繰り返す自問自答
見つからない答え。
妻は死を望んでいたのではない。
生きる意味が一瞬分からなくなってしまった。
私の存在が死をとどまる事にならなかったのか。それすら考えられなかったのか。
こうだったのか。そうじゃない、と繰り返し答えを探すがどれも納得しない。
もし妻が手紙を残していたら、そこに答えがあったら、納得出来るか。
妻の事を分かっているつもりで、本心、全てを分かっていなかったのだろう。
どんな答えも納得しない。
答えが欲しいのに身勝手。
本当に欲しい答えは分かっている。
共に生きて欲しかった。
傍に居て欲しかった。
楽しい事、嬉しい事、たまに喧嘩や仲直りし、もっと一緒に居たかった。
叶わぬ答え。
妻は私を常に心配し、いつも味方だった。
私は、この期に及んでも○○して欲しかった、と求めてばかり。
救えなかったくせに言えないが、どんな理由でも逝くのはダメ。
自ら逝った事は許せない。
愛するからこそ許せない。
あなたは生きる意味に迷ったかもしれないが、ただ生きてくれているだけで私にとって大きな意味があった。
でもあの頃は何をどうしていれば、妻を癒し救えるかが分かっていなかった。
未だに分かっていないのかもしれない。
それぞれの感情
母を失った哀しみは計り知れない。
私は両親共に健在。
我が子が生きていくなかで一生背負う淋しさ。
クラスの子達には母が亡くなったこと言わなくて良いとの事で先生に配慮頂いた。
母子共に小さい頃から仲良くして頂いた方だけに連絡し、自宅までお焼香に来て頂き涙を流してくれて本当に感謝しかない。
子はこの先、母が居ない哀しみを幾度となく感じてしまう。
「お母さんは?」
「何で亡くなったの?」
悪気がなくても聞いてくる人はいるだろう。
子はその度に、思い出し何故、母は私を置いて逝ったと感じる。
もし悪戯に執拗に意図的に子を傷つける言動があったとしたら、私は全力で、その発言者を潰しにいくかもしれない(汚い言葉すいません)
でも私の知らない所で、子だけが傷つく事が多々あるだろう。
その時、子が母と同じ運命を選ぶかもしれないと感じる時もある。
私自身が不安定なのに子に一生懸命に生きろとは言えない。
優し過ぎると抱え込んだり、頑張り過ぎて心が疲れてしまう。
適度に、自分勝手にわがままに、ただし人に迷惑を掛けず、楽しい、嬉しい、時には悲しいを乗り越え、無理せず生きて欲しい。
反抗期も来ない気がする。
妻が居たときも荒れるような反抗はなかった。
多少言うと拗ねて部屋に少し籠り、しばらくして何事もなかったようにって感じだった。
この先、親子二人、拗ねる事は多々あるが子は我慢し、私も余程の事が無い限り強く言うことも無いだろう。
お互いがお互いを、喪わないように。
私の命がある限り。
子を守る事を妻も望んでいるのか。
それとも淋しいから早く来てなのか。
私は子も逝くかもしれないという葛藤が永遠に続く気がする。
同期に感謝
年末以降、コロナの影響で少人数でも飲み会、集まりは自粛で禁止。
信頼出来る同期や、仲の良い部下は「いつか行こうね。焦らず、行きたくなったら言って下さい。先ずは最初に飲み行けたらいいな」と。
あの部下の発言とは雲泥の差。
私が、彼に嫌われている可能性も否定出来ない。
妻が亡くなった時、上司が私の喪失を感じ、休み期間中、みんなにしばらく連絡しないようにと箝口令を敷いた。この上司も一緒に悲しんでくれた方で感謝。
箝口令を気にせず同期だけは3日後の朝から毎日定時連絡をくれた。
同期「生きてる?安否確認だよ~。迷惑かもしれないけど暫くかけちゃうよ」
ストレート過ぎる。
電話口で泣く私の後悔を聞いてくれた。
同期は電話口でただ相づちをうち一緒に泣いてくれた。
私「ゴメン毎日泣いてばかりで」
同期「いいよ。泣きなよ。気にすんな」
責めたり、頑張れとも言わず、ただ頷き聞いてくれた同期に感謝。
でもいつまでも、重い姿、発言は聞かせられない。妻が亡くなり10日後に職場復帰。
もう少し休むよう提案もあったが、ずっと家に居たいような、気を紛らわしいたいような複雑な気持ちだった。
みんなは日々、前向きに生きている。
私は妻を失った日から時が止まってしまっているように感じる日もある。
でも日々は訪れ、気持ちの葛藤が繰り返され、押し潰されそうに、でも生かされている。