遺された私の生きる意味 -29ページ目

月命日

月命日は有給休暇で妻の傍に居る。

上司も休む理由を察しており、たまたま会議の日と重なった月命日も休ませて頂いた。


会社って有休使えるじゃん。

今更ながら感じた。

妻と平日デートもっとすれば良かったな。


いづれ、いつまでも月命日に休むな、また会議と重なった時は駄目と言われてしまう?

分かりました休みませんって屈してしまうのか。

月命日は、一緒に過ごしたい。


とくに何かするわけでもなく、花を飾り、1日、傍でボーッと過ごす。

妻との貴重な時間。


月命日の過ごし方はそれぞれあると思う。

私なりの自責、後悔、償い、想い出にひたる。

許しや解放を得られるわけではない。


もしあの日、私が帰宅前に子供がふと目を覚まし、妻を探して最期を見てしまっていたら一生のトラウマだったろう。

私が最初で良かったのかもしれない。


あなたが将来や様々な不安に感じていた絶望からは解放されたのでしょうか?

私はあなたが居ないことが一生許されない後悔絶望です。





勇気がない

通勤中、家に居る時、場所を問わず突然あなたの最期の姿が甦る。


私の心の中で、妻は居ないのにお前はまだ生きているの?と問いかける。

叫びたい、泣きたい、気が狂いそうになる。

もうとっくに狂っているのかもしれない。


でも周りに人が居てギリギリ冷静に感情をコントロール出来る。まだ大丈夫だろう。


私の中の誰かが私が自ら逝くのを待っている?

まだまだ追い込まれかたが足りない。

一瞬、逝きたいと感じる時もあるが私には自ら逝く勇気なんてない。


私は残されてしまった寿命を経過していくのを待っているだけ。

それすら否定しかける自分自身もいる。

でもやはり逝く勇気はない。

時には勇気の無さも良いのかも。



断捨離

妻が亡くなってから、悲しさ虚しさ当たりどころの無い感情が未だに繰り返される。


仕事、料理、洗濯、掃除、子供の弁当作り、気を紛らわす事はいくつもある。でも休日、一日中、没頭するわけでもなく、家事をしながら妻が居たらなと感じる。


断捨離開始。

と言っても、妻の物は何一つ捨てたくない。

私の身の回りの整理。

着てない洋服、昔から着てる洋服。

体は一つしかない、どうせ今後、頻繁に出掛ける事も無い。

私は昔から服に無頓着だった。

学生時代から着ていた同じ服を長年着たり捨てられなかったり。


整理をしているなかで、妻が買ってきてくれたものばっかだ。

妻「同じものばっか着ないで~」

私「誰も見てないよ」

妻「お義母さんから自分だけ洋服買って息子は同じものって思われちゃう」

私「そんなの気にしなくて平気だよ、言うほど○○ちゃん(妻)も自分の服買わないよね」

妻「ダメ、これ着て行こう。お互い倹約だし趣味貯金かな」


私のために選んでくれた洋服、どれも思い出深く、結局、学生時代からの服や長年着た洋服のみ断捨離。

あとは学生時代の書類、プリントやら、私は昔から他の人からしたら無意味なものばかり残し捨てられない性格だった。


色々整理する中でアルバムの写真やプリクラ、昔妻から貰った手紙に涙し会いたくなる日々。


未だに妻の物は整理せずそのまま。

遺書がどこかにあるかも。見たいような見たくないような。

今更だが、妻が当日着ていたジャージのポケットに何か入っていたのかもしれない。

でも、警察署で最後に見せられたのは延長コードのみ。

刑事「こちら持ち帰られますか?」

私「いりません」

刑事「責任持って処分します」


着衣について病院、警察署から何もなかった。

もしかしたら私が更に絶望するような手紙、メモがあり配慮したのか今となっては分からない。


まだまだ家に残された妻のもので想い出にひたり悲しみ愛し懐かしむ。