遺された私の生きる意味 -10ページ目

2024年感謝

今年も残り僅かです。

世の中はクリスマス、忘年会が過ぎ、長~い冬休みと楽しいイベントが目白押し。

それを尻目に私は日々、色々な感情(葛藤、後悔、自責の念)を抱え、浮き沈み、仮面を被り(自分を偽り)なんとか過ごしている。



亡き妻へ
救えずごめんね。
何故、自ら逝くのか
何故、私と子を遺して逝くのか
と時には理不尽な怒りすら感じてしまい、それでも私は結局、生きてしまっている。


子供への責任
思春期に母を失い、家族を感じさせることもできず、外食に行っても他の家族連れをみて虚しさを感じさせてしまう。
そして将来への希望も失わせてしまった。

夫、父親として失格…

今を生きるって大変
子供を育てるって大変

私の残りの人生はさておき、
子が少しでも将来に希望や明るい未来があれば良いな。



先日、年一回の健康診断(人間ドック)を受診
昨年より4キロ痩せた
体質なのか、なかなか増えない。

体重測定のあとの腹部エコーへ

エコーやる前に、体重が激減したカルテを診た先生

「癌かな?あまり体重落ちるようなら具体的に病院で診てもらった方が良いわよ」

エッ!?

まだエコーやバリウムをやる前に、体重が落ちただけ…


この先生、年一回、人間ドックでしか会わないけど、良い意味でストレートな発言?(^_^;)

とりあえず毎年、バリウムもやってるが昨年までは異常なし。
今回の結果はまた後日、どうなるやら。



最近の私のブログ、暗い似たよう内容ばかりで、違う内容も書きたいと思うけど、うまくまとめられず。
最近の近況?
昇進試験?
子の病気?
先日、妻の洋服・愛用品…(私だけの物ではない?)

色々と綴りたいけど、文才や語彙力もないから文章をまとめられず。
いつか吐き出し綴りたいと思いつつ闇落ちばかり。
それでも、いいねを頂き、救われます。
ブログは1人で吐き出しなのに、共感しあえる居場所です。


最近は以前よりブログ更新も減ってしまった。

私の吐き出し(闇落ち)ブログがお目汚しになっていないか
不快に感じさせていないか
そんな私が皆様にいいね、も失礼かな。とか

でも読んだら、やはり、「いいね」=共感、したくなる。



色々な葛藤から、結果的にログイン、更新、みなさまのブログの閲覧も減ってしまった。

ブログを始めた当初から散々、自己中に吐き出したり、以前は人様のブログにコメントさせてもらっていたけど


突然妻を失い
奈落の底に落ちたあの頃の私は、
色々な検索をしていた。

宛名のないメール?
NHK大切な人へメッセージ?
何を検索しても解決せず満たされない私の心

そしてアメブロにたどり着き、
みなさまのブログを読み漁った。

そしてブログを書き始め、
孤独の吐き出しのはずが、
いつの間にか、
承認欲求がでていたのかもしれない。

孤独は辛くて
誰にも言えない葛藤
誰かに聞いて欲しくて
誰かに見て欲しくて
唯一、私が存在できたブログの世界

みなさまに、いいね、コメントをもらい、一人ではないように感じられ、救われています。


温かいブログの世界のみなさまに、感謝です。
2024年も終わり、また様々な季節を迎えますが、2025年、みなさまに良いことがありますように。


Hilcrhyme
春夏秋冬



辛いな

吐き出し


毎日何のために生きるのか

未来への希望もなく、終わりの見えない日々



相変わらず憂鬱な日々、毎朝モヤモヤを抱える私。


子は体調悪いと学校を休み、私は何をすることも解決策も見つからず、そんな不安定な日々であろうが仕事をしなければならない。


宝クジで高額当選したら働かず、子に貯金を残して私は、もう逝けると無意味な妄想を抱き、結局日々働かなければならない。



妻に先立たれた時点で私の未来は終わっていたのだろうか。


もし妻ではなく私が先に逝っていたら、妻と子は妻の家族と、それなりに生活できていたのかもしれない。


思春期の子に必要なのは母親だったのかな。

しんどいな、毎日、キツイ。

もう私も色々限界って伝えたい。

でもそれを聞かされた子はもっと限界になるだろうし、同情論で彼が学校に行くわけではない


だから私は辛く、心が潰れそうでも、言えない。子にも親族にも言わない。

妻を救えなかった私が、先の見えない未来に絶望だろうが何だろうが与えられた使命という十字架


ブログに書き綴り吐き出すだけ


遺された私、何のために働くのか

何のために生きるのか


妻の死は、私の全てを否定したように感じる。

しんどいな


お酒でも飲んで、忘れてゆっくり寝たい…

そもそも私は家で晩酌しないか


One more time One more chance

ここ最近、様々なことがありました。

あることで気持ちが落ちて、違うことで少し上がって、また翌日落ちて、心が押し潰されそうで、誰かに話したい、聞いて欲しい、でも誰にも話せない。




あの夜から、3年


コロナ禍で煽られ、閉鎖的な世の中、と同時にさらに鬱ぎこんでいく妻へ何もしてあげることができずに、私は明るい未来を信じ、現実から逃げていたのだろう。



今の現実を想像できていたら、一人で逝かすことはなかったかもしれない。

直ぐに追っていれば、後悔、自責の念から解放(逃げれた)かもしれない。


もしあの日、私が帰宅前に、息子が目覚めて起きて、どこにもいないママを部屋中探して先に見つけてしまっていたら…

私が先に見つけてあげられたことは、良かったかもしれない。良くないけど。


息子には本当に申し訳ない。

母を自死で失い、絶望的な経験をさせている。


妻と出会った頃に思い描いていた未来予想図?!

妻を突然失い、救えなかった私の罪、こんな地獄絵図は思い描いていなかった。



妻と息子の笑顔、未来を守れなかった


もし私が存在していなければ、

妻と出会うこともなく、

妻も誰かと幸せに生きていたかもしれない。



今、私が自ら逝くのは怖い。

でもその怖さは、一瞬の恐怖で、その先は天国か地獄なのか。


妻を救えなかった自責の念、葛藤を抱え、まだ生きるか。

大切な人を救えなかった私が、生きることは赦されるのか


生きていると色々なことがあり、ふと、終止符を打ちたくなる時もある。


あの時、妻が感じたであろう、生きる無意味さ、生きづらさ、分かる気がする。



あの日の数日前に

「一緒に死のう」と言われた。

「一緒に死のう」と優しく応えて、家族で逝っていたら、こんな苦しい日々を送らずに済んだはず


それでも、あの頃に戻れたら、私は…

「一緒に生きよう」とまた繰り返し言ってしまうかな。

いや、一緒に逝くべきなのかな


あの夜、助けられていたら…

もし、助けることができていても、すべてが解決するわけじゃない。

むしろ、さらに生きづらさを感じさせてしまい、また…


人の死は何の前触れもなくやってくる。

ましてや自ら逝くこともできてしまう


なぜ、見つからない答え

なぜ、聞くこともできない応え


救えなくてごめん、届かぬ想い



息子、精神的に疲れた…ってさ


あの日から一人親でも頑張ったつもり…

私の自己満足に過ぎなかった。


思春期で母を亡くした息子のグリーフケア、どうしてあげれば正解だったかな。


本当は、周りに頼りたかった。

辛い、悲しい、もっと泣きたかった。

助けて欲しかった。

でも翌日からは一人で炊事洗濯家事をこなさないといけなかった。


案の定、親族は、あっというまに、当たり前だけど直ぐそれぞれの生活に戻り、夫婦で連れ添い、子供もいて…


もう疲れたな

3年の月日、私になりに頑張って生きたかな




歌 山崎まさよし

作詞:作曲 山崎将義