こんにちは、りこみです。

 

6月半ば、建仁寺の塔頭である

両足院を訪問しました。

 

初夏の特別拝観として

5/29~7/12まで 12~16時で

拝観できます。

 

 

奥が書院なのですが

右側のお部屋がお守りづくり体験が

できる場所になっており、順番待ちが

発生するほど人気でびっくりしました。

オンリーワンのお守りは

魅力的なようです。

 

 

書院の手前も美しい枯山水庭園になっていて

よく見ると、まるで富士山のような

砂紋です。

 

 

方丈では、

オランダのテキスタイル作家さんによる

作品が展示されていて

そちらも楽しめました。

 

主張しすぎない上品な作品と

控えめに生けられた紅葉が調和して

引き算の美が感じられました。

 

 

僧侶たちがまとう袈裟など

両足院の古布を素材にした作品だそうで、

布を割いて編み上げた大きな作品も…。

かつて、ここで時を過ごした古布が

作品という形で甦ったせいか、

この空間に違和感なく

溶け込んでいて不思議な気がしました。

 

 

方丈前の苔の美しさには

見とれてしまいました。

ふかふかで艶があります。

そして力強い石組と松。

 

このお寺は

半夏生の庭がかなり有名ですが、

実はこちらの方丈前庭もかなりいい

というのは嬉しい想定外でした。

 

 

印象的だったのが垣根の高さです。

生垣というには高すぎるほどの樹木が

きれいに刈られて

あちら側の視界を遮っていました。

 

 

あの門の手前から池が始まっていて

この先の書院へ向かうと

鶴の形をした池と白い半夏生が一面に広がり

とても開放的な眺めに変化します。
 

(方丈から見た眺め)

 

左に見えるのが

座って庭を楽しめる書院。

正面に見えるのが茶室で

呈茶を頂くプランの方だけ

庭を通ってあちらでゆっくりと

お茶を頂けるようでした。

ゆったりと贅沢な空間です。

 

 

半夏生(はんげしょう)

初夏に葉が白く染まり、

でもやがて緑に戻るという不思議な葉。

葉の表だけが真っ白で

裏側は緑のままなのも謎めいています。

 

この日は好天で

白い葉が発光して輝くようでした。

一瞬、太陽が雲に隠れただけで

さ~っと庭のトーンが変わりました。

 

 

一番人気があるのは、やはり

半夏生の池を正面から眺められる書院。

訪問したときは人が多かったので

最後にこちらで庭を楽しみました。

茶道の薮内流5代・竹心紹智(江戸中期)の

作庭だそうです。

 

涼し気な庭を眺めていると

時がたつのを忘れてしまいそう。

 

 

掛け軸のような眺め。

庭も建物も隅々まで行き届いていて

禅寺としての美意識と

茶の湯の美意識が見事に

混ざりあったような…。

 

心身共に清められるような

背筋が伸びる心地よい空間で

丁寧に生きるって大切だなという

気持ちにさせてもらいました。

(この気持ち、長続きしないので

定期的に美しい場所に足を運びたい泣き笑い

こんにちは、りこみです。

 

建仁寺塔頭である霊源院が

1か月間ほど

特別公開されていたので

終了ぎりぎりに行ってきました。

(6/14で終了しています)

 

 

建仁寺の塔頭で、

建仁寺山内の東南端に位置するのですが、

山内からは直接行けず

いったん道路に出て、

目立たないところに入口がありました。

 

(キーヤンさんの仏絵)

 

特別公開中はガイドさんがおられて

詳しく説明して下さいました。

 

ここは修行の場、学問の場として

昔も今も全国から多くの僧侶が

やってくるそうです。

 

かつては、

当時13歳くらいだった一休さんや

今川義元、また7代将軍 足利義勝も

こちらで修行をしたといいます。

(10歳で亡くなった若き将軍。この前、

等持院で彼の木像を見たっけ…)

 

 

仏様以外は何を撮ってもらっても

大丈夫ですよ、龍の天井絵もどうぞ

寝転がって撮ってみてください、と

とても大らかな対応でした。

 

目が合った龍の目が光っているよう。

同じ建仁寺塔頭で見た西来院の

龍の天井画も、同じ中国人アーティスト、

チェンマンさんの作品でしたね。
 

 

書院の奥には

鶴鳴九皐(かくめいきゅうこう)の庭が広がります。

 

(甘茶の花)

 

中根庭園研究所の作庭というのも

西来院と一緒。

同じ作家の現代アートを取り入れ、

作庭者も同じという共通点があるのは

この二つの寺は同じ住職さんで、

ご縁があったかららしい。

また、あちらは蘭、こちらは甘茶という

わかりやすいイメージづけも

巧みだなとも思う。

 

伝統を大切にしつつ

新しさも積極的に取り入れている

印象を受けます。

 

 

これが甘茶の花。

知らないで見たら、ガクアジサイかと

思ってしまいそうです。

紫陽花とは葉がちょっと違うかな?

 

この庭は6年前に改修されているのですが

その以前から庭一面に甘茶の木が

広がっていたそうです。

 

この葉から作った甘茶の呈茶も頂けるのですが

隣で飲んでいた若い方が

「甘っ!ジュースみたい」と

驚いていたのが印象的でした。

(もちろん砂糖は入っておらず天然の甘さ)

 

 

この庭には壮大なテーマが隠されていて

ガイドさんから説明を聞くと

なるほど…と感心してしまいます。

 

仏教の伝来を表わしていて

向かって左側はインド、

画像の右奥あたりは中国を

表わしているとか。

 

左奥の三角の石がヒマラヤ。

左手前で苔に埋まる四角い座禅石は

なんとインドのブッダガヤ

(釈迦が悟りを開いた場所)から

運んできたそう。

しかも高さ1mくらいあるものを

深く地中に埋めていると聞き

二度びっくりしました。

 

 

この奥に見えている立石の石組は

中国の嵩山(すうざん)を表わしているとか。

(嵩山とは、禅宗の聖地で達磨大師が

修行して悟りを開いた場所だそうで)

 

手前にはそこに向かう舟も…。

白砂が揚子江を表わしているといいます。
 

 

奥深いストーリーで、細かい演出には

感嘆しますが、説明を聞かないと

まずわからないな。

ガイドさんがいて本当によかった…!

 

 

実は、庭にはまだストーリーがありまして。

L字になった縁側を曲がると

今度は日本を表わす枯山水となっています。

仏教がインド→中国→日本と

伝わってきた1500年の時代の流れを

表わしているそうで

なんて壮大なテーマを庭に

こめたのでしょう。

 

こちらは富士山を表わす石、

鶴、亀などが配置されています。

 

 

一巡して名残惜しく庭を眺めていると

職員の方が水撒きを始めました。

途端に石が水を浴びてつやつやと

姿を変える様子を目の当たりにしました。

こんな好天の日に

美しく濡れる石と苔を見られるとは

なんて幸せ。

 

 

とても奥深いお庭でした。

 

春秋など、1年に2回特別公開をする

寺が多いなか、こちらはこの甘茶の

開花に合わせて年に1回だけだそうです。

しかも11~15時閉門と短め。

訪問が間に合ってよかったです。

 

※東福寺の塔頭にも同じ名前の

寺があるので、要注意です。

こんにちは、りこみです。

 

GW前のこと、熊野へ向かう途中で

鬼ケ城<世界遺産>という看板を見て

寄ってみました。

(実際には「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部)

 

 

断崖ぎりぎりのところに

細い遊歩道が整備されています。

歩き始めると、奇石の連続で

自然の作る造形美に圧倒されっ放しでした。

 

 

見上げようとすると首が痛くなるほど

そそり立つ「千畳畳」

序盤にハイライトが来てしまった感じ。

 

 

このスケールの大きさには

圧倒されて、家族三人で「お~」

と吠えるばかりでした。

 

 

岸壁に打ちつける荒々しい波に

削られ、長い年月をかけて

浸食、隆起を繰り返してきたらしい。

 

足場もないような断崖絶壁に

この遊歩道を作るだけでも

かなりの労力だったのでは…と

先人たちの努力に頭を下げたくなります。

 

途中の見どころには各所、名前が

ついていますが「犬戻り」「猿戻り」は

犬や猿でさえ進むのを諦めたという

由来かららしい。

 

 

 

遊歩道は細い階段を上がったり

下がったりしながら

全長1.2㎞続くのですが

このときは時間がなくて

後ろ髪を引かれながら

途中で折り返してきました。

 

 

眼下の海は熊野灘。

途中、海をのぞきこめる箇所では、

波が岩壁に打ちつける音が

反響してドドーンと恐ろしい音。

また渦を巻く海面は、

見ているだけで巻き込まれそうで

迫力を通り越して怖い。

自然のアトラクションという雰囲気です。

 

 

今回は全ルートは歩いていませんが

再訪して全部歩く価値があるかなと思います。

 

※駐車場のみ有料で、あとは無料です

 

 

次は帰りに寄ってみた

丸山の棚田です。

位置的には先ほどの鬼ケ城から

車で40分ほど…同じ熊野市です。

熊野市の観光資源、すごいな!

 

ここは何百年も前から棚田として

利用されていたらしい。

一山これだけ開墾するには

相当な苦労があったことでしょう。

どこが見晴らしがいいのか

まずは西側から全景を眺めてから

上から見下ろすことにしました。

 

上から眺めると、田植え前の

水をたたえた美しい

様子がよく見えます。

 

山に囲まれてとても静か。

たまにトンビとカラスが

追いかけっこをしているくらいで。

 

 

このときはツツジが鮮やかでした。

夕方、夕陽が田んぼの水に

映る時間帯もかなり美しいようで

一度見てみたい風景です。

 

 

棚田のまわりには

車を停車できるところが

何か所かあるので

移動しながら好きな景色を探し…。

 

この景色も好きだった。

シュロの木でしょうか、

それが2本のヤシの木に見えて

大好きでよく行っていた

バリ島のウブドを思い出す。

 

 

棚田の段々は、こうして見ると

遺跡のように石垣が積み上げられていて

美しいです。

 

棚田の中に、ひときわ目立つ巨石があり

存在感を放っていました。

近くに行ってみました。

 

 

なぜここにこんな巨石が…。

はるか昔、山の方から

ゴロゴロと転がってきてここで止まった…?

昔の方はこれを巨石信仰で

あがめていたのでしょうか。

しめ縄が巻かれて

神聖なる場所になっているようでした。

 

 

この棚田でもそうでしたが、

この辺りにはミカンの無人販売所が

あちこちにあります。

 

棚田を見せてもらったお礼がてら

こちらで購入してみました。

種類がよくわからず適当に買いましたが

ジューシーでとっても美味しかった。

 

ただ娘が後から調べて

「真ん中にあった春光柑って、市場に

あまり流通していない幻のみかんらしいよ」

と教えてくれました。

うう…みかん大好きな私。

いろいろ買ってみればよかった泣き笑い

 

熊野市で見た

一つは荒々しい奇石群、

もう一つは穏やかな表情の棚田。

全く違うタイプの二か所ですが

どちらも規格外のスケールの大きさを

感じました。

そして、ここに至るまでの

当時の人々の熱量も…。

 

次は熊野古道へ

行ったときのことを綴ります。

 

こんにちは、りこみです。

 

5月に等持院(とうじいん)を訪問しました。

 

 

近くには金閣寺、仁和寺、龍安寺など

名だたる寺社が点在しています。

そのせいか、こちらの寺も立派なのですが

少し穴場的になっているよう。

 

 

庫裏で拝観受付します。

 

 

突き当たりの壁に

赤い頭巾の達磨図が…。

うーん、この顔はどこかで見たぞ。

と思い出そうとして

帰宅してからやっと思い出しました。

 

天龍寺だ!

こちらのお寺は臨済宗 天龍寺派。

天龍寺を本山としているので

そういう繋がりがあるようです。

ちなみに、どちらも夢窓国師の

開山という共通点もあります。

庭園も天龍寺同様、彼の作庭です。

(次の枯山水庭園はのぞく)

 

 

方丈南庭の枯山水庭園は

まぶしいほどの白砂でとてもシンプルです。

 

 

かつては

天皇家の勅使だけが通った唐門。

いわゆる勅使門の前は、

普通は通路として空いているのに

その前に石がいくつか置かれているのが

不思議な感じ。

今は使われない高貴な門への

リスペクトでしょうか。

 

石のお陰で、

波の流れに動きが出ているようにも

感じられます。

 

 

 

面白いと思ったのが

床の埋め木の意匠です。

床の痛みを補修するためのもので

たまに他の寺でも見かけます。

ただ、普通は

床とフラットに埋め込んであるところ、

ここのはかなり立体的だし

もはや芸術品。

花や蝶、銀杏など探し出すのが

宝探しのようで楽しくもありました。

 

職人さんの遊び心でしょうか。

(もしくは、よそ見して歩くと

つまづくよ、というメッセージ?!)

 

 

順路の先にある霊光殿。

この寺は足利尊氏が夢窓国師を開祖として

創建し、代々足利家の菩提所だったもの。

あの中には初代、尊氏から歴代の将軍の

等身大の木造がずらりと

十数体並んでいました。

 

その中で、ひときわ小さな子供のような

木像があり目を引きます。

第7代将軍・足利義勝像でした。

 

歴史に詳しくなく、初めて知りましたが

6代将軍、父の義教が急に亡くなったため、

彼はわずか8歳で将軍となったそう。

が、病気で1年足らずで亡くなってしまい、

木像も9歳くらいの子供の像なのでした。

妙に切ない像…。

 

 

さて方丈のまわりをぐるりと

まわってくると

池を囲むように緑と池が広がり

先ほどの枯山水とは対照的でした。

 

ちらっと奥に見えているのが

立命館大の衣笠キャンパス。

大学施設と寺が超接近した位置関係ですが

元々はこの辺り一帯は

等持院の敷地だったようです。

 

 

抹茶も頂ける書院の縁側から

芙蓉池を眺めてのんびり。

 

たまたまでしょうか、この日は

外国人グループがほとんどでした。

そのガイドの方も外国人で

先ほどの枯山水、またこの庭などを

指さしてかなり詳しく説明している様子。

ショーグン、アシカガ…という単語だけ

聞き取れました。

私がパンフから読み取る以上の

かなり詳しい説明を受けているようで

気になる。うらやましい。

何を説明してもらっているんだろう…泣き笑い

 

「SHOGUN 将軍」の映画効果もあり

海外ではSHOGUN人気という話も…。

(かつてのラストエンペラーみたいな感じかな?)

 

 

北庭は芙蓉池と心字池という二つの

大きな池からなります。

力強い石橋が格好いい。

 

池のまわりを周遊することもできます。

たくさんいた拝観客も、庭が広いので

緑にまぎれて視界から消えていきました。

 

 

書院の縁側に座っていると

水のせせらぎが聞こえてますが、

それがサラサラ、チョロチョロではなく

田んぼの水路のような

コポコポしたのどかな音。

(それを聞きながら、私も夫も

栃木で過ごしたときの田んぼのあぜ道を

連想してしまいました。懐かしい)

 

起伏があるお庭で

清漣亭という茶室まで行くと

一段高いところからの眺めを楽しめて

眺めの変化もいいです。
 

 

縁側から見えて気になった鋭い石。

鋭く切られ

アンバランスなほど斜めに立つような…。

近くで見れるかなと思ったけど

近くまでは行けずカメラのズームで。

 

サツキの丸い刈込が雲のように

柔らかく浮かぶように広がる中で

この辺りは力強い石組。

滝を表わしているようです。

 

 

入口に建てられた像は

映画界の父、マキノ省三氏のもの。

かつてこの寺の境内に撮影所があったそう。

え?寺の中に撮影所とはどういうこと?

と思いますが…

調べると、寺が経営上生き残りをかけて

撮影所開設を許可した流れらしい。

ただ、本堂などで、時代劇のチャンバラの

撮影が行われ、建物や襖が傷んだ…

みたいな説明書きもあり、

寺としての葛藤も若干透けて見えました。

 

その後は、太秦に撮影所を移して

今に至るようで…

奇妙な同居生活は幕を閉じたんですね。

 

足利家の菩提所でありつつ、

近代の映画撮影所でもあり…という

不思議な側面を持つお寺。

興味深かったです。

 

こんにちは、りこみです。

 

5月末のこと。

西京区で募集していたまちあるきツアーに

参加して半日歩いてきました。

こちらは事前申込みだったのですが、

30名の定員のところ、抽選で

8倍の倍率だったそうですあんぐり

参加できてありがたや。

 

松尾大社からスタートしました。

ここを含み、5つの寺社に

寄りながら嵐山まで歩くという

コースです。

 

覚書として記しておきます。

 

 

まずは松尾大社の職員さんから

大社の説明をして頂きました。

 

春先に拝観したときにも

鳥居にぶら下がっている

枯草みたいなのが気になったのですが

謎が解けました。

脇勧請(わきかんじょう)という名で

榊の枝が12本ぶら下がっているそう。

年に一度、正月にだけ変えるそうです。

枯れていますが、つまりこれでいいのねニヤリ

 

鳥居の原形で、

かつては丸太2本にしめ縄をかけて

そこに榊をぶら下げていたのでは…と

聞くと、なるほど!と納得です。

 

 

手水舎には色とりどりの風鈴が

ぶら下げられて涼し気。

 

こちらの大社はとても古い歴史があり

清少納言の「枕草子」で

「春はあけぼの(中略)神は松の尾」と

神様のトップに挙げられているそう。

更にいえば、古事記にも記述があるそう。

 

 

松尾大社の境内も流れる洛西用水は、

渡月橋近くにある堰から

長岡京まで115㌔ほど続いているそうです。

 

朝鮮半島から渡来したの秦氏の名前は

京都にいるとたまに耳にしますが、

この用水路のもとも秦氏が造ったらしい。

5世紀頃にですよ…すごい人たちですね。

 

 

しばらく用水路沿いに北に歩いていきます。

薬師禅寺(はしご地蔵)に着きました。

民家の間を縫うように細い石段が

続いていて、これも民家への石段ではと

勘違いしてしまいそうなさりげなさ。

 

 

こちらは、珍しい

「おねしょ封じ」のお寺だそう。

 

地蔵堂には、いくつもの小さなハシゴが

立てかけられています。

これはお礼参りで、おねしょが治った人が

はしごを奉納しているそう。

 

素通りしてしまいそうな

小さなお寺にも小さなドラマがあるのですね。

 

 

またしばらく歩くと

次のお寺、蔵泉庵(ぞうせんあん)です。

 

山門前の参道には大きな石が…。

夢窓国師の「腰掛け石」です。

夢窓国師は、このエリアだと

天龍寺を開いた僧でもあり

また苔寺で有名な西芳寺の作庭をした

マルチな方。

その2つの寺の中間地点であるこの寺に

腰掛け石があるというのは

信憑性がある気がする指差し

 

 

この辺りは、背後が山で

山裾に寺が点在しているため

どの寺も登り坂を

上がっていくことになります。

 

白塀の続く石段がいい雰囲気でした。

代々尼寺で、現住職さまは

なんと91歳というご高齢でしたが

たくさん世間話をして下さいました。

4歳で寺に入ったと言っていたなぁ。

それから外の世界を知らずに

ずっと寺…。

想像を超える人生です。

 

 

ちなみに

本能寺の変の直前、

亀山城から京へ向かう時に

明智光秀の隊が

ここもしくはこの辺りの寺に、

立ち寄ったという説も…。

(思わず、要潤を想像する私目がハート

 

 

次の西光院は藁ぶきの山門。

暑い中を汗をかきながら歩いてきたので

冷たいお茶のサービスが嬉しかった。

また涼しい本堂で、はきはきした

住職様がお話してくださり

話に引き込まれました。

 

こちらは、大改修したという本堂に

二体の阿弥陀像が並び、

それがご本尊というのが印象的でした。

松尾にあった別の古寺と編成で一つになり、

その寺にあった阿弥陀像を譲り受けたそう。

元々ここにあった阿弥陀像とその像と、

二体の背丈やお顔がそっくりで

別の寺にあったのに生き別れの

双子みたい…。不思議ですね。

 

 

他にも、子を抱いた観音像が

マリア像のようで心に残りました。

また新たに彫ってもらったという

雲に乗っている二体の観音菩薩像は

宙に浮いて設置され、見応えありました。

 

枯山水庭園は、参道をはさんで

怒りの海と煩悩の海を表わしていると

聞くと興味深い。

右手に見える桜もただものではなくキョロキョロ

僧であり歌人の西行がこの地で庵を結び、

桜の木を植えて歌を詠んでいた

西行桜だそうです。

(ちなみに西行桜は他の地にもあり…

本当に桜がお好きだったんですね)

 

 

さて、そろそろ終盤。

嵐山に近づいてきました。

 

桂川の手前(南側)に位置する

法輪寺は、木漏れ日の射す石段が

とても美しく上へ上へと導かれるよう。

 

着物姿の少女がお母さんと

降りてきてとても可愛らしかったのですが

「十三まいり」で有名なお寺らしい。

(十三歳でお詣りする)

同行してくれた市の職員さんも

「自分もここで昔やりました!」

と言っていたので

京都市民には割とポピュラーなのかも。

 

 

こちらでも、本堂で

住職様のお話を聞かせてもらいました。

 

この日、お会いした住職さんは皆さん

タイプは違えど、お話好きで

いろいろ教えてくださるんです。

人が好きなんだなぁ…。

 

 

境内には展望台があり絶景です。

北側の眼下には桂川、そして

それを貫く渡月橋が見えます。

 

平安時代、法輪寺へ参拝できるよう

かつて法輪寺の僧だった道昌(空海の弟子)

法輪寺橋をかけ、通行料を取っていた。

それが今の渡月橋の原形というのも

興味深い。

 

 

東側を見ると

比叡山をはじめとして

そこから連なる東山連峰が見渡せます。

 

東山36連峰を一望できるところは

ここくらいでは…という住職様の

言葉に頷いてしまいます。

確かにかなりのパノラマ。

京都は山に囲まれた盆地というのを

実感します。
 

 

(狛犬ではなく、

大きな口を開けている虎なのも面白い。

反対側は牛)

 

この一帯には桂の木が多いので

桂川、桂離宮といった地名の由来に

なっているという説も興味深かった。

 

 

そこから少し歩いて

ゴールの渡月橋に到着しました。

 

春先、この日と同じルートを

たまたま歩いたのですが

そのときは小さな寺がいっぱいあるんだな

くらいの感想で…。

 

こうして案内されて訪ねると

寺の一つ一つに深い背景と歴史があり、

さりげなく歴史上の人物の名前にも

ゆかりがあったりして

これが京都か!という感じ。

 

有名寺ではなくても

深堀りするのって楽しい。

さすが京都、と感じる奥深さがありました。

ツアーだから本堂に入れたところもあるよう。

無料の町あるきツアー、

本当に感謝でした。