高校3年の秋。
パンクの熱が少しずつ冷めはじめ、
代わりに“よく分からないけど気になる世界”へと
足が向き始めていた頃の話だ。
あの頃の俺は、まだ自分がどこへ向かうのかなんて
まったく分かっていなかった。
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あれは高校3年の秋だったと思う。
どこかのライブハウスかレコード屋でもらったビラを頼りに、
俺は法政大学の学園祭へ向かった。
古い校舎の教室で、タコや非常階段、じゃがたら周辺のバンドが出演するという、
当時らしい雑多で混沌としたイベントだった。
そして何より、あの町田町蔵も出演するということで、大きな期待があった。
その頃の俺は、
「ラストサイダー」や「メシ喰うな」、
「インロウタキン」のイメージが強くて、
町田町蔵といえば INU の暴れっぷりを思い浮かべていた。
当時手に入れた貴重なINUのアルバム
会場に着くと、教室の机は端に寄せられ、
黒板の前にはアンプとドラムが置かれていた。
蛍光灯の白い光がやけに冷たくて、
外堀通りの音が窓の向こうからかすかに聞こえていた。
出番前、校舎の外で町蔵を見かけた。
ひとりで頭を抱えながら、
「ダメだ、ダメだ…」とつぶやき、
落ち着かない様子でうろついていた。
その姿は、ステージ上の“表現者”というより、
何かに追い詰められた若者そのものだった。
そしていよいよ出番。
町蔵は教壇の前に立ち、
ほんの少し朗読のようなことをしただけで、
突然やめて、そのまま出て行ってしまった。
俺は正直、がっかりした。
INU の曲を期待していたし、
もっと暴れてくれると思っていたからだ。
でも今思えば、あの頃の町蔵は、
歌と朗読の狭間で揺れていた時期だったのだろう。
精神的にも不安定で、
ステージに立つだけで精一杯だったのかもしれない。
その日の帰り道、
俺は当時買ったばかりのオムニバス LP『タコ』を思い出していた。
タコ、非常階段、じゃがたら、町蔵…
あのアルバムに詰まっていた混沌と同じ空気が、
法政大学の古い教室にも確かに流れていた。
今ではその LP も手放してしまったけれど、
あの日の町蔵の姿だけは、
ずっと記憶の奥に残っている。
画像はタコのアルバム

