外伝|逃げろ | 回顧録ーMemoirs of the 1980sー

回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

本編では書かなかったことが、
まだどこかに散らばったまま残っている。

若い頃の話もあれば、
中年になってからの出来事もある。
笑える日もあれば、
胸の奥が少し痛む夜もある。
時系列も関係なく、
ジャンルも統一されていない。
ただ、そのどれもが
“俺の人生のどこかに確かにあった時間”だ。
ここには、
こぼれ落ちた断片たちを
気ままに拾い集めた記録を残していく。

 

逃げろ

 

1983年のある夜。

 千葉・本八幡のライブハウス「ルート14」で、

スターリンを観た帰りの話だ。

 

スターリンといえば、

当時の俺たちにとっては“合法的に理性を吹き飛ばしてくれる装置”みたいな存在で、

ライブが終わる頃には、全員が妙なテンションのまま外へ放り出される。 

あの夜も例外じゃなかった。

 

ルート14を出て、国道14号を渡り、

京成八幡へ向かう細い道へ入る手前。 

右手に、ガラス張りの時計屋があった。

 今思えば、時計だけじゃなくて貴金属も扱っていたような、

ちょっと高級めの店だった気がする。

 

で、問題はここからだ。

 

興奮冷めやらぬエーイチが、 

「うおぉぉぉ!」

 みたいな謎の雄叫びとともに、ショーケースのガラスに“軽く”キックを入れた。

 

軽く、のはずだった。

 だが──

 

パリーン。

 

強化ガラスでもなんでもなかったらしく、 

あっけなく割れた。

 

俺たちは一瞬固まった。 

次の瞬間、誰かが言った。

 

「やばっ、逃げろ!」

 

そこからは全員、京成八幡駅へ全力疾走。 

スターリンの余韻と、

ガラスの破片の音と、

罪悪感と、

笑いと、

恐怖が全部ごちゃ混ぜになったまま、細い道を駆け抜けた。

 

電車に飛び乗り、ドアが閉まった瞬間、全員が同時に息を吐いた。 

「助かった…」 

そんな空気が流れた。

 

ところがだ。

エーイチの様子がどうもおかしい。

 顔色が悪い。

 足を押さえている。

 

「おい、どうした」

 と見たら──

 

足から血が流れていた。

 

割れたガラスを蹴ったんだから、そりゃそうだ。

 幸い、縫うほどじゃなかったが、まあまあの切り傷。

 あれは完全に“天罰”だった。

 

今なら確実に警察沙汰。

 防犯カメラもあるし、SNSで拡散されて、

翌日には俺たちの人生が終わってたかもしれない。

 でも80年代は、街も人も、今よりずっとゆるかった。

 

若気の至り。 

あの頃の無敵感。 

そして、ちょっとした天罰。

 

全部ひっくるめて、あの夜は今でも忘れられない。