社会に出てしばらく経つと、
仕事にも人間関係にも少しずつ慣れてくる。
だがその油断を見透かしたように、
会社は突然こちらの人生を大きく揺らすカードを切ってくる。
——それが、俺にとっての“石川県・小松市”だった。
社命により、石川県は小松市へ半年間の長期出張(研修)を命じられた。
この半年は、俺の人生でも指折りの“地味で暗く沈んだ時間”だった。
まさに Low Life そのもの。
日曜日の昼下がり、
愛車アウトビアンキY10ターボに衣装ケース2個と布団袋を押し込み、東名高速を北へ走らせた。
到着したのは小松駅裏。会社からあてがわれたアパートの名は「パルム新開」。
路上駐車し、外階段を上がって2階へ。
鍵は10キー式で、教えられていた番号を押す。
37521——なぜか今でも覚えている。
ドアを開けて灯りをつける。
変形五角形の一間、広さは6畳ほど。ミニキッチンとユニットバス付き。
荷物を運び入れ、部屋の真ん中にポツンと座った。
こんなところで一体どうしろってんだ…。
冷蔵庫なし。ガスコンロなし。電話なし。テレビなし。
備品は一切なし。
よくもまあ、こんな場所へ半年行けと言えたもんだ。
理不尽にもほどがある。
昭和60年代だぞ、ウィークリーマンションくらいあっただろ。
携帯もスマホもない時代。
たった半年のために7万円払って固定電話を引くわけにもいかない。
知り合いゼロの土地で、俺の心の拠り所は徒歩5分の公衆電話だけだった。
金もなく、飲みに行く余裕もない。
来る日も来る日もホカ弁生活。
洗濯はユニットバスで手洗い・手絞り。
テレビもラジオもない。
新聞と雑誌だけが唯一の娯楽。
数日後、実家から荷物が届いた。
カセットコンロ、レトルト食品、缶詰、カップラーメンの山。
泣きたくなった。
母ちゃんありがとう。父ちゃんありがとう。
初めて“親心”ってやつを感じた。
会社に抗議して手配してもらったテレビ・冷蔵庫・洗濯機が届いたのは1か月後。
しかも全部ぼろっちい中古品。
会社の先輩方が家庭で使っていないものをかき集めてくれたらしい。
なんて家庭的な会社なんだ……ありがたいじゃんか……
なんて思うわけねぇじゃん。
くそったれ。
ふざけんな。
——話せばまだまだ長くなるので、このへんで。
あの半年があったから、俺は“何に怒り、何に感謝すべきか”を少しだけ知ったのかもしれない。
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