あの頃のエーイチからの誘いは、いつだって突然だった。
電話一本で呼び出され、気づけば市川の夜に放り込まれている。
何が始まるのかはわからないけれど、
あの男と歩く夜には、いつも決まって“何か”が起きた。
エーイチからの電話はいつも突然だ。
「明日空いてるか」
「空いてるよ」
「じゃあ7時半に市川真間で待ってる」
一方的に用件だけ言ってガチャだ。
例のレゲーの店は閉店して久しいんで、
「市川りぶる」でライブだろうとは予測つくけど、
今度はなんだろう。
画像はイメージです
翌日。市川真間の改札を出ると、
エーイチがしゃがみ込んで待っていた。
「さーさー呑んで、呑んで」
ってビールのロング缶を呑まされるのは恒例の儀式だ。
昔からの習慣で、誘われた時の呑み代はエーイチ持ちなんだよね。
店でビール呑むと高くつくじゃん、
だから店に行く前にビール呑まされちゃうんだ。
で、やっぱり連れて行かれたのは「りぶる」。
席に着くと、すぐにバンドマンたちがゾロゾロ寄ってきて、
「エーイチさん、この前は本当にありがとうございました」
「助かりました」
なんて頭を下げてくる。
なんだよこれ、と俺が聞くと、
エーイチが「ああ、奴さんたちさ…」と話し出した。
前回のライブのとき、
店の前に車を停めて機材を運び入れていたら、
ほんの一瞬目を離したすきに駐禁切られてレッカー移動。
メンバー全員、金がない。
どうにもならず困り果てていたところに、
エーイチが通りかかって、
立て替えたんじゃなく、“払ってやった” らしい。
「まあ、困ってたからよ」
と本人はサラッと言うけど、
ああいうところがエーイチなんだよな。
見返りなんて一切求めない。
そんな空気のままライブが始まった。
冨田久美ってジャズボーカリストのライブだった。
まあ美人でもないし、若いわけでもないし、
何がお気に入りなのかわからないんだけど、
ここ数年ずっと追っかけしてるらしい。
でも、いい声してたよ。
しっとりしていて伸びやかで、聴いていて心地よかった。
バックバンドの連中の演奏も楽しげで素晴らしい。
ジャズなんて俺にはわからないけど、
かなりの実力者なのだろうな。
(今後、冨田久美さんは度々登場するので今回のライブの様子は省略)
暫くするとアッキョが遅れてやってきた。
こいつはスポンサーに対する遠慮など全くない。
来るなり生ビール3連ちゃん、
ツマミもバカバカ頼んでるし、
そのくせ金なんて一銭も持ってきてないんだから、
俺だって呆れちゃうぜ。
そうして俺とアッキョはライブなんぞそっちのけで馬鹿呑み。
ボトルも2本目に突入し、泥酔…。
そのうちエーイチが怒りだす。
「お前らいい加減にしろっ」
ってアッキョのこと殴ってんの。
昔はSとMで喧嘩になんてならなかったんだけど、
殴り合いになっちゃったんだよな。
止めに入った俺までとばっちり喰らって殴られて、収拾不能。
流石にお店で喧嘩されちゃ困るよな。
そこにマスターの登場だ。
酔っ払いの扱いは慣れたもんで、
ボトルは取り上げられ、退場処分。
でもまあ俺たち付き合いも長いし、
単なるじゃれあいだったからさ、
仲良くお帰り。
市川真間駅へ向かったのだった。
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