久しぶりに近況報告、というかもともと読者数の少ないブログだし、近況整理ってところか。文字通り日記ですね。


最近はやりたいこととやらなくちゃいけないことが山積みで、それなりに充実しているとは思う。あとはやりたいことの抽出頻度と実行度合いの釣り合いが充分に取れていれば満足なのだが、なかなか時間を有効に使うのは難しい。


□卒論

担当教授も決まり、ようやく卒論製作を開始。ただでさえ提出期限が早いうちの学部なんだからもう少し早くに選定して欲しかったという大学側への要望も否めないものの、まぁ4ヶ月もあれば余裕で完成できるという根拠のない自信もある。


テーマは「イスラム的平和思想の限界」について。さすがに学生の片手間レベルの論文だから、もう少し対象を具体化して単純なものにしていくことが当面の課題だろう。



□部活

一時はどうなることかと思ったが、右足の怪我も順調に回復し、今週から通常通りの練習メニューを開始。もうどこも痛くないし、怪我する以前の重量をいいコンディションで扱えるようにもなった。上半身のトレーニングを欠かさなくてよかったと思う。


後進の指導にも熱が入る。今日も活気がない練習環境を一括したが、段々と「厳しい先輩」を演じられるようになりつつあるのか?

ただ、やっぱり僕は後輩に甘い。現役時代に対する自責の念もあるのだが、それ以前の問題として他人に厳しくすることに慣れていないのが僕の最大の欠点だろう。


名将星野仙一氏の言葉、「優しさ3割、厳しさ7割、これが本当の愛情なんだと思う」を実践できるように、僕ももっと強い責任感と使命感を持たねば。



□仕事

月末に試験が終われば、いよいよ夏期休講期間だ。去年は小学校の学童指導員のバイトで稼いだが、今年は勤務している飲食店の他に、内定先の研修がある。また、卒論作成もある。

後期の学費を稼ぎたいのと、海外に行きたいのと用途は様々だが、なるべく多く稼いでおきたいところ。



□今後の課題

さて、現状考え付く中期的な課題を整理しておこう。

まずはロジカルシンキングの上達。幸いにも僕はロジカルシンキングとは何かを心得ている(つもり)なので、あとはこれのスキルをより実践レベルに高めていくことを明確な目標にできる。

MECEとロジックツリーの理解が第一で、最終的には体得しておきたい。


他は政治学の専門的な理論や知識の吸収と、イスラム教だけでなく国家神道や琉球神道の勉強に、近代日本の歴史認識もより強固なものにしていかなければならない。

とりあえず、まずは溜まりに溜まった勉強本を読破しないと。ドラッカー哲学にパラドックスやポパーの批判哲学の解説、安倍晋三の著作に琉球王国、国家神道、インドネシア文化に関する本。あとは皇室やマルクス経済学の解説本・・・・


ダメだ、ちっとも終わっていない。もっともっと読書に充てる時間を大幅に確保せねば。スポーツで疲れましたなんて言ってる場合じゃない。


語学も必須なのだが、趣味のタイ語も課題の英語もなかなかはかどらない。というかモチベーションが限りなくゼロに近いので、手を付けることすらしていない。まぁこれだけやりたいことがあれば英語の勉強なんてする余裕もないか、という言い訳が先行してしまう怠け者の自分に辟易もしたり。




なんだか反省点だらけの日記になってしまったが、まぁやりたいことがそれだけあるってのは幸せなことなのかもしれない。

モチベーションは大事だが、モチベーションがあることに腐っていては意味がない。行動しなければ退行していくのと同じだ。部活のウェイトリフティング同様、勉学にも時間的制限を実感しながら危機意識を忘れずに行動しなければ。

ブログのネタに躊躇していたらあっという間に5月が過ぎてしまった。いかんいかん、僕がアメブロを始めた動機をおさらいしなくては。


まず、このブログは誰に見せるための物でもなく、個人的な自己実現欲求のための自己啓発ツールであるということ。mixiの日記との差別化として、知り合いや友人らの評価や偏見を気にせずに日々の心境の変化を刻々と記録していくために、僕はこのブログを始めたんじゃないか。


だったら、どんなに偏屈な内容でも毎日更新していくべきなのだろう。責任も犠牲も伴わないこのアメブロの世界で、今更執筆を躊躇う必要はないのだから。



□近況

金曜日:

部活の練習中に、まさかの大怪我。調子の良さを実感する傍らで、身体が発信するサインに気付いてやれず、限界ギリギリの記録に挑戦した際に肉離れが発生。床に転がり込み、練習は中断。片足立ちで八王子から千葉の自宅まで帰宅する羽目に。いやぁ、あの激痛に耐えながらの2時間は、地獄の様だった。


土日:

そんな中でも、休むわけには行かないのが今の職場のシフト。ただ、僕に出勤を命じた上司は、少なくとも現在の僕の人脈の中で最も信頼するに足る人物だ。勤務中も決して無理なことは言わないし、させようともしない。個々の能力を絶対評価し、個々に見合った相対的な課題を命じるから、彼の指示には一切の異論が生まれてこない。そんな上司が出勤してくれというのだから、断れるはずがない。実際に土日は無事に働き通せた。不思議な話だが、僕の怪我を見ていないのに、僕の容態と可能性を僕以上に確信しているんじゃないかと思わされてしまう。


そんな彼のリーダーシップはある意味では天賦の才だ。権威や立場に妥協せず、信念と理念に則って弛まなき自己主張を続ける彼の下には、必然的に人望が集まる。それが正しいとか間違っているとか、経験があるとかないとかの話ではない。要は全力で目の前の仕事と向き合っているかどうか、全力で向き合っていれば、彼は相手が誰であっても尊重し、誠実に向き合おうとする。それが彼のリーダーシップの源泉だろう。

こんなことを言っては本末転倒だが、僕が大学生活よりもアルバイトの方が学べる物が多いと感じてしまうのは、彼の存在によるものが大きい。




話を戻して、僕がなぜ怪我をしたかだ。

今の部員の構成は、人数が全部で6人。OBで世話焼き役の僕を含めて7人だ。さすがにもうちょっと欲しいな。

そして彼らの実力はわかりやすくわかれていて、高校時代に全国大会上位の優秀な成績を収めた部員4名と、県大会敗退組の2名にわかれている。その差が、今の部活動全体の悩みでもあるのだが、いったい部内の何人がこの現状に気が付いているのやら。OBとして口出しさせてもらえば、そこも悩ましいところ。


僕が彼らと接していて感じるのは、そもそも彼らには圧倒的な“差”や“壁”なんてものは存在していないのだ。当人らが気付いていないのは明らかだが、うちの後輩達の中に“超”一流のセンスや素質を持った者なんていない。いわゆる「落ちこぼれ」組の2名も、毎日の練習は休まず続けているし、向上心もある。僕から見れば、彼らもまたうらやましくなるようなポテンシャルを秘めている。


では、何が彼らの差を決めるのか。それはやはり、「考える力」でしかない。

一つ一つの動作に考えを張り巡らせていない、毎日の練習で自分を極限まで追い詰めていない、練習そのものに対する集中力がない、そういった意識の積み重ねが、大きな結果の差を広げているに過ぎないのだ。


中でも問題児なのが、この中の1名だ。

彼に関しては、学業と部活動の両立やアスリートとしての生活態度に関しては文句はない。それゆえに、どこかそんな現状に慢心しているのではないかと思わせる言動もチラホラ・・・。

恵まれた骨格と体力、そして向上心と反骨精神を持っているのに、どうも彼の練習には「気概」が感じられないのだ。技術的にも、体力的にも妥協点が早く、どうにも練習効率が悪いのが本当にもったいない。そして、それらを忘れさせる人格的な器量の小ささ。この人格指導が、僕が練習していて一番疲れるところなのだ。


上手くいかない苛立ちを周囲に見せない、落ち着いた気持ちで練習に臨む、周りの練習をちゃんと見る。これらがわからない人に共通する点は、自分を客観視する能力と自分の言動が環境に与える影響を想像する力に欠けていること。つまり、組織における自身のアイデンティティを確立できていないのだ。自己の存在意義があってこその組織の一員なのに、それを見つけられていない彼。それを彼に教えることは本当に難しい。


前述の上司の話を書いたのはそのためだ。成績優秀組の部員らにも言えることだが、やはり組織の中で個の存在を確立できている人は強いし、信頼もできる。



まぁ、要するに僕は彼と組んで練習をしている時に怪我をした。理由は推して量っていただきたい(笑)

僕のこの挑戦的な競技態度が、少しでも彼の心に響いていることを願うばかりだが、あまり期待できないなぁ・・・・。



ららぽーとが検索上昇ワードランキング1位らしい。恐らくTOKYO-BAYにできた新館のことなのだろうが、僕の職場もららぽーとには変わりないので、こうして日記に書いておけば足跡数も増えるのだろうか。まぁ別にいいんだけど。



さて、最近は怠け気味な自分と、環境の変化を愉しんでいる自分が器用に共存しているような奇妙な日々が続いている。(←ちょっと韻を踏んでみた)

以下に分類して、自己観察の経過として記録したいと思う。


・就活

母の友人、というか僕が生まれた頃からお世話になっている第2の家族とでも言うべき知人の経営する会社から仮内定を頂く。おそらく内定取り消しなんて事態は在り得ないのだろうが、口約束から進展がないのでまだ慢心はできない。


勤務先はベトナム。現地で新たに事業を展開するそうなので、その一員になる事を前提にして社長夫人からお誘いを受けた。


正直な話、もともと海外志向の強かった僕にとって、これはまたとないチャンスだ。優秀な学生が集う海外業務を展開する企業の採用試験に受かることは現状ほぼ不可能な僕にとって、これを活かさない手はない。


僕には多くの夢があるが、それを実現でき得るだけの能力も資本も過大なリスクを負う覚悟もない。だからこそ、僕はこうして数少ないチャンスを少しでも物にしていかなければならないのだ。まぁ、ベトナムで働くってだけで人によってはリスクを負っていることになるのかもしれないが、僕がそこに惹かれている以上はそれは好みの問題であってリスクとは言わないんだろう。




・部活

OB2年目として、後進の指導にも熱が入る。僕は高校で3年間と大学で4年間、同じ部活を続けてきた。今の僕があるのはウエイトリフティングがあったからこそだと言ってもいい。競技を通して、様々な人生観や勝負哲学、メンタルコントロールやスポーツ理論を学び、そこで出会った多くの友から人として大切なことを学んできた。いつ振り返っても最高の経験ができたと胸を張って言える。


そんな僕にも悔いはある。大学では学問や既成の価値観の隔たりを超えて実に多くの人や出来事を目の当たりにしてきた。その一つ一つが、僕を夢中にさせ、部活動への取り組みに妥協を許していった。僕にもっと強い決意があれば両立も容易かっただろう。ただ、僕はそれらに負けてしまうことが多かった。


今の後輩達の練習環境にもそれは影響している。僕らの世代が許してきた放漫な練習環境が、今の後輩達の中途半端な取り組みの大きな要因となっているのは間違いないだろう。


今の僕が後輩達に徹底していることと言えば、各々に具体的なビジョンを持たせ、各自の練習に目的や意味を自覚させ、清潔な練習環境を維持させ、時間にメリハリを付けて密度の濃い練習を促すこと。これらは競技経験や技術、素質といった能力的な部分ではなく、スポーツに限らずどの分野にも通用する成功に欠かせない共通項目だ。もちろん僕が直接練習に加わり手本を示すことで、内部の人間としての連帯感も共有できるし、より説得力のある指導ができると考えている。僕がそこにいるだけでその場の空気が張り詰め、緊張感が生まれるのが僕の理想だが、今のところはそれができているのだと実感している。


冗談は言い合うし、練習外でも後輩達の学生生活や選手生活をサポートしている。ただ、彼らの競技に対しての取り組みの中にだらしなさや妥協が発覚すれば、そこは何度も何度も指摘する。

そうやって日々の積み重ねを本気でサポートしていくことで、僕らの世代が許してしまった怠慢な練習環境をより良いものに変えていけるんじゃないかと信じて、僕は日々の練習に励んでいる。


もちろん僕自身が強くなることも大きな目的だ。もっともっと肉体的に強くなりたいし、今以上に多くの知識も蓄えていきたい。僕という人格を形成する材料は他でもないこれまでの人生経験だが、それをより濃いものにさせるのは過酷な経験を実現させる体力と、刺激的な経験を創造する知力に他ならないと考えているからだ。



あと、なんだかんだ言っても指導者っていうのは日々学習する最高の機会なんじゃないかと思う。どうしたら信頼される人間になれるか、どうしたら自分の主張が受け入れられるか、どうしたら組織が活発に動くか、そういったものを常々考えて、実践に移すのは正直に言えば、愉しい。

まぁ結局、僕は彼らに大切なことを与えるためではなくて、彼らから大切なことを学ぶために今の環境を選んでいるのかもしれない。いや、きっとそれはないだろうな。なぜなら両者は相反するものではないからだ。


じゃあ最後は、名将・星野仙一氏の格言を引用。

「弱気は相手を強気にさせる。
 弱気は強気に押し切られる。
 強気は弱気を制していく。
 強気は強気をも押し返す。

 そんな子供のころの「強気の四訓」は、
 成人してからも私の中に生かされている。」


強気は弱気を制していく。誰しも思い当たる節があるんじゃないかと思う。
僕がどんな立場に追いやられても、この言葉だけは胸に刻んで前に進んでいきたい。