サヨコのチョコをもらうためなら、熱があろうが腹が痛かろうが関係ない。
あの夜、43度の体温を抱えたまま、俺は新宿ロフトへ向かった。
ゼルダって女の子バンドがあってね、
その頃のインディーズシーンでは結構人気があったんだ。
どんな音楽なの?
と聞かれても俺の乏しい表現力じゃ説明できないんで省くけど、
パンクでもないし、後に出てきたプリプリみたいなアイドル路線でもない。
とにかく独特で、俺は大ファンだった。
エーイチやアッキョに言うと馬鹿にされるし、
トモやカズを誘うわけにもいかない。
そんなわけで、いつも内緒で一人でライブに行ってた。
目黒鹿鳴館でのライブでは、運よくステージの一番前に立ててさ。
目の前で歌うサヨコに大興奮、夢見心地で昇天ってやつだ。
画像は目黒鹿鳴館で歌うサヨコ、後ろはチホ
そんなゼルダのバレンタインライブがあると聞いた。
メンバーからチョコレートが配られるらしい。
行くよ、もちろん行く。
ところが当日、朝から熱っぽい。
でも学校を休んでライブに行くなんてバレたら母ちゃんにぶっ飛ばされる。
仕方なく隠れてバファリン飲んで学校へ。
授業中、熱っぽさは徐々に悪寒へと変わっていった。
家に帰って急いで着替え、いつものようにメイクも施す。
顔は赤いし浮腫んでるけど、行くんだ。
サヨコからチョコをもらうんだ。
向かったのは新宿ロフト。
ここからが試練の夜の始まりだった。
新宿駅に着いて立ち食いそばで腹ごしらえ。
具合が悪くても食欲だけは旺盛なんだよな。
でもこれが災いした。
ロフト前に着くと、開場1時間前なのにファンが続々と集まってくる。
外で待たされるうちに、体はどんどんゾクゾクしてきた。
ようやくライブが始まった。
でもいつものように前に出て踊る元気はない。
後ろの椅子に座って意識を保つのが精いっぱい。
さらに激しい腹痛。便所に駆け込むと激しい下痢。
ライブの半分を便所で過ごした。
ライブ終了。いよいよチョコレートだ。
フラフラになりながら気力で立つ。
しかしだ。
ステージからキスチョコがバラまかれただけ。
「豆まきじゃねぇんだからよっ。こっちは死にそうな思いして来てんだぜ」
大好きなサヨコに憎まれ口を叩いてしまった。
サヨコ、ごめん…。
意識もうろうのまま北習志野に戻る。
のどが渇いて自販機でオロナミンCを買った。
飲んだ瞬間、腹痛。
焦ってフラフラ走り、グランドを横切って公衆便所へ。
途中で転んで泥だらけ。
それでも何とか間に合った。人間の尊厳だけは守れた。
家に着くと悪寒で震えが止まらない。
でも泥だらけだから風呂に入る。
お湯のはずなのに水みたいに冷たい。
俺の体温の方が高かったんだろう。
布団に入り、横向きに丸まって震える。
意識が遠のく。
気がつくと口の中に血の味。
枕が血だらけ。吐血かと思った。
さすがに父ちゃん母ちゃんを叩き起こした。
病院に運ばれた。
熱は43度。
吐血だと思ったのは、腫れすぎた扁桃腺が割れたためだった。
一晩入院。点滴治療。
あーめん。
