本編では書かなかったことが、
まだどこかに散らばったまま残っている。
若い頃の話もあれば、
中年になってからの出来事もある。
笑える日もあれば、
胸の奥が少し痛む夜もある。
時系列も関係なく、
ジャンルも統一されていない。
ただ、そのどれもが
“俺の人生のどこかに確かにあった時間”だ。
ここには、
こぼれ落ちた断片たちを
気ままに拾い集めた記録を残していく。
エーイチの歌声降臨
家で酒をちびちびやりながらテレビをつけたら、
芸能人がカラオケ歌ってる番組が始まったんだよ。
俺も家人もカラオケが大の苦手だから、
「はい終了」って感じで即チャンネル変更。
ところがだ。
酔いが回ってくると、どうでもいい話が始まる。
「でもさ、嫌いだからって言っても付き合いってあるじゃん。
歌わなきゃならない時もあるからな。
俺だって持ち歌くらいあるんだよ」
なんて偉そうに語り出す俺。
「例えばガガガSPの“自衛隊に入ろう”なんて最高だぞ。
場の空気ぶっ壊すには最適だ」
「中居くんの“トイレットペーパーマン”も破壊力抜群だぞ。
歌唱力いらねぇしな」
家人は「はいはい」って顔してるけど、
俺はもう気分が乗ってきてる。
で、だ。
このタイミングで“ふっと”降りてきたんだよ。
エーイチの歌。
35年前の、あのオリジナル曲。
「あ、そういえば昔さ、エーイチが歌ってたのがあってな…」
気づいたら俺、
「ある日の朝ぁ〜青ざめてぇ〜」
って歌い始めてた。
家人は
「何それ、そんなのカラオケにないじゃん」
って言ってるけど、
俺はもう止まらない。
完全にスイッチが入った。
バラードだぜ。
それでいてブルースなんだよ。
ソウルフルなんだよ。
ある日の朝、
青ざめて、
駅の便所に駆け込むと、
ぶっとくて長い、誰かのウンコが、
流されないで、静かに横たわってた。
やりきれないぜ、
くやしくて、
切ないぜ、
オーノー、オーノー。
俺は道徳の先生じゃねぇから、
朝から他人のクソを流す気はないぜ、
オーオベイベー、
悔しくて、
オーオベイベー、
切なくてやりきれないよ、
オーオベイべベイべベイべ、
助けてよ。
ドアを開けると、
他人がいて、
詰まったウンコは俺のせい、
昔教わった、
あの素晴らしい、
道徳なんて、
この世にゃありゃしないよ、
オーオベイべベイべベイべ、
助けてよ。
内容は駅の便所の悲劇なのに、
歌い方だけは妙に魂がこもってるという、
あのエーイチ節がそのまま蘇った。
完全にスイッチが入って、
フルコーラス熱唱。
コーラスまで全部戻ってきた。
35年前のスタジオの空気が、
酔った俺の喉からそのまま出てきた。
家人は呆れながら笑ってるし、
俺は俺でご満悦。
「明日になって忘れたら困るからよ…
メモしておくっぞ…」
酔いで震える指先で、
歌の出だしだけLINEに打ち込み、
家人に送信。
翌朝。
家人がスマホを見ながら
「ねぇ、これ何?」
と一言。
俺は完全に昨夜の記憶が飛んでて、
「は?」って感じだったんだけど、
LINEを見た瞬間にスイッチが入った。
「おお、それだ、それだ、思い出したぜ」
作戦は大成功。
で、だ。
その時ふっと思い出したんだよ。
俺、8ミリビデオのDVD化を頼んでたんだった。
(※家の整理をしていたら、
35年前のエーイチたちのライブを撮った8mmビデオが出てきてな。
せっかくだからDVD化しようと思って店に持っていったら、
“2027年問題”で再生機材も技術者も激減してるらしく、
出来上がりまで約半年かかるって言われたんだよ。
今どき半年待ちって、逆にロマンだろ。)
あの中に、
エーイチの声が、
あの曲が、
残ってる可能性がある。
出来上がるまであと5か月。
長いようで短いようで、
でも確実に近づいてくる。
昨夜の“降臨”は、
もしかしたらその前兆だったのかもしれない。
35年前の俺たちが、
また帰ってくる。
待ち遠しいぜ。