころの処方"と言う本が目に止まった。
中身を見た時、自己内対話のような感じのわかりやすい本であり、私は実技試験対策で購入した。
その後はフォーカシングに触れる機会もなく時は流れていく。
そして、産業カウンセラーの資格を取ったが傾聴のできない自分のスキル不足に悶々としていた。
その頃、池見 陽さんの"心のメッセージを聴く"と言うフォーカシングの本を読む機会に恵まれた。
その本を読んでフォーカシングの魅力に魅せられた。時を同じくして私と同じような感覚を持っていたのが有村 凛ちゃんだった。
ちょうど2003年の春頃だったのではないかと思う。この頃はまだ、ゲシュタルト療法に出会っていない時であり、歴史からすればフォーカシングの学び始めの方がゲシュタルト療法よりも少しだけ早い。
そしてどのようにしてフォーカシングを学び始めたかということだ。私はこのことが非常に大きかったと今でも感じている。
結論から言うと、
2003年5月頃から私と凛ちゃんの二人で毎週末1回、池見 陽さんの"心のメッセージを聴く"と言う本だけを頼りにフォーカシングの学びを始めた。
一冊の本を頼りにああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返し、ある時はぶつかり合いながら私たちの自己流の解釈でフォーカシングを学んでいった。互いにカウンセラーとクライエントになりセッションをやり続けた。
週1回を1年間続けた。今思えば、よく一冊の本を頼りに1年間やり続けたとつくづく思う。
この試行錯誤しながらやり続けたことが今も私の奥底に自信となってどっしりと座っている。
そして、学び始めて1年後、私たち二人が1年間やり続けたことが本当に正しかったのかを確認したい気持ちになった。
だから鹿児島にフォーカシングの講師を呼ぶことにした。
何人かの講師にアプローチし、最終的には東京女子大の近田 輝行さんが快く引き受けてくれた。
そして、鹿児島での初めてのフォーカシングワークショップが霧島で開催された。
この続きは木曜日に❗️
To be continued...
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