本編では書かなかったことが、
まだどこかに散らばったまま残っている。
若い頃の話もあれば、
中年になってからの出来事もある。
笑える日もあれば、
胸の奥が少し痛む夜もある。
時系列も関係なく、
ジャンルも統一されていない。
ただ、そのどれもが
“俺の人生のどこかに確かにあった時間”だ。
ここには、
こぼれ落ちた断片たちを
気ままに拾い集めた記録を残していく。
俺の結婚式とエーイチとアッキョ
エーイチたちのバンド「母さんありがとう」の活動が終わったころ──
つまり『青春時代の果てに』のラストに差し込んでもよかった話だ。
けれど、あの章の空気にはどうしても馴染まない気がして、
ずっと伏せておいた。
実は俺は、25歳のときに一度目の結婚をしている。
まさに“青春時代の果て”というタイミングだった。
エーイチやアッキョと走り回っていたあの頃の延長線上に、
突然、現実の生活が立ち上がったような瞬間だった。
この外伝では、その時の話を少しだけ書いてみようと思う。
本編の裏側でひっそりと起きていた、俺の結婚式の話だ。
俺の結婚式に、エーイチとアッキョが来た。
エーイチはフォーマルなんて持っていない。
スーツすら持っていなかった。
仕方なく、俺が就活のときに着ていたリクルートスーツを譲った。
肩幅が少し合っていないそのスーツを、エーイチは真面目な顔で着てきた。
ネクタイはゆるゆる、ワイシャツの首元のボタンも外してる、
まあ、あいつらしくて笑えた。
一方のアッキョは、最初は「金がないから」と言っていたので招待していなかった。
代わりにオガワ君を呼んでいたのだが、案の定というか、前日に突然のキャンセル。
“やるだろうな”とは思っていたが、やっぱりやった。
仕方なくアッキョに電話した。
「金はいらないから、来るだけ来てくれ」
そう言うと、アッキョは子どもみたいに喜んだ。
「いくよ、いく、いく!」
その声が妙に弾んでいた。
そして当日。
アッキョは金ぴかのジャケットに赤いラメシャツという、
式場の照明よりも派手な格好で現れた。
ホストかよ、と思ったが、実際その頃は本当にホストをやっていたのかもしれない。
そしてアッキョらしいのは、祝儀を本当に持ってこなかったことだ。
悪気は一切ない。
ただ、そういう男なのだ。
それでも二人は、式の間じゅう大人しくしていた。
暴れることも、目立つこともなく、
まるで借りてきた猫のように静かだった。
昭和の結婚式らしく、
両家の親戚、会社関係、友人知人──
100人規模の“社会の縮図”みたいな空間だった。
あいつらにしては、俺の“現実”を初めて見て、
少し圧倒されたのかもしれない。
普段の俺とは違う、
スーツを着て、挨拶をし、
社会の中でちゃんと立っている俺の姿を。
式が終わったあと、
二人は俺が家庭を築いたことを気遣ってか、
少しずつ距離をあけていった。
あいつらなりの優しさだと思う。
それでも年に2、3回は、
俺を家庭から連れ出してくれた。
当時のパートナーも、
エーイチとアッキョと飲みに行くときだけは、
どんなに遅くなっても怒らなかった。
昭和風に言えば、午前様でも許された。
あの頃の夜は、
今思えば、
俺にとっての“呼吸”みたいな時間だった。
そして──
あの結婚式から20年が経った頃、
俺は離婚した。
その時、エーイチが思いがけないことを言った。
「お前たちの昔の、あの頃の姿しってるからさ。
眩しかったぞ。お前らには別れてほしくないよ」
あいつがそんなことを言うなんて思わなかった。
笑っちゃうけど、少しだけ胸に残った。