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火曜日は せいじ が担当します!
わたしたちは一体どこに生きているのだろうか...
"そんなのは当たり前だよ、この世の中しかないだろう"...と言いたくなるかもしれない。
過去でもなく、未来でもなく、今この現実の世界に生きているはずだ。そこではわたしたちは苦しんだり、悩んだり、恐れたり、楽しんだり、喜んだり...しているはずだ。
しかし、実際はこの現実の世界に生きていないことが多々ある。
過去の出来事を引きづり...未来のまだ起こるともわからない出来事を想像し...
何かの感覚が起こるとその感覚から避けようとする。
生きている世界は現実の世界だとは頭ではわかっているが感覚はそうではない。
だから、わたしたちはこの感覚に触れることを避けることにより...苦しみや悲しみ、恐れという感覚ばかりでなく、喜びや楽しみという感覚をも感じないように避けるがために思考とコンタクトを取ろうとする。
どのように避けるかというと...簡単だ...思考の世界へと逃げ込み、瞬時にその感覚に触れないようにコントロールするのだ。
その瞬時の切り替えの早さは見事と言わざるを得ない。
それは、感覚という層があり、それを何かもう一つの層が覆っている。その覆っているものの上から感覚に触れようとした瞬間に思考へのスイッチが入り、感覚には絶対に触れられないのである。
感覚に触れるということは何を意味するのだろうか。
痛みや苦しみ、喜びと言ったこの感覚は必ず何かの実感を伴うものである。それは、わたしが今この現実の中でしか経験できないものである。
胸の痛みは実感としてそこに痛みがあるのだ。苦しみや悲しみ、喜びにしても感覚に触れるということは、良くも悪しくも今この現実の世界にわたしが存在することを意味している。
過去の痛みが今わたしの感覚として実感できるのなら、その痛みにそっと触れてあげることが必要。
それは、優しく、その痛みの"痛み"をあなたがわかってあげる...その痛みをあなたが優しく包み込むように抱きしめてあげる...
そんな感覚とのコンタクトをすることで、あなたはこれまで触れることを避けてきた感覚に触れることができるはず。
それはあなたの大切なものを傷つけないように、そっと触れてあげるようなもの...
その感覚に触れるのを急ぐ必要はない...ゆっくりゆっくりとスローモーションのように触れてみる...
あなたの中の何かが必ず変わるはず







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