







彼女について











彼女について



コロナで
体調を崩していた息子くん![]()
8月の終わり頃、
元気のない彼から言われた言葉に
私は愕然としました![]()
『自分は
生きていくのに向いていない』と
その言葉を聞いた時
率直にマジか、、
と思考が一瞬停止しました
でも
よくよく話を聞いてみると
苦しい状況を
何クソと思って動ける人は
生きるのに向いている
自分にはそんな力はない![]()
と言っているのだと理解し、
少しだけホッとする
きっと
現状に
もがき苦しんでいるからこそ
出てきた言葉なんだろう
と思いました![]()
そして
「自分が嫌い
」と言う
「そうなんだぁ」と受け止める
「じゃ〜
自分を変えたいと思うなら
行動を変えてみたら」と伝えてみる
「全部変えたい」と言うから
「そんな〜全部って、
何も考えていないことと一緒だよ
まずは一つだけでいいから
行動を変えてみない?」と提案し
何をするか話し合い、
ずっと医師から言われ続けたけど
一度もやってこなかったこと、
朝起きて歩くこと![]()
を実践すると
息子くん自身が決めました
医師から
薬を飲むことと同等か
もしかしたら
それ以上に効果があるかもしれない![]()
とずっとオススメ
されてきたことだけど、
彼、今まで
全く行動に移しませんでした![]()
この様子に
彼の本気もその程度かと
私は内心、残念に思ってきました
そして
この話し合いの翌日から
彼は朝のウォーキングを始めました![]()
ここ数ヶ月は
朝起きる時間も10時を過ぎていて
それも戻していこうと
本人、
8時に起きると決めたようです![]()
普段より
2時間以上も早い設定は無謀かな、、
と思い
「15分ずつ早めると
体に負担がかかりにくいらしいよ」
と伝えてみるも
「大丈夫」と![]()
朝起きて
歩くも歩かないも彼の問題![]()
彼はどうするかな~と
期待しすぎないよう
見守ってきましたが、、
あれから 3週間、、
彼は
毎朝 起きてきて
1kmほど歩いてます![]()
しかも
起きてきたら素早く準備をして
出勤する私と
同じタイミングで外に出ていきます
駅に向かう私とは
途中でサヨナラするのんですが、
まさか
息子くんと一緒に歩く朝が来るなんて
う、嬉しすぎる![]()
医師の言葉を借りるなら
「これで セロトニン、
どぱどぱだね〜」![]()
朝、太陽の光を浴びて歩く行為は
彼の生活リズムを作り、
自然と活動量を上げてくれることでしょう![]()
食事面でも
困りごとのある息子くんにとっては
朝動けばお腹も空くし、
朝ご飯の時間も早くなり
丁度いい時間に
ご飯が食べられるように
なっていいくと思ってます![]()
一つ行動を変えたら
また違う世界が見えてくるかもよ![]()
母は応援しています![]()
前回のブログでは
父との想い出を綴らせて頂きました
いいねや温かいコメントまで
本当にありがとうございました
父も喜んでくれていると思います![]()
moko家、
まさかの
あれから全員ダウンしました![]()
はい、
ここにきてコロナです![]()
毎度、
回復の遅い私は置いといて笑、
家族は 今では
すっかり元気になっていますが
そんな
お布団生活の私たちに訪れた
不思議なお話にお付き合いください![]()
私と息子くんが
仲良くダウンして
リビングそばの和室で寝ていると
ここ2日ほど
冷蔵庫の方から
なんだか規則的な音が聞こえてくる![]()
こないだランプも点滅してたし、
購入してからかれこれ15年ほど
とうとう冷蔵庫も終焉か〜
と
そばに行って確認してみると
音は止まってしまう![]()
また音が聞こえてくるから
現場に行ってみるけど
あれ
冷蔵庫じゃなくて
もしや、こっちのエアコン

音は何度も聞こえてくるけど、
近くに行くと
いまいちどこでなっているのが
わからない
で、ネットで調べてみると
「火災報知器の電池切れ」
でも鳴るらしい![]()
まだこの時点では元気な夫が
(のちのち彼も発熱するのですが)
冷蔵庫のそばにある
火災報知器を解体してみると
「あれ
うちのは
そもそも電池がない
」
とまさかの事態に![]()
これじゃ
ないんか~い![]()
しかも
取り外しちゃったものの、
現状復帰がとても大変そうで
悲しいかな、、
夫は責任をとって
ずっとカチャカチャやってました![]()
そして
わんこ姫のお散歩に行った時、
夫が気づく
外でも
同じ音がすることに![]()
調べてみたら
「カネタタキ」
という虫だそうで、
スマホで
その鳴き声を聞かせてもらうと
まさに
ここ数日
我が家の冷蔵庫付近から
ずっと聞こえてきたものと
同じ音を奏でていました
あら〜
正体は虫だったのね![]()
どうりで
そばにいくと音がしなくなるわけだ![]()
音がする度に現場に急行![]()
でも、
カネタタキをびっくりさせないよう
静かに近寄ってみる![]()
さすがだね~![]()
虫嫌いな息子くんが
やはり第一発見者に![]()
この子
植木鉢の外を歩いてたわよ![]()
もちろん、息子くんは
「キモッ!!」とひと言![]()

私にはかわいく見えたのですが![]()
このチャンス、絶対逃すまいと
虫嫌いな息子くんは諦め、
私がその音の犯人を捕獲、
逃がしてあげました![]()
にしても
今まで生きてきて
初めての体験でした
で、
虫について調べた時に
スピリチュアル的な内容も
目に飛び込んできました
カネタタキは
家の守り神の一種で
この音が家の中で聞こえた場合、
先祖や守護霊からの見守りのサイン
と言われているそうです![]()
カネタタキの音を通じて
彼らはあなたに
「ここにいるよ」という
メッセージを送っているらいいのです
まさに
熱にうなされる
moko家の面々をみて
父が心配して鳴らしてくれていた
のかもしれませんね![]()
ここ数日
謎の音に包まれて
なにかしらが壊れた合図なのかと
ドキドキしていましたが、
そのスピリチュアルなお話を知って
なんだかとても嬉しくなりました![]()
カネタタキ、捕まえる時に
潰しちゃわなくて良かった〜![]()
仕事中に珍しく
何度か母から着信がありました![]()
また着信があり出てみると
「お父さん、
脈がとれないと
病院から連絡があって
家族の人を呼ぶように
と言われたから
」
とのことでした。
慌てて病院へ![]()
兄も駆けつけており、
家族みんなで
父の最期に立ち会うことができました
かれこれ数十年前、
私が中2の時に
父は癌を患いました![]()
実際に開胸してみると
予想以上に癌は広がっていて
かなりの時間を有する
大変なオペになりましたが、
術後も比較的順調で
その本人のキャラクターと
母の献身的な支えもあって
大きな手術をした割には
とても元気に過ごしていました![]()
そして同時に
オペ後の父は
こちらがびっくりするくらい
働かなくなりました![]()
あれから父は
川柳を嗜み、絵を描いて
好きなことだけやって
暮らすようになりました![]()
時間に縛られて
生活していないので
曜日感覚も皆無でした
子どもたちはまだ小さい![]()
そんな危機的状況に
どうにかせねばと奮闘したのが母で
父と入れ替わるように
母が我が家の大黒柱となりました![]()
家事のほとんどは
母が相変わらずやってましたが、
このタイミングで父は
ご飯作りだけは自分の仕事
と決めたようでした![]()
父は良くも悪くも
一旦そうと決めると続ける性分で
子どもが巣立ち
父と母、2人になっても
父が実際に動けなくなるまで
ご飯作りはずっと続けたようです![]()
父ご自慢のオリジナル料理に
私はもちろん、息子くんも主人も
とてもお世話になり
息子くんが小学生の頃、
学童の行き渋りで苦労した時や
長期休暇の時は
実家に息子くんを預かってもらい
ご飯を用意してもらうことも
多くありました
父は以前にもブログで
『その心、和製ジローラモ』
と紹介した通り、
男は黙って背中で語る
あの年代特有の日本人男性とは
対極にある人で
イタリア人男性のように
自分がいいと思ったことは
照れずに口にして褒める人でした![]()
これ、男女問わずでね![]()
気に入った人の
懐に入るのが上手で
若い世代だろうが
スッと溶け込むことのできる
トーク力と人懐こさを
合わせ持ってる人でした![]()
そんな父のことを
以前に綴ったブログがこちら
息子くんが中2の始業式の
次の日から学校に行かなくなり
まだこちらもバタバタしている
ゴールデンウイークの最中。
実家では父が動けなくなり
水分すら摂るのが怪しくなったので
救急車を呼び
入院することがありました ![]()
家が大好きで
母の元に戻りたくて
入院初日から
病院を脱走しようとした父![]()
点滴を勝手に抜いて
血だらけになったシーツと
手首の拘束の跡をみれば
何をしたかは一目瞭然でした
あんなにヨレヨレで
動けなかったはずなのに
火事場の馬鹿力って
こういうことなんだろうと
妙に納得した記憶があります![]()
病院側も苦肉の策だったのか
父がまた逃亡しないよう
ベッドだけは
病室にキープされた状態で
毎晩 家に帰されるという
面倒なことになり、
結果、自力で動けない父を
毎日送迎するはめに![]()
車を運転できるのは私だけ
タクシーも併用しながらでしたが
もうね〜
これ、母も私も地獄でした
夜ごと帰宅する父に
母は全然休めないし、
私も
息子のことだけでも大変なのに
「父、何してくれてんねん
」
って、本気で思いました
その危機を越え
父は一旦回復したものの
あれから7年、
あの時を境に
少しずつ階段を下るように
命の灯が小さくなっていくことは
感じてました![]()
今年に入り、
さすがに歳のいった母も
父の面倒を見切れないと
介護認定を受けるべく
地域包括支援センターに連絡をとり、
相談員さんに来てもらいました![]()
他人を家に入れる
訪問看護を受け入れる
なんてありえない
と
せっかく来てくれたその人たちを
父は追い返してしまいました
そんな父を説得し、
再度 調整して
相談員さんに来てもらい、
介護認定のための手筈を整え、
認定員さんとの面談も終え、
その後
ケアマネさんも決まり、
ある意味、
準備は万端だったのですが
後日いらした訪問看護師の方が
父の状態をみて
救急車を呼ぶ判断をしてくださいました![]()
幸い、
父が長年通っていた病院へ
入院ができ、
父が
今まで拒んでいた最低限の検査も行い
新たな癌が発見されました![]()
切除できない位置にある癌でした![]()
余命宣告をされ、
緩和ケア病棟への申し込みをした
次の日の朝、
父は逝きました
入院してから10日目のことでした
母が大好きで
お家が大好きで
本人にしか
真意はわかりませんが、
命の果てるギリギリまで
母がずっとそばにいてくれて
家で過ごすことができて
父は本望だったのではないか
と思わずにはいられません![]()
家族のために
働こうとしなかった父を
当時は軽蔑する気持ちもありました![]()
でも
大事にされてる
愛されてる
という肌感覚が
めちゃくちゃあるのは事実で、
父は
いつも私を可愛がってくれてたし
実家に顔を出した帰り際にはいつも
「ありがとな」と伝えてくれてました![]()
病室の去り際でもそうでした![]()
日に日に弱り
何を言っているのか
わからなくなってしまいましたが、
はっきりと会話ができた
病室での最期のやりとりは
「お前はいつも若いな〜
25に見えるぞ〜
」
です。
笑っちゃうでしょ〜![]()
感謝の言葉とか言われるのかと
思うじゃない![]()
何を言うかと思えば
そんなこと言うんだもの
「盛りすぎよ
リップサービスしすぎじゃない」
と返しましたが
こんな言葉を
最期に残すのが父らしい![]()
先日、
父の告別式を行ってきました
母が大好きなお花に囲まれ
そのお花たちに見守られながら
父は旅立ちました![]()
母と出逢えて幸せだったね
やりたいようにやらせてもらえて
いい人生だったのかな
と娘は思います![]()
ありがとね、お父さん![]()

