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原子爆弾は大変危険なものである。それは今回の授業でも習ったことでもあり、これまでの小中高で習ったように、ただ爆発して壊す、燃やすものではなく、そのあとの被害にも大変な、深刻な問題がある。たとえば、被爆者と呼ばれる人たちにはもちろん、爆発に巻き込まれて亡くなった方のこともいうが、放射線を浴びた人のことも言う。その放射線の被害とは、大変大きいものであり、人体に及ぼす影響とは必ず死に直結するといっても過言ではないだろう。
この原子爆弾を作った人はゼネラルエレクトリックという会社で、オッペンハイマーはその監督として活躍した。オッペンハイマーはこの核爆弾についてとても危険だということ以外に、この爆弾によって恐ろしい被害を及ぼすことを作成して気付いた。
戦後、1947年にはアインシュタインらを擁するプリンストン高等研究所所長に任命されたが、核兵器の国際的な管理を呼びかけ、原子力委員会のアドバイザーとなってロビー活動を行い、かつソ連との核兵器競争を防ぐため働いた。水素爆弾など核兵器に対して反対するようになったため、「水爆の父」ことエドワード・テラーと対立した。
このオッペンハイマーという人物はとてもかわいそうな人であると私はおもう。それは、冷戦を背景に、ジョセフ・マッカーシーが赤狩りを強行した。 これがオッペンハイマーに大きな打撃を与える。妻のキティ、実弟のフランク、フランクの妻のジャッキー、およびオッペンハイマーの大学時代の恋人ジーン(Jean Tatlock)は、アメリカ共産党員であった。また自身も共産党系の集会に参加したことが暴露された。1954年4月12日、原子力委員会はこれらの事実にもとづき、オッペンハイマーを機密安全保持疑惑により休職処分(事実上の公職追放)とした[1]。オッペンハイマーは私生活も常にFBIの監視下におかれるなど生涯に渡って抑圧され続けた。
このように自分の命をかけて、水爆に反対したにもかかわらず、自分の生活を抑制されたりとひどい仕打ちをうけた。
そのころ、エドワード・テラーは賞賛され続け役職をもらい、ぐんぐん、頭角を現していった。現代のご時世だと、戦争は悪だ。戦争は良くない。という考えであり、敗戦国の日本としても二度とあんなことは起こらないでほしい。というように、街中で、デモ運動をしている集団の方がいる。その集団のほとんどの人が戦争を経験している、その時代に生まれた年配の方ばかりである。私は戦争を経験していないし、そのことについても文献や、映像でしか知らないが、ものすごく怖いくて、辛いものであるのは間違いないと思う。こんなこと二度と経験したくないから、岐阜でのデモ運動しか知らないが、日本全国各地でおなじことが起こっていると思う。終戦の決め手となったのは核爆弾、原子爆弾であるが、恐ろしい被害を出したその、原子爆弾は人々、全人類の敵であることは間違いないだろう。
これからもそのような被害は二度と出て欲しくないし、原子力の平和利用はいま日本でも原子力発電ということで使われているが、危険なものであるのは変わらない。日本は特に原子力には敏感であるので。平和利用しているのに危険なものであるのであれば、それに嫌悪感をもちこれから先も警戒し続けるであろう。